第12話 『創業者、魔界を監査する』
「御意にぃぃぃ!!」
私の一言で、先ほどまで騎士団に包囲されていた悪魔たちは涙目になりながら平伏した。
「よろしい。それでは案内なさいな」
「は、ははぁっ!!」
こうして私は、悪魔たちに先導されながら魔界へ向かうことになった。
魔界。
かつて私が第七十三回目と九十九回目の人生で統治した場所。
当時は内戦、反乱、略奪が絶えず、毎日どこかで誰かが魔王を名乗っていた酷い有様でしたわ。
ですから私は仕方なく──本当に仕方なく──組織改革を行ったのです。
反乱軍は解散。
軍閥は統合。
賄賂は禁止。
無駄な戦争は禁止。
残業も禁止。
結果として魔界史上初の超優良国家が誕生したのでした。
……まぁ、その過程で少々、物理的な説得を行いましたけれど。
フフッ。
そんなことを思い出しているうちに、巨大な黒い城が見えてきた。
「あれが現在の魔王城です!」
「ふぅん……」
昔より少し派手になっていますわね。
趣味が悪いですけれど。
私はそのまま正門へ向かって歩き出した。
すると──
「止まれ!」
門番の悪魔が槍を突きつける。
「何者だ!」
「私ですわ」
「だから誰だ!」
「私ですわ」
元気な門番ですこと。
嫌いではありませんわ。
ですが。
私の背後にいた十人の悪魔たちは顔面蒼白だった。
「や、やめろーーーっ!!」
「命が惜しくないのか!?」
「その方は──!!」
だが遅かった。
パチン。
私が指を鳴らす。
門番たちはその場で綺麗に整列し、直立不動になった。
「本日もお勤めご苦労様です」
門番は石化していた。
よろしい。
礼儀は大事ですわ。
私はそのまま城へ入った。
玉座の間。
若き魔王ゼルガル・ブルードル・バンガルは、豪華な玉座にふんぞり返っていた。
「よいか諸君!」
「人間どもは我らを恐れている!」
「このまま侵攻計画を進めれば世界は我らのものだ!」
「おおおおお!」
「魔王様万歳!」
「歴代最高の魔王だ!」
ご機嫌ですこと。
すると。
バンッ!!
玉座の間の扉が勢いよく開いた。
「た、大変ですーーー!!」
兵士が転がり込む。
「何事だ!」
魔王が叫ぶ。
兵士は涙目だった。
「し、視察です!!」
「視察?」
玉座の間が静まり返る。
その瞬間。
古参幹部たちの顔色が変わった。
「まさか……」
「いや……そんなはずは……」
「あのお方は引退されたはず……」
若造魔王は眉をひそめた。
「誰が来たというのだ?」
兵士が震える声で答える。
「創業者です」
全員が固まった。
「……は?」
若造魔王が聞き返す。
「だから創業者です」
「魔界のか?」
「魔界のです」
「馬鹿な」
若造魔王は鼻で笑った。
「そんな伝説は昔話だ。第一、魔界を三日で統一しただの、反乱軍二十万を素手で制圧しただの、そんな与太話を信じる奴が──」
コツ。
コツ。
コツ。
静寂の中、ヒールの音だけが響いた。
玉座の間は大扉が開く。
私は優雅に日傘を閉じた。
「ごきげんよう」
その瞬間、古参幹部全員が土下座した。
「うわああああああああ!!」
「お帰りなさいませぇぇぇ!!」
「創業者様ぁぁぁ!!」
若造魔王は飛び上がった。
「な、何をしている貴様ら!?」
「頭を下げろーーー!!」
「今すぐだーーー!!」
「生きたいなら床に額を擦りつけろーーー!!」
「だから誰なんだ!?」
若造魔王が叫ぶ。
すると古参幹部の一人が涙目で答えた。
「魔界統一王」
「伝説の初代魔王」
「我ら全員の上司」
「そして──」
全員が震えながら言った。
「ブラックだった魔界をホワイト化した恐怖の支配者です」
「最後だけ意味が分からん!!」
若造魔王が叫ぶ。
私は扇子を開いた。
「あら? 今の魔界は残業をしているのですか?」
その瞬間、古参幹部たちが絶望の表情になった。
「終わった……」
「終わりましたな……」
「若造が……」
若造魔王は顔を真っ赤にした。
「余は魔王だぞ!」
「そのような昔の伝説など──」
私は彼の言葉を遮り、玉座を見上げた。
「へぇ」
静かに近づく。
「な、何だ……」
私は玉座を軽く撫でた。
「懐かしいですわね」
そして微笑む。
「その椅子、座り心地はどうですの?」
「当然だ!」
「余は魔王──」
「そう」
私は笑った。
「私のお古ですけれど」
若造魔王の顔が引きつった。
そして玉座の間にいた全員が悟った。
今日、魔界の歴史が変わる。
いや違う。
若造魔王の人生が終わるのだと。
私が指を鳴らすと、玉座の後ろのカーテンが左右に開いていった。
「まぁ……管理がなっておりませんわね」
ゼルガルは鼻で笑う。
「何だ、この薄汚れた石像は」
古参幹部たちが一斉に顔色を変えた。
「き、貴様ァ!」
「創業者様の像に向かって何ということを!」
「命が惜しくないのか!」
だが、確かに像は酷い有様だった。
何百年もの間、誰も手入れをしていなかったのだろう。
全身は灰色の埃に覆われ、蜘蛛の巣まで張っている。
もはや石像にしか見えなかった。
私は扇子を閉じると、軽く指を鳴らした。
パチン。
その瞬間だった。
ドォォォォォン……
まるで巨大な鐘が鳴り響いたかのような重低音が、玉座の間全体を震わせる。
音ではない。
衝撃でもない。
空間そのものが揺らぎ、その振動が波紋のように幾重にも広がっていった。
ドォォォォォン……
ドォォォォン……
ドォォォン……
まるで天と地の境界が共鳴しているかのような不気味なエコー。
波紋は壁を抜け、
天井を抜け、
魔王城全体へと広がっていく。
古参幹部たちが青ざめた。
「で、出た……」
「創業者様の社内一斉通知だ……」
「何百年ぶりだ……!」
ゼルガルは意味が分からないという顔をしていた。
次の瞬間。
ブワァァァァァァッ!!
突風が玉座の間を駆け抜けた。
数百年分の埃が竜巻のように舞い上がる。
巨大なカーテンが激しくはためき、蜘蛛の巣が吹き飛び、床に積もっていた塵が一瞬で消え去った。
悪魔たちは思わず腕で顔を覆う。
「な、何だこれは!?」
「ただの風じゃないぞ!」
「空間そのものが震えている!?」
やがて風が止んだ。
静寂。
誰も言葉を発せない。
そして。
ギギギギギ……
巨大な創業者記念像が、ゆっくりと回転を始めた。
(第13話へつづく)




