ep.11:人と獣、その命の価値
荒涼とした街道を歩む業狩りたちの背中は、夕闇の中でいっそう重く沈んでいた。
突如、アッシュが「クソッ――!」と獣のような怒号を上げ、道端の大きな岩を勢いよく蹴り上げた。乾いた音が響き、彼の足が鈍く痛みで震える。
「アッシュ。……業狩りとして生きる以上、忌まれるのは必然だ。……慣れろ」
ビクトリアが背後から重い溜息を吐き、静かな声で諭す。しかし、アッシュは激しくその言葉を遮った。
「慣れとけって? 俺が……俺たち業狩りが忌み嫌われる分には、どんな罵倒でも我慢してやる。だがな、仲間があんな……あんなゴミみたいな扱いをされるのに、平気な顔で慣れるなんて御免だ!」
アッシュの拳が小刻みに震えている。彼の中にあるのは、仲間を殺され、その死さえも金銭の端数として処理されたことへの、どうしようもない憤りだ。
ビクトリアはやれやれ、と小さく肩をすくめ、視線を空の彼方へ逸らした。彼女もまた、心の奥底で同じ怒りを噛み殺している。だが、それを吐き出すことは、リーダーとしての矜持が許さなかった。
沈黙が降りた隊列の中で、ランスが重い足取りで歩み寄り、アッシュの肩を無造作に叩いた。ランスはアッシュと視線を合わせると、ただ一度、力強く頷く。
「そう思うなら……誰にも文句を言わせないくらい、強くなれ」
ランスの言葉は、慰めでも同調でもない。この荒廃した世界で、唯一信じられる「力」への渇望そのものだった。
アッシュは言葉を失い、ランスの背を見つめる。彼もまた、業狩りとして生きることの厳しさを知っている。
列の最後尾を歩くヨルグは、その光景を冷ややかな瞳で眺めていた。
強くなれば、何かが変わるのか。
理不尽を強いる人間たちをねじ伏せれば、この歪んだ天秤は水平になるのか。
ヨルグは指先で剣の柄を撫でる。
強さとは、守るための盾ではない。自分を縛り付けるこの世界の理を、根こそぎ引き千切るための武器だ。
「……ったく、ヨルグもそんな顔してんじゃないよ」
不意に背後からかけられた声に、ヨルグは眉をひそめて振り返った。
先を歩いていたはずのビクトリアが、いつの間にか足を止め、苛立たしげにこちらを向いている。彼女はわざとらしく大きな歩幅で詰め寄ってくると、拒絶する隙も与えぬまま、ヨルグの頭を鷲掴みにするように無造作に撫で回した。
乱暴な手つきだ。だが、その指先から伝わる体温は、この冷え切った荒野において妙に生々しく、かえって鼻の奥をツンとさせる。それは彼女なりの不器用な気遣いなのか、あるいは「いつまでも湿っぽい面をするな」というリーダーとしての叱咤なのか。
ヨルグは首をすくめ、その手を払いのけようと一瞬だけ身を硬くした。しかし、頭を撫でられるという行為が、かつてロイドが仲間たちに見せていた無邪気な交流の残像を呼び起こし、ヨルグの指先から剣の柄への力を奪う。
「……ガキじゃないんだ。やめろよ」
喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
ビクトリアはフン、と鼻を鳴らして手を離すと、何事もなかったかのように再び背中を向けて歩き出す。
「なら、その腐った面を早く直せ。……次はもっと泥臭い仕事になりそうだ」
彼女の背中は、ロイドを失った喪失感の分だけ、以前よりも小さく見えた。だが、その足取りには迷いがない。
ヨルグは撫でられた髪の感触を、手のひらで無意識に押しつぶす。先ほどまで感じていた冷徹な殺意とは別の、胸の奥を重く焼くような感情が、波紋のように広がっていた。
自分たち業狩りは、死と隣り合わせで生きている。
ロイドの死が残した虚無を埋める術など、この世界のどこにもない。だが、こうして互いの無事を確かめ合うことでしか、彼らは自分たちがまだ「人間」であることを証明できないのだ。
「泥臭い仕事って、なんだよ」
問いかけに対する答えは、あまりにも短く、そして残酷なほど明快だった。
「殺人さ。ただし……『悪人』のな」
ビクトリアは振り返ることもせず、前だけを見据えて淡々と告げた。
殺人。その言葉がヨルグの鼓膜を突き刺す。獣を狩ることは、どれだけ危険で、どれだけ凄惨な光景であっても、それは「生存のための排除」に過ぎなかった。
だが、人の命を奪うという行為は、その境界を明確に踏み越えることを意味する。
ヨルグの歩みがわずかに鈍る。ビクトリアたちが背負っている「業」の深さに、今さらながら戦慄した。彼らは、獣だけでなく、人をも断罪する領域に足を踏み入れているのだ。
「今回は私とヨルグ、そしてアッシュとランスの四人だけでやる。……ヨルグとアッシュは、まだ対人戦をこなしたことがないからちょうどいいだろ?」
ビクトリアの言葉は、まるで夕飯の献立でも決めるかのような事務的な響きを帯びている。
アッシュが横で小さく舌打ちをした。彼もまた、今まさに自分達が「人殺し」の道具になろうとしていることに、言いようのない嫌悪を抱いているのだろう。ランスだけは無言のまま、ただ前方を見つめている。
「……殺人、か」
ヨルグは自分の剣の柄を握り直す。
村人たちがロイドに見せたあの冷酷な顔、あの金貨を強欲に貪る卑しい笑みを思い出す。あの者たちのような人間でさえ、殺したいと思うほどの感情はまだ抱いていなかった。
自分の剣は、誰を切り裂くためにあるのか。
これまで抱いていた獣を狩るための質量としての剣が、急激に重みを増していく。
ビクトリアが立ち止まり、背中を向けたまま肩越しにヨルグを見た。その瞳には、これから自分たちが手を汚すことへの躊躇など微塵もなく、ただ冷徹な現実だけが映っている。
「……怖いか?」
彼女の問いかけは、嘲りではなく純粋な確認だった。
ヨルグは唇を噛み締め、口内にたまった唾を飲み込む。
「……怖くはない。ただ、さっきは人を救って、今度は人を殺すって……どうなんだろうなって思っただけだ」
ビクトリアは小さく息を吐くと、再び歩き出した。
「……くだらないね、命の価値は等価じゃない。ただそれだけだ」
冷たい正論。
彼らは「要求されたモノ」を殺すことで、自分たちの生を繋ぐ道を選ぶ。
ヨルグはその背中を見つめながら、自分が引き金を引こうとしている「理不尽な天秤」が、すぐ目の前まで迫っていることを悟った。




