第27話 ココ・アエロリット
ココ・アエロリットはアエロリット当主ブリックスとメイドのモルタルとの間に生まれた。
モルタルは子供を宿し、屋敷から出て下町で暮らし始めた。無事生んだ後、病気のため5年後亡くなってしまう。そこに手紙を受け取ったブリックスが駆け込んでくるのだが一歩遅くモルタルを看取れないままお別れになってしまう。そのためココを家に連れ帰ることにしたのだ。それが問題であった。庶子という存在は珍しくないのだがブリックスは入り婿だったので完全に家を裏切る行為であり、ココ自身も歓迎されることなく屋敷の隅に追いやられる。さらにブリックスも当主の座が危うくなり息子の成人とともに退任が決まった。
ココは屋敷内でいないものと扱われ、ご飯もろくに与えられることなく育つ。父であるブリックスはそれを認識すると自分のご飯をココに与え、自分は激務に追われ体を悪くしてしまう。それでもココを大切にした。自分が愛したのはココの母であるモルタルだけであったからだ。二人は幼馴染であり将来を誓い合っていたのだがそこにアエロリット家が婚約話を持ってきたせいで引き裂かれていた。なんの因果かアエロリット家にメイドとしてモルタルは雇われた。愛が再熱するのに時間は必要なかった。妻が身ごもっていたのも理由の一つになっただろうが二人はアエロリット家に隠れて逢瀬を重ねたのだった。そして妊娠、屋敷の外で匿うことを決断。会うこともできず悶々としている中でココが生まれ、モルタルを失った。そんな状況でココを放っておくわけにはいかなかった…ブリックスは持ち直してココを守るため当主として命一杯働いた。
妻であるリエノ・アエロリットはそれが不満だった。自分も政略結婚だったのに…それでも愛がほしかったのだ。割り切って結婚し、自分の息子が生まれ上手くやっていけると思っていたのに…そんな気持ちを簡単に打ち砕かれた。悔しくみじめ、次第に恨めしく思うようになる。人への期待が裏切られるのなら誰との繋がりもいらない…息子の面倒も放棄し、女主人としての仕事も辞め、社交すらやめた…そうして徐々に衰弱していった。
そこで育った息子は歪んでいた…名前をスティッフィリオ・アエロリット
周りの人間の扱いは雑であり、侍従やメイドは道具として認識、人に対しての興味などなかった。自分のすべき貴族嫡男の最低限のことはするがそれ以外の日常生活内では誰一人信用することなく寄せ付けずにいた…そんな中、あくまでうわべだけの関係値を築いていた者にハメられそうになる。ちょっとした詐欺行為ではあったが復讐心がとてつもなく湧き、その貴族令息の交友関係を一つ残らず壊していった。それをきっかけに人の関係値を利用し嘘を交え自分の有利になるように動き始めた。その中でもひどいのは伯爵家に招待された社交界で難癖をつけた上に賠償金をもぎ取りその伯爵家の爵位をはく奪まで追い込んだ事件であった。男爵家の生まれでありながら爵位の上の人間に対してあり得ないほど横柄に出てあらぬ証拠をでっちあげ印象操作で周囲を巻き込み伯爵家が悪という方に誘導していった。現代で言う逆ハラスメント状態を作り出し弱いはずの立場の数の暴力で押し切った形となった…
そんな人間を横目に暮らしていたため、ココは早く貴族をやめたかった。それぞれのエゴが上手いことかみ合わさり欲にまみれる姿が哀れに見え、誰一人として協力しようではなく利用してやろうという姿勢に吐き気を感じた。そうして一人で外で絵を描いていた。人を描くのは気持ち悪かったので建物や風景画を描くことにした。とても気持ちが軽くなった。誰もいない一人ぼっちの空気…何にもとらわれず誰にもかまわれない。どうせだれの目にも映っていないのだ…好きに生きたい。近づきたくない義兄、壊れた義母、愛に狂った父…どうせ終わるのなら関わりたくない…
「すごいね…!」
後ろから声がした。その子はまだ僕の半分しか生きていない男の子だった。マイク・イングランディーレ…詳しくはないけど勇者パーティーの魔導士様が男爵になる際に与えられた家名のはず。この子は貴族についてまだ詳しくないのだろうと思った。庶子といっても意味を分かっていないのだろう。家に帰って誰かに僕のことを話せば関わるなと言われるはずだ…
だが絵は良かった…あんなデフォルメした絵を初めて見た。かなり描きなれた感じで僕を表現してくれた。写実自体もかなり上手かったし5歳とは思えない能力だった…才能のある子ならなおさら会うこともないだろう
そう思ってたはずだったのに…
「狭いところだけど気持ちいいでしょ!」
3日連続で会い、屋敷にお邪魔することになった…
屋上庭園と呼ばれる屋根がガラス張りになっている部屋…屋根裏部屋ではあるがキレイに植物が並べられ、ガラス戸もスライド式で上下に開くようになっている。すごいところに連れられてきてしまった。
「あの…男爵様にご挨拶させてもらえないの?」
「あぁ~たぶん気付いてないから大丈夫だよ!母上もオレのことなんか知らないと思うし!」
「え?なんで?」
「ん?さぁ分かんないよ、ずっとそうだし!それより貴族やめるんでしょ!これからどうやって生きていくの?」
驚きしかなかった…確かにいくら調べてもイングランディーレ家の三男の情報は出てこなかった。それどころから出生すら怪しい。そしてこの部屋も屋敷の北側従者用のスペースに自分の部屋を持っている…明らかに不遇な扱いを受けている。そんな子がこんなあっけらかんとして貴族街の端っこにいたのだ…そのうえでなぜか僕の心配をしてくれている。
「どこまで知ってるの?」
「あぁ~没落寸前の男爵家の庶子ってことかな?そのせいで父君が引退間近、母君はご病気を患い、お兄さんが無敵状態になってるとかかな?」
「そう…無敵状態…確かにそうだね、あの人はまともじゃない、先のことなんか何も考えてない!家名が無くなるのもそんな先ではないだろうね…」
「そう、オレも共倒れしたくないから全員は助けられないけど、ココは才能があるしオレの逃げ場所になってくれないかなって思ったのさ!」
「逃げ場所?僕は貴族じゃなくなるんだよ?」
「それはオレもだね!いずれここから出ていくことになるし、その時に頼れる場所はあったほうがいいでしょ?それになってほしいのさ!」
「具体的に何をしてほしんだい?僕はまだ10歳だし働く場所も考えなきゃいけないんだけど!」
「ココには絵がある!下町で絵画教室を開いてみてほしんだ!資金は僕が出すよ!衣食住の心配はない!教えるのが向いてなかったら似顔絵やとかをやってもいいと思うんだ!」
「そんな簡単なことではないと思うよ、人と接するのは苦手だし…」
「ココの屋敷に良くしてくれた人とかはいないの?そういう人に手伝ってもらえばいい!どうせ家が潰れてしまえば紹介状もないまま職を探すハメになるんだから!」
「そんな上手く行くのかな?」
「やってみないとわからないよ!少なくとも似顔絵はいいでしょ!写実的に書く必要は無い!ココが褒めてくれた簡略化させてわかりやすくする表現を使えば町の人たちも喜んでくれるし、慣れてくれば10分くらいで描けるようになるでしょ!」
この子はすごいな…元々考えていたアイデアなのだろうか…いやそんな訳ない5歳でこんな考え方するわけ…
そうかこの子はずっと自立しなきゃいけないことを分かっているのか…
「絵柄もわかりやすいように表に出しておけばどういう店か分かりやすいし、なんならオレがモデルになってもいいしね!」
「…わかったよ、いつからやるんだい?練習もしなくちゃいけないし父には伝えなきゃいけないと思うし…少なくともあと4年は貴族の庶子でいられるけど…」
「すぐでもいいけど…今度お店の場所を決めに行こうか!それまでいろんな人のデッサンしといて!お金は意外とあるから!あ、そうか商業ギルドにも登録しに行かなきゃだね!」
「ふふっ、なんでそんなに利口なのに煙たがられているんだい?」
「ん~焦げ臭いのかな?生まれた時から炎上しそうな面してたんじゃない?」
「なんだそれ?んははっ」
突然の転機、絵が好きだしそれを仕事にできるならうれしい…不意の出会い、それも同じように苦労している子の提案、その内容も期待できる。あとはそれに応えるだけ…
できるだけ頑張ろう!誰かに期待されることはこんなにもうれしいんだ!




