SKY-The Promise Keeper -
ノイ・フェルン王国に春がやってきた。
レオンと出会った舞踏会から1年半が過ぎていた。
秋の夜会から冬を越し、春が来て、また春が巡った。
季節が二度変わる間、エマは何度も手紙を書きかけては、ペンを置いた。
「お元気ですか」
たった一行すら、重すぎた。
返事が来ないことが怖かったから。
舞踏会で出会った後、数ヶ月経って西方から、一度だけ手紙が届いた。
西方基地の任務は1年であること。
今度ノイフェルンに戻ってきたら、しばらく移動はないこと。
彼はパイロットでも、陸軍の地上部隊でもなく、西方本部の内部の仕事をしていること。
手紙には仕事の内容しか書いておらず、エマは返事を書くときに何を書いていいのか悩み、
当たり障りのない事柄と身体に気をつけて、と書き添えるのが精一杯だった。
手紙のやり取りは、その一度だけだった。
この1年半、母は時折、社交界の話題を持ち出した。
「エマ、あなたももうお相手を決めてもいい歳なのだから」
そのたびにエマは曖昧に笑ってやり過ごしていた。
母が求めているのは「良い結婚」だと分かっていたから。
でも、エマ自身が何を求めているのかは、まだ分からなかった。
あの日のことは、もう忘れられてるのだろうとエマは半分、夢だったのかもしれないと思うようにしていた。
そうでないと、期待してしまった自分が恥ずかしかったから。
そして、エマは、新しく専攻した大学の授業に追われる毎日を送っていた。
*
窓から差し込む陽射しが、教科書の白いページを眩しく照らしている。
エマは二階の自室で、大学の課題に向かっていた。
ペンを走らせる音だけが、静かな部屋に響く。
庭からは、鳥の声。
風に揺れる木の葉が、窓ガラスに影を落とす。
その時、一階で呼び鈴が鳴った。
エマは顔を上げた。来客の予定はなかったはずだ。
階段を降りると、すでに母親であるスーザンが扉を開けていた。
玄関ホールの大理石が、午後の光を反射している。
エマは、階段の途中で足を止めた。
(……まさか……)
扉の外に立っている男性は、軍服を着たレオンだった。
紺色の軍服が、春の陽射しの中で輪郭をはっきりと見せている。
肩章が、光を受けて鈍く光った。
スーザンがエマに振り返り、嬉しそうな笑顔で呼んだ。
「エマ、お客様がいらしたわよ」
エマの胸が鳴った。
(本当に……来てくれた)
「…サルマさん…」
レオンは軍帽を取ると、帽子を胸元に置いて軽く会釈をする。
その仕草が、やけに丁寧で、緊張しているようにも見えた。
「突然、すみません。少しお話しできますか」
エマは自分の耳が熱を持って赤くなっていることに気づいた。
「…はい…」
*
扉を閉めると、二人は家の前の小さな玄関ポーチに出た。
春の風が、庭の花を揺らしている。
白いバラが、まだ蕾のまま枝に並んでいた。
石畳の上に、レオンの影が長く伸びる。
午後の陽射しが、二人の間に柔らかく降り注いでいた。
エマは袖口を指先でつまんだ。
落ち着かない癖みたいに。
「帰国が遅くなってしまって、申し訳ない」
レオンはエマを見ながら謝った。
その声は、手紙と同じように丁寧で、でも、今は声に温度があった。
エマは、レオンを直視できなかったが、視線だけはレオンに向いていた。
「いえ、そんな…無事に帰って来れてよかった…」
レオンは少し微笑むと、話を続けた。
「本当は、先に連絡すべきでした。……でも、まず確認したいことがあって」
「お誘いする前に、ご迷惑じゃないか先に聞いておきたかったんです」
エマは、不思議そうに答える。
「…迷惑?何を確認されたかったんですか?」
レオンの帽子を持つ手に力が入った。
手袋をした指が、帽子の縁を少しだけ強く握る。
「…もし、もう他にお相手がいたら、失礼かと」
エマは、初めてレオンに焦点を合わせた。
風が、レオンの髪を少しだけ揺らす。
真面目な顔で、真っ直ぐこちらを見ている。
(…この人…わざわざ、家に来て…それを確認するの?)
エマが手を口元に当てて笑う。
それを見てレオンは少し眉を寄せた。
「…何か変なことを言いましたか?」
エマは笑いを抑え込み、軽く咳払いをした。
「…ごめんなさい。あの、すごく誠実な方だなって」
息を整えてから続ける。
「私、大学の授業が忙しくて、他の方と親しくなる時間なんて全然なかったです」
レオンは、その答えを聞くと、少しホッとしたような顔をした。
肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。
「そうですか、それは安心しました」
「では、改めて、次の休日に、お誘いしてもいいですか?」
「はい。大丈夫です」
エマは嬉しかった。
目の前のこの人は自分が思っている以上に、もしかしたら、自分以上に不器用で生真面目なのかもしれない。
約束は、まだ生きていた。
庭の白いバラが、風に揺れる。
まだ咲いていないのに、もう春の匂いがした。
(夢じゃなかった)
エマは、胸の奥でそっと呟いた。
*
扉を閉めて家の中へ入ると、玄関ホールの冷たい空気が肌に触れた。
スーザンが待っていたみたいに、すぐにエマへ向き直った。
大理石の床に、母の靴音が小さく響く。
顔が、嬉しそうに輝いている。
「今の方、軍の方よね? どこで知り合ったの? それに……立派な軍服だったわね」
矢継ぎ早の声。
母は心から嬉しそうだった。
娘に良い出会いがあったことを、純粋に喜んでいる。
でも――。
さっきまで胸の奥に残っていた温度が、急に指先からこぼれ落ちた気がした。
(お母様は……)
エマは、母の言葉を聞きながら、小さく息を吐いた。
(あの人の、何を見ているんだろう)
母が見たのは、軍服だった。
階級章だった。
「立派な」という言葉の意味を、エマは理解していた。
下級士官ではない、と母は瞬時に判断したのだ。
アンは天才少女。
屋敷に"軍の客"が増えた理由も、母が妹のことを誇らしげに話す様子も、エマは分かっている。
母は悪気があるわけじゃない。
ただ、娘の幸せを願っているだけ。
でも――レオンの軍服を見た瞬間、母が「良い縁」と判断して喜んだことが、分かった。
それが、少しだけ複雑だった。
「お母様、落ち着いて。……まだ何も知らない方なの」
エマはそれだけ言うと、返事を待たずに階段へ向かった。
階段の手すりが、冷たい。
触れた指先から、さっきまでの温かさが消えていく。
(お母様は、私の幸せを願ってくれている)
(分かってる)
エマは二階へ上がりながら、唇を噛んだ。
窓の外では、さっきと同じ風が吹いている。
庭の花が揺れている。
(でも――)
エマは、自分の部屋の扉に手をかけた。
(私が知りたいのは、そこじゃない)
あの人は、私の何を見ているんだろう。
階級? 家柄?
それとも――。
(私を、見てくれているのかな)
芽生えたばかりの感情が、まだ形にならない。
でも、確かめたかった。
(あの人が、本当に私という人間を見てくれているのか)
それを、自分の目で確かめたいと思った。
*
数日後、レオンがエマを迎えに来た。
その日は、朝から空が高く晴れていた。
雲一つない青空に、春の陽射しが眩しい。
扉の呼び鈴が鳴り、エマが開けると、レオンが立っている。
「……少し早かったですか?」
軍服を着ていないレオンは、いつもより少し若く見えた。
シャツにパンツというシンプルな服装なのに、どこか洗練されている。
白いシャツが、陽の光を受けて柔らかく見えた。
「いえ、大丈夫です」
エマは扉を閉め、レオンと並んで歩き始める。
石畳の道を抜けると、街路樹の影が二人を包んだ。
新緑の葉が、風に揺れて光を散らす。
その日は天気が良く、柔らかい春の日差しに包まれていた。
街は穏やかだった。
遠くで子供の声がして、窓から料理の匂いが漂ってくる。
日曜日の、ゆったりとした空気。
隣を歩くレオンは、そんなエマの葛藤に気づいている様子もなく、ただ穏やかに歩いている。
(この人は……)
(私の何を見て、ここに来てくれたんだろう)
エマは、それを確かめたかった。
二人は街の中心にある公園まで来ると、何をするわけでもなく、ただ歩いた。
公園の並木道は、緑のトンネルになっていた。
木漏れ日が、石畳に模様を描いている。
ベンチに座る老夫婦。
芝生で遊ぶ子供たち。
噴水の水音が、遠くで響いている。
「……手紙は、一度しか出せませんでした」
レオンはエマの速度に合わせて、歩幅を小さくしながら言う。
「いえ……西方は激務だと聞いています」
エマは、合わせてくれる歩幅が少しだけ嬉しかった。
レオンは静かに言った。
「……そうですね。あそこはちゃんと"戦地"でした」
「人を、道具として見る場所です」
エマは舞踏会の夜の会話を思い出す。
人を道具として見る場所が嫌いだと、レオンは言っていた。
「……サルマさんの、嫌いな場所でしたか?」
直球の問いに、レオンはわずかに頬を緩める。
「そうですね。居心地は良くありませんでした」
それから、少し間を置いて。
「……早く、あなたに会いに来たいと、よく考えていました」
エマの耳が赤くなる。
目を逸らして、誤魔化すようにバッグの紐を握った。
木漏れ日が、エマの頬を照らす。
レオンは、その横顔をじっと見ていた。
「……そういうこと、さらっと言うんですね」
レオンは淡々と返す。
「伝えておかないと、明日どうなっているか分からない仕事です」
エマは、息を整えてから小さく言った。
「……サルマさんは、どうして軍に?……あの、あまりお好きではないように見えます…」
「そうですね……、大きな大義名分などはありません」
「ただ、私はこの国を美しい場所だと思っています」
レオンは日差しを受けて少し眩しそうに目を細める。
「自分の好きな場所くらいは、守れるようにしておきたいと思いました」
その答えを聞いた瞬間、エマの胸の奥で何かが温かくなった。
(ああ……)
(……暖かい人なんだ)
レオンはエマの方を見ながらちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「今日は、あなたの話を聞きに来たのにな」
それから、レオンが足を止め、エマの前に立つ。
噴水の水音が、少し遠くなる。
木々の葉が、風に揺れる音だけが聞こえた。
「レオン。と呼んでください」
エマが見上げると、視線が重なった。
舞踏会のときと同じ、まっすぐなグリーンの瞳。
木漏れ日が、その瞳を透かして見せる。
「貴女に、会いたかったです。本当に」
その声は、丁寧で、押し付けがましさがない。
(――この人は"待ってくれる人"だ)
そして――。
(私に、会いに来てくれた)
その確信が、胸の奥に静かに広がった。
「大学では、何を専攻しているんですか?」
ただの問いかけなのに、急かす響きはなかった。
エマは、さっきよりも半歩近づいて、ゆっくりと自分の話を始めた。
「歴史を、専攻しています」
「歴史ですか」
レオンの目が、わずかに輝いた。
「どの時代に興味が?」
「戦前の……平和だった頃の文化史です」
エマは少し恥ずかしそうに続けた。
「軍の方に言うのも変ですけど……戦争じゃない時代の、人々の暮らしとか」
レオンは真剣な顔で頷いた。
「いえ、素晴らしいと思います」
「戦うのは、そういう時代を守るためですから」
エマの胸が、また温かくなった。
大学のこと。
授業のこと。
難しいと感じた課題のこと。
友人が少ないこと。
話しながら、エマは気づいた。
(この人、話しやすいな)
レオンは頷くだけで、遮らない。
急かさない。
評価もしない。
ただ、聞いている。
エマの話を。
エマのことを。
母も父も、エマを愛している。
それは分かっている。
でも――。
まっすぐに、エマだけを見てくれる人は、今までいなかった。
(ああ……)
エマの胸が、温かくなる。
風が、二人の間を通り抜ける。
春の匂いを運んで、また去っていく。
(私、この人のこと……)
自分でも驚くほど、自然にその言葉が胸に落ちた。
(好きなんだ)
1年半、待っていた。
夢じゃないかと思っていた。
でも、今、隣にいる。
この気持ちは、本物だった。
エマは、その気持ちを胸に抱きしめた。
*
公園を出る頃には、空の色が少しだけ柔らかくなっていた。
日差しは傾き、舗道に落ちる影が長くなる。
建物の壁が、夕陽を受けてオレンジ色に染まり始めていた。
「……もう、こんな時間ですね」
レオンが時計を見るでもなく言う。
エマは頷いた。
「ええ。思ったより、歩いていました」
二人は並んで、家の方角へ向かう。
街は、夕暮れの色に変わり始めていた。
窓から漏れる灯りが、一つ、また一つと増えていく。
話題は大学の授業のこと、街の変わらない景色のこと。
深い話はしないのに、沈黙も重くならなかった。
石畳の道が、夕陽を受けて赤く見える。
二人の影が、長く長く伸びている。
家の門が見えたところで、エマが足を緩める。
門の向こうに、白い屋敷が見える。
窓にはもう灯りが点っていた。
「ここまでで大丈夫です」
レオンは一拍だけ考えてから、穏やかに首を振った。
「……家まで送らせてください。今日は、そのつもりで来ました」
断る理由が、思いつかなかった。
エマは小さく笑って、歩き出す。
門の前に着くと、レオンは立ち止まった。
距離は近いのに、触れない。
門の鉄格子が、夕陽を受けて影を作っている。
庭の白いバラが、この数日で少しだけ開いていた。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ……」
言葉が途切れる。
けれど、気まずさはない。
レオンは静かに続けた。
「また、会えますか」
疑問形なのに、揺れがない。
エマは少し驚いて、それから頷いた。
「……はい」
その返事だけで、十分だったみたいに、レオンは小さく微笑んだ。
エマがふと思って言う。
「……今日は、"散歩"でしたよね?」
レオンは真面目な顔で頷いた。
「ええ。とても良い散歩でした」
それから、少しだけ言葉を探すように間を置いて。
夕陽が、レオンの顔を横から照らす。
その表情が、いつもより少しだけ柔らかく見えた。
「……エマさん」
「はい」
「ご両親に、ご挨拶をさせていただけますか」
エマは一瞬、言葉の意味が分からなかった。
風が止まった。
庭の花も、影も、すべてが静止したみたいに感じた。
「……え?」
レオンは、いつもの穏やかな声で続ける。
「今日中に、お伝えするべきだと思いまして」
エマの心臓が跳ねる。
(今日? 今日、ご挨拶?)
早い…けど…
まだ二度目のデート。
まだ、レオンのことを知り始めたばかりだけど…
でも――。
(断りたくない)
エマは、自分の気持ちに正直になった。
なぜなら、エマ自身が望んでいるから。
この人と、一緒にいたいから。
(お母様は、きっと喜ぶだろう)
(お父様も、安心するだろう)
でも――。
(それが理由じゃない)
私が、この人と一緒にいたいから。
「……今日、ですか?」
「はい。もし、ご迷惑でなければ」
エマは、自分の顔が熱くなるのを感じた。
夕陽が、二人を包む。
門の影が、石畳に長く伸びている。
(まだ、結婚するわけじゃないし……)
エマは、小さく息を吐いた。
「……わかりました」
エマは扉に手をかけて、ゆっくりと開けた。
(私が決めた)
(私が、この人を選んだ)
その決意が、胸の奥で静かに固まった。
*
玄関に入ると、家の中は外よりも少し暗かった。
シャンデリアの灯りが、大理石の床に反射している。
廊下の奥から、夕食の支度をする音が聞こえた。
母が先に気づいたように顔を上げた。
居間から出てきた母の手には、刺繍の途中の布が握られていた。
父も新聞から視線を外し、来客を見る目になる。
読みかけの新聞を、ゆっくりと膝に置いた。
レオンはいつもの穏やかな声で言った。
「突然すみません。少しだけ、お時間をいただけますか」
「ええ……どうぞ」
母が言い、父が黙って頷く。
エマは横に立ったまま、指先が少しだけ震えている。
(お母様は、きっと喜ぶ)
(お父様も、安心する)
でも――。
(それが理由じゃない)
私が、この人を選んだ。
私が、この人と一緒にいたいと思った。
それが、全てだから。
レオンは迷わず父の前に立つ。
姿勢も言葉も、余計な溜めがない。
玄関ホールに、静寂が降りる。
シャンデリアの灯りだけが、揺れもせずそこにあった。
「エマさんと結婚したいと考えています。ご許可をいただけますか」
――間。
父が瞬きをした。
新聞を持つ手が、止まる。
「……え?」
母も同じタイミングで声が漏れる。
刺繍の布を、取り落としそうになった。
「……え?」
エマも遅れず、息を飲んだまま口だけ動く。
「……え?」
三人、同時に。
誰も怒らない。
誰も止めない。
ただ、処理が追いついていない。
シャンデリアの灯りが、静かに揺れる。
廊下の奥で、鍋の音がした。
エマだけが一拍遅れて、顔に出た。
(え、今日"散歩"じゃなかった?)
(お付き合いの挨拶じゃないの?)
でも――。
レオンの声が、父に向けられている。
父はようやく喉を鳴らして、言葉を探す。
「……えっと、君は……」
「レオン・サルマです」
レオンは淡々と答えた。
名乗り直すというより、確認するみたいに。
母はエマを見る。
エマは母を見る。
父はその往復を眺めたまま固まっている。
レオンは首を傾げもしない。
笑いもしない。
ただ、穏やかに続ける。
「改めて申し上げます。エマさんと結婚させていただきたいと思っています」
「階級は少佐。西方本部での任務を終え、今後はノイフェルンでの勤務が続く予定です」
「エマさんを、幸せにします」
その言葉を聞いた瞬間、エマの中で何かが動いた。
(ああ、本当なんだ)
(この人は、本気なんだ)
1年半、待っていた。
手紙は一度だけ。
でも、レオンは覚えていた。
約束を。
私のことを。
(私も……)
エマは、自分の手を握りしめた。
(私も、この人なら)
その言葉が、玄関ホールに静かに響く。
父は、口を開いて、閉じて、もう一度開いた。
新聞を、完全に膝に置いた。
「……あの、君たちは、いつから……」
エマが小さく声を出す。
「……お父様、1年半前の舞踏会で、お会いしました。
……私…私も同じ気持ちです」
母が目を見開く。
刺繍の布を、胸に抱きしめた。
「あの時の……」
レオンは頷いた。
「はい。その節は、ありがとうございました」
父は、娘と、レオンと、妻を順番に見て、それから深く息を吐いた。
「……サルマさん、と言ったね」
「はい」
「娘は……大学を続けたいと言っていたが」
レオンは即答した。
「もちろん、続けていただきます。エマさんの学びを止める理由はありません」
エマは、その言葉に胸が熱くなった。
(ああ、この人は……)
(本当に、私を見てくれている)
父はレオンの目を見つめた。
その目は、厳しくはなかったが、真剣だった。
「……君の、ご家族は?」
「父は軍の技術顧問をしていました。すでに退役しています」
「母は健在です。兄が一人、商社に勤めています」
「収入は?」
「少佐の俸給です。決して裕福ではありませんが、エマさんと二人、不自由なく暮らせる程度には」
父は静かに頷いた。
「……そうか」
それから、もう一度エマを見る。
「エマ、お前は……本当にいいのか?」
エマは、父の目をまっすぐ見た。
その視線に、迷いはなかった。
「はい。お父様」
母が父の腕を掴む。
「あなた……」
父は肩をすくめた。
「スーザン、エマはもう子供じゃない」
それから、レオンを見る。
「……娘を、頼みます」
レオンは深く頷いた。
背筋が、さらに伸びる。
「はい。必ず」
エマは、横で聞きながら、目の奥が熱くなるのを感じた。
(私が、選んだ)
(母のためでも、父のためでもなく)
(私が、この人を選んだ)
シャンデリアの灯りが、揺れている。
玄関ホールの大理石が、冷たい光を反射している。
でも、エマの胸は温かかった。
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
空が、オレンジから紫へと変わっていく。
目の奥が、じんわりと熱くなった。
*
宇宙コロニー。
薄い照明の下、アンは端末を開いた。
人工的な光が、部屋を均一に照らしている。
窓の外には、星と、地球の青い影。
一行だけのメール。
「お姉様が、結婚するそうです」
アンは一瞬フリーズした。
まばたきが止まり、指も止まる。
端末の画面が、青白い光を放っている。
次の瞬間。
椅子から立ち上がる。
背筋が伸びる。
声量が、いきなり最大になる。
「はあーーー!?」
その声が、コロニーの静かな廊下に響き渡った。




