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17.奇襲

夜に入り、エイプリル隊はゴッチ砦の地下室でトンネルへの結界を解き、広間へ向かっていた。およそ半ばまで来たあたりでエイプリルが馬を降りて、ジョットレイを呼んだ。

「ここに、結界の魔晶具を置いておきます。

ひとりで逃げることになったら、ここでこれを作動させなさい。

追ってくるものを一時止めてくれます。稼いだ時間でトンネルを埋めるのです」

「了解しました」

ジョットレイは静かに頷いた。


広間への入り口は、結界で塞がれ、結界には広間側から目くらましが掛けてある。トンネル側からは広間が見える。

広間には、軽装騎兵が2列に並んでいた。工兵隊がフィエール側の出口を塞いだ最後の石垣を崩して道を開くのを待っているのだ。予想通り数は30ほど、列の左側の兵が左手袋を外して魔晶石を握っている。


エイプリルが直前のブリーフィングを始める。

「結界を解いたら、録音の魔晶具を放り込みます。ひどい音が響くので、すぐに防音の結界を張ります。エル、いいですね」

「はい」

「音は一瞬です。馬が棹立ちになって列が乱れますから、その隙に外に出ます。

ファブ、ミカエル、左です。マイケル、シュリ右です」

4人が頷く。ミカエルとシュリは緊張で顔が白っぽくなっている。

「視線遮断を掛けますから、手を繋ぎなさい。

トンネルまで行ったら、後は結界を張って守るだけです。中はわたくしに任せなさい」


「ジョットレイ、7人が外に出たら、すぐに結界を展開。

外からエルが目くらましを掛けます。中からは見えますが、何を見ても動揺しない。

絶対に結界を解かない、いいですね。

終わったら、エルが解除の合図をします。それまで待つのです」

「はい。武運をお祈りします」

エルが珍しく口を出した。ジョットレイの乳母だったのだから、気持ちは手に取るようにわかる。

「ジョリー、心配しなくていいの、見ればすぐにわかる、姫隊が奇襲を失敗することなんてない」

「エル」

「マイレディ、これだけは。 待たされる者が一番つらいのです」

「そうね。ジョットレイ、待つことを最初に学ぶことができて幸運だったと思えるようになりなさい」

「その未来をお見せしたいです。必ずお帰りください」

「もちろん帰るわよ」

エイプリルはジョットレイを軽く抱き寄せたが、息子の背の方が高くなっているので抱き着くように見えた。



エイプリルとコーエンが先頭に立ち、後ろ右手にラドクリフとシュリ、左手にキャメロンとミカエルが手を繋いで準備を整えた。エルが結界ギリギリで準備する。

「視線遮断」

4人が魔晶具を握る。フイと姿が消える。

「エル、結界解除」

結界が解除されて、エイプリルとコーエンが録音の魔晶具を投げる。すぐに音声遮断の結界が張られる。

広間に並んでいた馬が、轟音に驚いて棹立ちになる。轟音がドームに反響し、増幅された音は、フィエール側は兵列の先頭まで、ガリエル側もかなりの距離まで届いた。

姫隊と3人の新兵にとっては、音声が遮断されているため無音の映画を見るようだ。

「エル、結界解除、マイケル、ファブ、行きなさい」

視線遮断を掛けたら声を出さないのが普通なので、4人は黙って持ち場へ向かった。

「ジョットレイ、すぐに結界を立ちあげなさい。

出ます」


ラドクリフ組がガリエル側トンネルに着いた時には、トンネル側の馬は驚いてガリエル側に向きを変えて逃げようとしており、邪魔するものはなく直ちに結界を立ち上げさせた。


キャメロン組の方は少し苦戦した。ミカエルの手を引き、壁沿いをフィエール側トンネルに向かうが、馬はフィエール側に頭を向けて整列していたので、暴れる馬が前進して来て何度か前を遮られる。ラドクリフ組に遅れてたどり着き、広間側の馬がトンネル内に逃げ込もうとするのを押さえる兵を見ながら、ちょうど馬がトンネルの前を横にふさいだタイミングでキャメロンが走り出て結界を発動することができた。

役に立たなかったミカエルが気落ちするのは目に見えていたので、「防御を掛けたら魔晶具の前に座って動くな」と命じて、座るミカエルの真ん前で双剣を構えた。


広間へエイプリル、コーエン、エルが飛び出す。ジョットレイが結界を立ち上げ、エルが一瞬立ち止まって、結界前に壁の色と同じ目くらましを、自分に視線遮断を掛ける。


エイプリルは最初から、スリープを撃ち続けた。エイプリルの魔法の指向性は極上で、ピンポイントで次々に兵の顔面に睡眠を打ち込み、まだ馬を制御できていた騎兵も次々と落馬していく。

コーエンは、エイプリルの傍から離れず、近寄る馬の脚に剣を当て怯ませ、上から来る剣を受けて逸らし、指揮官の防御に徹した。


エイプリルが戦端を開いたので、ラドクリフとキャメロンも視線遮断を解除し、シュリとミカエルの前に立つ。馬の前脚を躱し、首を浅く斬って怯ませる。単に怯ませればいい。すぐにスリープが来る。深く斬らないのは、血脂で無駄に剣の切れ味を落とさないためだ。斬った剣を大きく払い血を飛ばす。


轟音と暴れる馬の制御でまともに戦える兵はいない。まだ馬に乗っている兵が近づくと、太股に剣先を突きこんだ。これで馬の制御はできなくなる。

エルは視線遮断を解除しないまま、乗り手を振り落とした馬に飛びついて乗り、他の馬に近付いては睡眠の魔晶石を押し付けた。すべての馬と乗り手が昏倒するまでに、さほど時間はかからなかった。


「終了!」

エイプリルの声が響いた。

「エル、結界解除、ブローで空気を送りなさい、息が詰まる」

エルは返事をする余裕もなく視線遮断を解除、馬に乗ったままジョットレイの張る結界に接近、合図をして結界を解除させた。瞬間、新鮮な空気に晒されて咳き込む。エルの運動量が一番多かった、よく持ったものだ。

「ジョリー、ブロー」

と、何とか声を出した。



小さな出入口を、広間側からの結界で塞がれた重装兵と重装騎兵は酸素が足らず気絶する者が続出。先頭の工兵が慌てて石垣を突き崩した。真ん前にフィエール兵が待っており、激戦となった。だが、トンネルから出ることができるのは一度にひとりかふたりで、重装のまま気を失って倒れた兵が、進行の邪魔になってもいる。

迎える方は余裕をもって捕獲した。素早くスリープが掛けられ、武装解除される。


ガリエル側からの長い兵列に向けて、ジョットレイがエクスプロージョンを撃ち、父コーエンがエンフォース、母エイプリルが魔晶石のコントレジェンスで補助した。

一発撃って、そのあとは結界で二重に塞ぐ。


凄惨な風景になる可能性もあったのだが、主力のエクスプロージョンの撃ち手であるジョットレイの魔力がまだ十分ではなく、逃げる騎兵の後ろを脅かすに留まった。もちろん、そうなることはエイプリルにはわかっていたのだが、撃ち手のジョットレイのみならず、見守るミカエルとシュリにとっても体が震える恐怖であったことは間違いない。

エイプリルがシュリに結界を解除させ、ジョットレイを身構えさせた時には、シュリの瞳に涙が盛り上がっていた。


初戦に臨む兵としてそれは残酷な経験だったが、やがてお館さまとなるであろうジョットレイ、フレデリカの婚約者であるミカエル、そして王太子妃の筆頭侍女となる予定のシュリにとっては必ずいつか訪れる日であったのだ。その日を父母とともに迎え、最強の指揮官に従った3人にとっては不運とまでは言えない。



囮の7000をマナウスとホッジスで失ったばかりか、主戦力のおよそ20,000のうち、精鋭中の精鋭250を失い、後詰の第三軍を見たガリエルはフィエール侵略戦から敗走した。


エイプリルとウイレムの作戦はさらにこの結果を丁寧に上塗りした。

ガリエル兵のうち、手足や目が不自由になった者を選んで、ホーシュビーからカエリステスへ船で運び、そこから運河の終着点へ、さらに複合魔法フロートでアルジェンタム河を渡して、ガリエルへ帰したのである。これは別に慈悲ではない。出身地である砦町に負傷兵を返すことで、彼らがガリエルにとって“英雄”ではなく、役立たずの“邪魔者”となり、命を長らえてこれからガリエル兵となる者たちを怯ませる原因となることを狙ったのだ。


五体満足で働ける捕虜は東の植民地へ移送し、彼らがかつて虐げた人々に預け、開拓に従事させた。そこでは労働力として貴重ではあるが、昔酷使し、軽蔑した人々に、同じ扱いを受けるのはある意味どうしようもないことだ。本来なら捕虜交換で帰郷することもできるのだろうが、ガリエル側にドナティエールの捕虜がひとりもいない以上、それもない。


ジョットレイが将来のお館さまになるのは:

ジャルダンとマリエに娘一人、ケイトリンしか生まれなかったから。

ケイトリンは生まれてすぐに皇太子の婚約者と決まりました。


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