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4.フレデリックの幸せ

公国は、旧帝国の血を引く民がドナティエール王国へと移民する手助けを続けてきた。

公国は帝国の再建を存在理由としていたが、また、魔力の強い民を皇国に発見させないことも重大なことだと考えていた。

ガリエル皇国に、大規模魔法を獲得させたくなかったのだ。

大規模魔法は口伝である。使い手は適性のある者を弟子に取り、訓練のプロセスを経て伝授を行う。素養のある者なら伝授にそれほど時間はかからない。ガリエルが使い手を発見する前に王国へと避難させたかった。


ルースカリエ帝国は侵略戦を放棄して長かったから、大規模魔法もそれほど多くの種類は伝わっていない。

皇弟妃が伝えたエクスプロージョン。これには制御してくれる複数の補助者が必要な特殊大規模複合魔法ペネトレーションが発展的に付属している。

ウイレムの師が伝えたディフェンス、発展的に補助者が必要なドーム。防御魔法だ。

帆船に乗って航行を助ける風使いが受け継ぐブロー。中位魔法で使い手は多いが、他の使い手との組み合わせで天候を操作する大規模複合魔法となる。

ベニステラ公王家に伝えられてきた、重量軽減系列の魔法と、これに発展的に付属する複数の高位補助者を必要とする特殊複合魔法フロート。

動きがないために魔法を掛けたままで保持できるフォース・フィールドも中級で地味ながら重大な魔法だ。


500年前には、劫火を生み出す、地面を隆起させる、大雨を降らせる、彗星を落とすなどの大規模攻撃魔法もあったという記録が残っている。しかし、劫火で焼き尽くした森や、地面を隆起させて家屋を全壊させた都市を手に入れても、国土を拡げたことにならない。

帝国はすでに十分な国土を手にしていたということもあり、次第に伝授が途絶えた。


フィリップスとフレデリックには、魔晶具についての高度な知識があった。今使われている簡単な魔晶石と魔晶具ではなく、複雑な魔法陣を必要とする魔晶具があれば、より多くの移民をより早く王国へ移動させることができるだろう。カンデラ鉱山から出る大きな魔晶石もある。

生粋のガリエルの人口は少なく、旧帝国の城塞都市は少数のガリエル民が旧帝国民を強圧的に支配していたから、これを嫌って都市から逃げる民は多かった。



フィリップスの意を受けて、フレデリックがフィエール領のウイレムを頼ることになった。

長い旅路を逆にたどって馬蹄湾に、そこからラ・フィエールを訪れたフレデリックには信じられない幸せが待っていた。


「ミリアム」

「お久しぶりね、フレデリック」

フレデリックは、なぜここにミリアムがいるかを問うのも忘れ、ただ茫然と妻の顔を見詰めていた。自分では涙が頬を伝っていることがわからず、歩み寄って抱き寄せたいのに、足は一歩も前に出なかった。


ミリアムの左腕には、よだれで顔を汚した赤ん坊がふたつのこぶしを握っていた。

ミリアムは腰のベルトに挟んだ布をとってよだれをぬぐってやった。

「はい、あなたの娘よ。フレデリカ、父上です」

そう言って赤ん坊を手渡そうとしたが、フレデリックはパラライズをかけられたように動くことができなかった。



一晩呆然として夜明けを迎え、フレデリックは猛然と働き始めた。

ウイレムに願って作ってほしい魔晶具の用途を説明し、エイプリルに細かいアドバイスを求めた。その頃には、エイプリルのスカートの裾にすがってタッチしている赤ん坊に少しだけなら触ることができるようになっていた。

息つく暇も惜しく、妻と娘をひとまとめに抱きしめ、馬で王都へ発った。

フレデリックのあまりに心ここにあらずという様子を心配して、侯爵家から世話役と多めの護衛騎士がつけられた。


王都では、マール家にも寄らずカッサンドラ候の邸宅に駆け込んで、涙を流していることに気が付かないまま、

「義父上、ありがとうございます。本当にありがとうございます」

と、ほとんど訳のわからないお礼を言って、そのまま王城へと飛び出そうとしたところを押さえつけるように座らされた。

いきなり謁見を求めてまとまりのない上申をしようとしても受け付けられるはずもなかった。

実家、マール候爵家から迎えが来て、マール候、カッサンドラ候とともに文書を練りあげ提出する。待つほどもなく謁見の許可が出た。


相手が変わりながら、何度も同じ説明を繰り返し、必要な手配を求める作業が一段落すると、今度は猛然と妻と娘に会いたくなった。

カンデラ公が船でリバーアンまで送ろうと言ってくれる。

フレデリックは、周囲に労られているうちに次第に落ち着き、突然現れた自分の娘について考える余裕ができたようだった。


ミリアムは、妊娠を知ってすぐにエイプリルを頼った。フレデリックがいるところまで妊婦の身で行くことはできないし、乳幼児を連れて行ける距離でもない。とすれば、この先も長い間一緒に住むことはできないのだから、公国により近く、しかもミリアムが知る限りもっとも安全な場所にいるのがいい。

もともと契約を結んで1年を共に過ごした仲だ。ミリアムの願いはすぐに容れられ、ラ・フィエールの筆頭侍女として迎えられた。そこで侍女やペイジに王都流の礼儀作法を仕込みながら、エイプリル、エル、マリエとともに暮らしている。


フレデリックは自分の娘フレデリカが、エイプリルの息子ジョットレイ、エルの息子ソニー、マリエの娘ケイトリンと一緒に育っていることを改めて教えられた。もしミリアムがそのまま王都で出産していたなら、フレデリックの事情があるから娘の世界ははるかに狭かっただろう。フレデリックはミリアムの選択に感謝した。

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