3.滝の城
フィリップスは馬蹄湾から3本マストの帆船に乗船し、大陸の東、ベニステラ公国に向かっている。
筆頭侍従としてマール公爵公子フレデリック、侍従3、警護の騎士6、従卒6を伴っている。
ベニステラ公国は、旧ルースカリエ帝国の皇太子領だった。
皇太子領は、本来滝の城と滝の背後を抜ける鍾乳洞を繋いで造られた美しいトンネルのみだった。しかし、帝国が実質的に滅亡したため、アルジェンタムの西側を治める貴族にとってはベニステラ公王が仕えるべき王となった。公王もギボン三世が亡くなってギボンの名を継いだから、西側全域がベニステラ公国と名乗るに至った。
皇太子領はもともと帝都への上水供給という重大な責務のために設けられた飛び地であった。その責務は今も続いている。ガリエルのためではなく、皇都に残った旧帝国民のため、そして帝都を取り戻すのだという公国の存在意義のために他ならない。
アルジェンタム河は、ガリエルの故郷のアルテン高地から延々と続く万年雪を被る岩山の水を集め、幅100mにも及ぼうとする大瀑布となって渓谷に落ちている。
水道橋は、滝の高いところから取水して、地形をものともせずおよそ180キロを直線で飲料水を運ぶ。落差を利用して水を流しているから高さもあるが、幅も10m近い。
橋脚は現在では再現不可能な大規模魔法で地面から立ち上げられた。花崗岩の一枚岩が凄まじい容量で立方体にそびえたもので、橋脚間はアーチ形に積まれた切石で繋がれ、石の蓋で覆われている。
この大水道橋は、900年にわたって保存魔法で固く守られている。
滝の高さのちょうど半ばにある巨大な岩棚に、滝の城と呼ばれる美しい城がある。
城には、ベニステラ公王家族が住む。フィリップス一行が目指しているのはこの滝の城だ。
馬蹄湾を南に下り、岬を回り込む。そこから右手に陸を見ながら北寄りの西に進むが、景色は見渡す限りの森林だ。その向こうに遠く南山脈が続くのが見える。
航路の途中に、竹林を切り開いた停泊地があり、そこで風待ちをする。そこからは、アルジェンタム河からの水で沖に流されることを計算し、風に助けられながら陸から大きく離れないように回り込んで、北へ上がる。
帆船は、城塞都市カエリステスに着いた。
カエリステスは、アルジェンタム河から引いた水路を中心として、旧帝国の上位貴族の内でも、特に魔力の高い貴族家が協力して建造された。
カエリステスの名は、ギボン4世の最初の皇妃に因んだものだ。最初のお産で子とともに死亡してしまったが、銀の髪と紫の瞳の美しい人というだけでなく、膨大な魔力の制御に苦しんだ人でもあった。
皇帝の愛と、魔力制御の苦しみを知る貴族たちの敬意を集めていたカエリステスは、神格化されてこの都市の守護女神と崇められている。
カエリステスから小型の馬で運河沿いの緩やかな坂を登れば、滝の城へと続く道の入り口にたどり着く。そこで馬を降り、滝裏のトンネルを登る。
トンネルは、もともとあったいくつかの鍾乳洞を繋いで造られた。
道は歩きやすく整えられていて、足元と天井部分に柔らかい色の照明の魔晶具がはめ込まれている。鍾乳洞はとても美しい。石筍や氷柱石が照明具の光を柔らかく反射して神秘的な風景を作り上げている。氷柱石からぽとりぽとりと落ちる水が、きらめきながら真下の石筍を濡らす。
フィリップスの一行は、美しいトンネルに心を奪われながら滝の城への道を辿った。
所々に横穴が彫られており、魔晶石を掘る音が耳に届く場所もある。
滝の城は、それまでの長い旅路を忘れさせる美しさだった。滝のなかばに張り出す巨大な岩棚を巧みに使って、帝国の美の粋を極めた華麗な城が建っていた。
低く建てられた居住部分は、岩棚の形に沿うよう曲線を多用して横に長い。白く細い塔がリズムのある間隔をとりながらさまざまな高さで立ち上がっている。建物から立ちあがっている塔もあれば、独立して建てられている塔もあるが、どれも上部は金の装飾で飾られ、下部はなだらかな曲線で裾広がり。水が上から注がれるさまをデザインしている。
各塔の最上部からは結界魔法が張り巡らされ、大量の水が落ちる轟音も舞い飛ぶ水滴も届かない。
庭園部分では、白い鳥籠のような形をした石造りの東屋に座って景色を楽しむこともできるし、岩棚に浅く掘られた疎水沿いを、魚影を探しながらゆっくり歩くこともできる。
背の低い植物が岩棚を這い、疎水に突き出た岩は苔に覆われている。
フィリップスはこの城に1棟を与えられ、まずベニステラ公王と面会するところからゆっくりと仕事を始めた。




