1.カリア侯爵家からの来訪者
エイプリルの私室にペイジのノックが届いた。その日は王子マントの刺繍はお休みになっている。客を待っているからだ。
「用件を述べなさい」
「カリス家の馬車が間もなく到着とのことです」
「わかりました、応接室に行くと、セスに伝えなさい」
「復唱いたします。執事長に次姫さまは応接室においでになるとお伝えいたします」
「よろしい、行きなさい」
エルは、今日の執事室付き当番のペイジは忙しいだろうな、とその背を見送りエイプリルの身なりを整えた。
応接間のソファでおとなしく待つエイプリルは、馬車が玄関前に止まる音でワクワクしていた。玄関まで走って迎えに行くどころか、窓からのぞき見することすらできない。最近エルが厳しいのだ。
ソファにもたれてはいけない、カップを顔から迎えに行かない、カップを口元に持ってくるのです!と、スパルタだ。
おまけに、「その場の主賓が、カップをかちゃんと音をさせてソーサーに置いたら、自分も必ず音を立てるのです、マナーとはそういうものです!」とかなんとか、高度な気配りなのか、何かの誤解なのかよくわからない。
応接間のドアが開いて、待ちかねたお客さま、母の実家であるカリア侯爵家の二姫、マリエが侍女ソリーを従えて入ってきた。エイプリルはソファから立ち上がって迎え、礼法に従って、
「レディ・カリア、ようこそ」
と言いながらドアまで迎えに行き、お互いに軽く右足を引いて腰を落とす挨拶をした。
「レディ・フィエール、お久しぶりでございます」
マリエもきちんと礼で応えた。
「こちらにどうぞ、お疲れでしょう。レディ・カリアにお茶を」
マリエにソファをすすめ、お茶が出るまでふたりは神妙に家族のことを尋ね合って「久しぶりにお会いする女友達との正しい社交会話」を実践していた。エルとソリーそしてセスの前で乱れは許されない。
やがて、社交会話の種も尽き、お茶もいただいたので、次の社交マナーに取り掛かる時間となった。
この場の主人はエイプリルだ。
「レディ・カリアに客間のご用意が整っております。執事長セスがご案内いたします」
マリエが笑顔で頷いて、セスを認識していることを伝える。
「お心遣いありがとう。それでは衣服を改めて、伯爵ご夫妻に滞在のご挨拶にうかがいます」
「父母は、晩餐の席にてお会いいたします。
よろしかったら、晩餐までの時間、わたくしの部屋へおいでになりませんか。王都と学園生活についてお教えいただきたいと思います」
「何なりとお尋ねくださいませ」
「どうぞよろしく」
「お役に立てるようあい勤めます」
だいたい合格の形式的やりとりを無事に終え、マリエはちょっとふらつきながら客間へと案内されていった。幼いころからの知り合い、しかも従姉妹との社交の実践はお互いにつらい。しかし、貴族の姫であるかぎり、いつでも・どこでも・だれとでも、これができなければ、実家から外に出ることは許されない。
マリエが住むカリア城からフィエール城までは、馬車で3日。途中ジガ城への登りと下りが難所になっている。貴人はつづら折りの道を輿で運ばれて城内で待機、通行の手続きをする。馬車は騎馬と馬車のために作られた長い傾斜路を使って丘陵の低いところを回り、ジガ城の下まで来る。貴人は再びつづら折りを輿で馬車まで運ばれる。
ただ、マリエは王国貴族の子女に用意された通過儀礼のひとつとして王立学園に「収容」されるまでは、叔母であるメリーアンに憧れて剣を習い、馬に乗り、フィエール城に長期間泊まり込んだ。ウイレムに師事を許され、魔法と錬金術を学んで育った。
マリエもまた、戦姫の真名を持っている。
馬車なんてお断りよ、ちょっとそこまでじゃない、と馬に乗ってラフィエール城まで駆け抜けたいと希望を出したが、あっさり却下された。
おとなしく馬車に揺られてくるのは苦行以外の何物でもなかった。
ようやく解放され、まもなく従妹とおしゃべりできるという期待に慰められながら、マリエは旅の汚れを落とし、旅装から明るいブルーのデイドレスに着替えた。




