11-3 辺境伯と公爵夫妻
格上といっても娘と娘婿というべきか、娘と娘婿であっても公爵夫人と公爵、というべきか。
来賓を交えた会食の後、居間に席を移してエイプリルについて聞きただそうとしたフィエール卿は、立場の据えどころに少し迷わないわけではなかった。しかし、聞かなくてはこの先が危ない。エイプリルは間もなく王都に行き、この公爵夫妻の世話になるのだ。
カンデラ屋敷・大広間での儀礼的な会食が終わった後、公爵夫妻とフィエール卿の3人は、まだ盛り上がる宴席を辞し、夫妻の居間に移った。
人払いされ、場は家族だけのものとなる。
「カンデラ公、この度は娘が世話になった、礼を申し上げる」
「何を言われる舅殿、ローズもエイプリルに会い機嫌がよい。わたしとしても喜ぶべきことだ」
「いや、突然のことで驚かれたであろう」
「いえいえ、連絡もありました。礼は通しておいででしたよ」
やはり、エリーの方からカンデラ邸への訪問を問い合わせたのだな、とフィエール卿はため息をついた。まったく、どういうつもりなのか、式典に正装で出る予定だったのではないのか。その後、民に交じって橋を渡るのは、フィエール側からと言っていたではないか。
ため息をひとつついて、より重要な問題へと進む。
「ローズ、閣下には悪いが、聞いておきたい。
そなたも十分知っている通り、エイプリルは王家の婚約者だ。今はまだ俺の意志を通して自由を許しているが、本来は許されないことだ」
ローズはもちろん十分以上、何なら父より良くわかっていた。王弟の婚約者として絶望的に窮屈な学園生活に耐え、もっと絶望的だった王太子の婚約者を親友として支えてきたのだ。今だって王孫の乳母として自由とは無縁の毎日を送っている。
「アンドリュー、話してもよろしくて?」
「もちろんだよ、君の妹のことだ」
「公爵家のことでもあるけど?」
「無縁ではないだろう? むしろ聞いてもらっておいた方がいい」
「わかりましてよ」
ローズは父に向き直った。
「父上、エリーは魔晶石の選別について知りたいと言ってきました」
「なんと」
「そうなのです。公爵家としては財産についての話です」
「そうよのぉ、何ということを、エイプリルは」
「わたくしは、叱ろうと思ったのですが、アンドリューが理由を聞きましたの」
「ご寛恕ありがたく」
「いいえ、舅殿、ローズの妹は王家の婚約者、無下にはできません」
この公爵閣下は、別に妻に気を使っていたわけではない。王家の婚約者がなにか軽率な行いをするのなら、王家に対しても辺境伯家に対しても弱みをひとつ握れると、単にそういうことだ。何しろ生まれた時から王族で、今も王族兼上位貴族をやっている。むしろ、こういう考量しか出てこない。
エイプリルは塔の錬金術師ウイレムより、魔晶石の性質と扱いについての中級を得、魔法陣を魔晶石に組み込むことを許されたという。
魔晶石には生の魔力をそのまま込めることもできるが、あらかじめ魔法陣を組み込んでおいて、そこに魔力を注ぐと、適性者と魔法陣が合致していることを条件に、性質を限定した魔術を籠めることができる。
だが、それは、魔力が少しでもある者ならだれでも、籠められた魔法が特殊な大規模魔法であっても発動できることに繋がるため、魔晶石に魔法陣を組み込む方法はごく限られた者への“口伝”であり“秘伝”でもある。
テキストはどこにもない、ということだ。失伝すればそれまで、師匠から弟子への直伝に限定されている。
現在それを得ているのはこのリバーアンで夫人を務めている、ジョアンナ・コリンズともっとも若いエイプリル。他に、ウイレムのみが知る数人とされている。
“ディフェンド(防御陣を張る)”のように大きな魔法陣を描くものは、5cmほどの魔晶石でもせいぜい2回だが、生活魔法“ウォーター(空気中の水分を集めて注ぐ)”ならば、2cmくらいの石でも50回分は込められる。そのことから、魔晶石の生産地では、どのような基準で大きさを選別して出荷しているのか気になった、ということだった。
これを聞いた公爵は、これは役に立つと思った。
鉱山で生産された魔晶石は、ざっと選別して特別船で王都近くの公爵領本領まで運び、ロズウェル川に面した研磨所で加工して出荷する。魔晶石の大きさによって魔力を込める効率が異なるのならば、形を整えるにも工夫の余地がある。
公爵夫妻は、ふたりで立ち会ってエイプリルに選別過程を見せた。
エイプリルは選別所から公爵家別邸に帰ってきて、しばらく考え込んでいたが、このように述べたという。
「義兄上、姉上、大切な場所に立ち入らせていただいたこと感謝いたします」
「いや、ローズの愛しい妹で甥の婚約者のきみだよ、問題ないよ」
「お耳に入れたきことがございます」
「うん?なにかな」
「選別では、直径2cmより小さなものは、安価な宝飾品に使うようまとめて袋に入れて積み上げていたようでしたが」
「よく見ているね、そのとおりだよ」
「わたくしの師の教えによりますと、小さな魔晶石も継ぐと大きな力を出すのでございます」
「継ぐ?というと?」
「はい、石と石をミスリルで繋いで、そうですね、ちょうど腕輪くらいの大きさの輪を作ります。それを水平に保てる場所に丸く置き、全部の石に手のひらを当てて魔力を通すのです。小さな石全部に同じ強さ、同じ回数の魔法を込めるという手間はかかりますが、ウォーターならストリーム、ファィアならファィア・ランスの効果が得られます」
「え?」
「エリー、それは辺境伯家の秘密ではないの?」
「姉上、ウイレムは秘密とは言っておりませんでした。これを知ってもできる者はごく少ないだろう、とのことでした」
「なるほど。わが家にこれができる者がいるなら、その知識、使っても構わないってことだね」
「義兄上さま、そのつもりでお話しいたしました」
うーむ、とフィエール卿はうなり声をあげた。
卿はこの話に故意に落とされた部分があることを知っている。この連結した魔晶石は作るのも難しいが、使うのはもっと難しい。すべての石に同じだけの魔力を同時に流さないと発動しないのだ。伯爵が知る限り、発動できるのはウイレムと直弟子のエイプリル、エル、妻メリーアンの姪マリエ、他にエル配下の数人の者しかいない。魔力量が大きいローズやコーエンなどは繊細な扱いが困難で発動できない。
エイプリルが本当の理由を隠して魔晶石の選別過程を見せてもらったことに卿は気付いたのだったが、この場ではせいぜいうなるくらいしかできなかった。
「アンドリュー、父はなにか言えないことがあるみたいでしたね」
その夜の寝室では公爵夫妻が小さな声で話していた。
「そうだね」
「よろしいのですか?」
「ヒントをくれたのだね。姫も嘘を言ってはいないよね」
「もちろんですわ。妹はフィエールの指揮官です。多数の可能性を同時に処理する訓練を積んでおります。隠された意図があると」
「そうだね、頼もしいよ。フィリップスと結婚したら、ふたりにはこの鉱山を任せるつもりだよ」
「あら、アンドリュー、そのことは?」
「もちろんだ、フェリ。陛下にはすでに話を通しているよ。
姫は賢い方だね、舅殿の苦い顔も、それを見るわたしとフェリのことも計算していたのだろうよ」
「まさか」
「いやいや、それでこそ王家の婚約者」
その日、エイプリルは父がネストル橋を渡り返してリバーアン砦に帰ってくるのを待っていたりしなかった。
渡り初めの列に交じって別邸に帰るや否や、バックアップ隊の半数を先発隊として王都に出発させる指示を確認、サポート隊全員にラ・フィエールに帰るよう指示を出した。そして、午前中には小隊を率いてハスマン砦に向かって出発してしまった。
父が別邸に様子を見に来た時には、蛻の空。
“リバーアン夫人にお会いできませんでしたが、礼状と反物を届けました。ストラッサー卿には、お館さまよりこちらの魔晶石をお届けいただけるようお願いいたします”というメッセージが、カンデラ公の鉱山産の魔晶石一袋とともに残っているだけだった。
魔法陣ウォーター
この場合、ウォーターは、ファイアやウインドと同じように、名詞・水、でなく、自動詞・水を注ぐ、を採用しています




