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11-2 ネストル橋開通式

開通式が近づき、屋台も増えて賑わっている。橋の入り口の検問所が花で飾られ、手前に幕屋が建った。フィエール辺境伯、リバーアン夫人、砦指揮官ストラッサー卿の他、ホッジス卿、サリア卿など、領内で爵位を預かる者たちからの祝賀の使い、その他来賓の席が設らえられる。


前日に辺境伯が砦に入り、侍従に次姫を呼びに行かせたが、滞在しているはずの別邸にはリバーアン夫人が用意した使用人が手持無沙汰に掃除をしており、馬小屋では馬が飼葉を食べながらのんびりと過ごし、馬房の前でシューネとグリンデが寝そべっていた。

侍従はひとり留守番をしていたアニーを探して、ようやくエイプリルの滞在先を突き止めた。

エイプリルと4人の騎士は、「姉上よりお招きがあり、王都の生活に対する助言をいただくため」、カンデラ公の屋敷に滞在していた。


王弟カンデラ公爵の夫人ローズは、辺境伯フィエール家の大姫、ヘンリーとメリーアンの長女だ。

生まれた時から王家に嫁すことが決められていた。ガリエルと国境を接する辺境伯家は、王国の守備の要だから、王家が人質として娘を求めるのは当然だが、王弟妃に決まったのは、カンデラ公の強い希望だった。王弟が、王国の西の国境守備つまり、フィエール家の後押しをすることは決定事項だったからだ。


ローズは王都の学園でのいわば「試験期間」を終え、王弟に嫁した。

同時期に、ローズと同じく幼少時から王太子の婚約者だった、マール侯爵家長姫ペイシェンスが王太子妃となった。

同じ時を学園で過ごした親友としてローズとペイシェンスは共に支え合って王家の嫁を務めてきた。

ローズが先に、わずかに遅れて王太子妃が、ともに長男を産むと、王弟は正式にカンデラ公を賜り、ローズは王太子長男の乳母を務めることになった。

ローズが乳母となったため、王太子の王子とカンデラ公子は、乳兄弟として王宮で育てられている。



橋の開通式などそう何度もあるものではないので、式次第が厳格に決まっているわけでもない。だから、公爵家と辺境伯家の式部が打ち合わせて、威厳を失わない程度ににぎやかに行うことになっていた。


渡し船を使っていたのに、橋を歩いて渡れるようになるのだ。旅人にとって、とくに国境や領境を越えて商売をする商人にとって朗報だ。今まで船を仕立てて直接王都に向かっていた商人や、川の手前で折り返していた旅商人の中から、辺境伯領を回り途中の街や村を通りながら王都へ向かう者も出てくるだろう。

そうなれば、砦町とジガ城下を結ぶ街道沿いの町々にも商品が行きわたり、宿屋や酒場に金も落ちるようになる。

公爵領やキューガン伯爵領にとってもそれは同じことだった。宿屋や店にとって稼ぎが増えるだけではない。魔晶石鉱山の鉱夫やその家族にも、王都からフィエール辺境伯領を通過し、橋経由で鉱山町を結ぶ道を使う行商人が扱う、手ごろな値段の布や日用品が手に入るようになるだろう。


ラッパ手の華やかなファンファーレとともに、式服を着た儀典官が両側から橋を渡り始める。装飾された台に載せた書類を捧げ持った従者が従い、その後ろから公爵家と辺境家の旗を掲げた騎士が10名ずつ進む。

ちょうど真ん中でふたりの儀典官が向かい合い書類を交換すると、2列に並んでいた騎士たちが左右に分かれ、橋のたもとで待つ公爵と辺境伯に書類が示された。

ラッパ手がひときわ高らかにファンファーを吹き鳴らすと、公爵家の儀典官が橋の名前を呼ばわった。

「ネストル橋。ネストル橋。この橋の名は、賢者の橋、すなわちネストル橋である。

錬金術士ウイレムがこの橋の設計を行い、かくも珍しい形の橋を作り上げた。

これを賞し、またその功績を長く後世に残すため、王よりウイレムに大賢者の称号が贈られた。これを記念してこの橋の名とする」

両岸で見物していた人々から盛大な拍手が沸いた。


辺境伯家の方が格下なので、フィエール卿が橋を渡って公爵夫妻に挨拶に行き、会食となっている。辺境伯旗が先導して、フィエール卿、来賓、砦の指揮官である騎士ストラッサーと奥向きの管理者リバーアン夫人が並んで続く。

敬意を表して傾けられた旗列の真ん中をゆっくりと歩き、中央で書類を捧げるふたりの儀典官を従え、卿はネストル橋の端から端までを渡り切った最初の人となった。


行列が公爵領側へと渡り終わると、一般の人たちが自由に行き来する時間となる。この日ばかりは徒歩で渡る人に限って無料で何度でも往復できる。馬車や荷運びのロバを使う者は翌日から所定の利用税を払って渡ることができる。

川のどちら側にも屋台が出て、にぎやかに呼び込みの声がする。呼び寄せられた芸人たちも、ジャグリング、火吹き、玉乗り、馬の曲乗りなどでおひねりを稼ぐ。この日は夜になっても営業が許されている。


カンデラ公、同夫人、フィエール卿が橋の監視所屋上に用意された席に落ち着くと、橋のたもとで兵士がクロスさせていた槍が上がり、両側から人が渡り始めた。子に手を引っ張られるようにして渡る母親、橋の手すり部分を歩こうとして小突かれる若者、手を握り合って渡る恋人たち。

カンデラ公もフィエール卿も、5年の月日と結構な出費がこの地方のみならず国の繁栄に資するように気を引き締めるシーンだ。


人波を見降ろしていたフィエール卿の顎がぐっと引かれた。こちらを見上げた緑の瞳に見覚えがあったのだ。

「姫、何ということを」

つぶやきを噛み殺せなかった。隣に座っていたカンデラ公夫人ローズは、扇を口元に当てて笑いをこらえたところを父に見られてしまった。

「父上、どうかなさいましたか?」

「レディ・カンデラ、のちほど少々お時間を頂けますかな」

「まあ、ロード・フィエール、もちろんですわ。ねえ、マイ・グレース」

「そなたのよいように」

というわけで、エイプリルがなぜ公爵領側からロズウェル橋を渡ることになったのかについて、フィエール卿が尋ねる相手はふたりになったのだった。


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