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10.ジガ城からリバーアン砦

軽快に道を進んでいたエイプリルの背に緊張が走る。100mほど進んだところで先頭のエリスに馬を追いつかせて止めた。

「マイレディ、どうなさいました」

「下馬(げば)」

声は鋭く小さい。全員が素早く馬を降りた。

「マイケル、エリス、乗馬で野営地方向へ。蹄の音が大きいほうがいい、全部連れて行きなさい。

1キロほどの場所で待機、グリンデを迎えにやる」

「は」

説明はないが、ふたりはすぐに従った。


「マイレディ?」

「だれか来る。カリス側から上がってくる。

エルは私とともに。ファブ、挟み撃ちにする」

「はい」

3人は来た方向に戻り、エイプリルとエルはシューネを連れて手前で止まり、キャメロンはグリンデとともに静かに進んで身を低くした。

カリス側の斜面に大きな白っぽい岩がある。エイプリルがとらえたのはその少し下方、木の下枝が不自然に動く様(さま)だった。この道は、巡回以外に人が使うことはほとんどない。つまり、巡回の間隔さえ知っていれば、自在に領境を越えられるということだ。エイプリルの頭の中に、巡回間隔をランダムにするという案が浮かんだが、結局のところ巡回をやり過ごしさえすればしばらく次は来ないのだから、ルートをつぶすほうが有効だ。


3人と2頭は静かに待ち続ける。今しがた馬に乗った兵が通って行ったばかりと越境者は思っているはずだ。ただ待っていれば、やがてこの道を通ってフィエール領へ下る道を探すだろう。いや、あるいは誰かと待ち合わせているか。

カリス側の藪がかすかに揺れる。腰を低くした男がひとり、上道に姿を現し、エイプリルとエルが待ち構える方向に踏み出した。


「シューネ、行け」

エイプリルの声が鋭く指示し、シューネが飛び出す。ほとんど同時にグリンデが低く飛び出した。

犬の体がわずかに藪に触れる音に警戒して、男が白い岩の方へと身をひるがえそうとしたが、一瞬で巨大な狼犬に肩と足に噛みつかれて倒れ伏した。

「ファブ」

命じられるより早く、キャメロンが追い付いてすばやく口を塞いだ。エルが一拍遅れて布を嚙ませる。エイプリルが手まねでキャメロンに白い岩を見に行かせる。


「マイレディ、誰もおりません」

「ご苦労でした。

エル、バックアップから誰がついてきていますか」

「ルスランです」

「呼びなさい」

エルは指笛を吹こうとしたが、すでにルスランは近くに来ており、姿を現した。背中に矢筒、腰に山刀、手に弓の狩人姿だ。

ルスランはしゃがんで軽く右膝を着き、頭を下げて指示を待つ。


「カリス側は、カリスの役目。お館さまからルートを潰すよう伝えます。

こちら側のルートを探しなさい。中道とここを繋ぐ目印があるはず。この男をとらえたことでこのルートは使わなくなるでしょうが、念のためです」

ルスランは頷いただけで一言も発せず、白い岩の方に降りて行った。まずそこで何か手掛かりが残されていないか調べるのだろう。


捕らえた男は、布を噛ませたあと、みぞおちに一発入れて後ろ手に縛ってある。

エイプリルが姿勢を低くしてグリンデの首に手をかけ、野営地方向に左腕を差し出す。

「グリンデ、マイケルのところへ。行け」

首に置いていた右手を離すと、グリンデはスタート・ダッシュをかけて、勢いよく走っていった。


次にシューネを呼び、エルから受け取った青と緑、二本のリボンを緩く首に結ぶ。リボンの端には姫隊のシンボルである黄色の星が刺繍してある。

「シューネ、ホーリーを呼べ、わかるな」

シューネはエイプリルを見てペロリとその頬を舐めた。

「そうだ、ホーリー、じいだよ。 よし、行け」

シューネは矢のように飛び出した。


青のリボンは迎えを出せ、緑は人が行く、を意味している。エイプリルは捕らえた男をジガ城に送るつもりだが、ジガからも迎えを出させて隊の旅程を遅らせないようにしている。


グリンデに呼ばれてコーエンとラドクリフが馬を連れて引き返してきた。

「マイレディ」

「エリス、ファブ、エルの馬にこの男を乗せて、ジガ方向に。

ジガから迎えが出るはずです。迎えに会ったら男を渡して、捕らえた状況をホーリーに説明なさい。細かい説明は、リバーアンから文書を出します

今日は、野営地で宿泊。そなたたちを待ちます」

「仰せのままに」


捕らえた男に情け容赦なくスリープを掛け、荷物のように馬に載せると、コーエンとキャメロンがジガ方向へと出発していった。


ラドクリフとエルは、エイプリルに従って野営地へ向かう。馬が一頭足りないので、エルがエイプリルに相乗りして、午後も早いうちに野営地へ到着した。ジガとモリソン駐在所は、ゆっくりと偵察巡回する小隊が野営地で1泊する2日の行程だが、姫隊にとっては本来1日に足りない距離だ。


野営地に着いてすぐ、連絡係として従っているバックアップ隊のメンバーに、不審者の捕縛についてモリソン駐在所宛に簡単な報告を命じた。



そのころ、ジガ城は小さなパニックに襲われていた。

朝見送った姫隊から、犬が戻ってきたのだ。

兵の通行時以外は閉ざされている北門を大きなジャンプで飛び越えようとしたシューネの体は、わずかに高さが足らず、両前肢を門の最上部に掛け、後肢でがりがりと戸板を掻いてよじ登り、飛び降りた。


グレイの巨大な狼犬が、門の内側でバオンバオンと吠える。

「シューネといったか、姫君の犬ではないか」

「首にリボンだ。青と緑」

「ホーリー卿をお呼びせよ、ほかの者ではさわれないぞ」


姫の身に何事かが起こったかと、北門警備兵が緊急事態発生を告げるラッパを高々と鳴らした。

ホーリーが走って来る。後ろから転ぶようにして女性補佐が、さらに騎士が何人か追ってくるのが見える。

「シューネ、どうした」

シューネがホーリーの肩に両前足を掛けて頬をペロリと舐めた。

「リボンをもらうぞ」

そう言ってリボンを首から切り取りメッセージがないか、血がついていないかを確認する。

「緊急事態解除の鐘を鳴らせ」

カンカンカンと、3度鐘が鳴った。間をおいてもう一回、3度。


ホーリーはその場に馬を引かせ、シューネとともに北門を出た。一緒に出ることができたのは騎士1名と徒歩(かち)で従った従卒たちで、厩まで馬を連れに行った補佐と兵は遥かに後塵を拝することになった。だが、補佐は正しく指示を出し、5名の兵を率い、緊急連絡用に犬を連れてホーリーの後を追っていった。


北門を開いたまま、じりじりとホーリー卿の帰りを待っていた兵たちは、日暮れ前に帰り着いた主(あるじ)にほっと安堵の息を吐き、馬に荷物のようにうつぶせに載せられた男に驚いた。捕縛された男は、よく効くスリープを掛けられたらしい、馬で運ばれたのに、地下牢に入れられてもまだぐっすりと眠ったままだった。



その夜の野営地は込み合っていた。

エイプリル、4人の隊員、どこからともなく現れた3人のバックアップ隊員、そして、モリソン駐在所から必死の顔色で馬を駆けさせてきた兵が3名。

コーエンとキャメロンが追い付くのを待って、のんびりと狩りをしていたエイプリル、エル、グリンデの狩ってきた小型の鹿が焼き上がり、野鳥と野草のスープとともに盛り上がる野営になった。


盛り上がっている酒宴から、上官は退くのが常道だ。

エイプリルはエルを焚火傍に残し、コーエンとシューネ、グリンデを護衛にして野営地の入り口目印になっている岩の窪みに腰掛けた。足元に犬たちが横になり、コーエンは岩にもたれ掛かっている。

「今日はご苦労でした、エリス」

「良いタイミングで通りかかりましたね」

「ええ、定時の巡回時間ではなかったので、あの者も気を抜いていたのかもしれません」

「巡回時間が漏れていると?」

「そうでしょうね。

それよりも。越境とは限りません、連絡かも」

「そうですね、ジガではないでしょう。あり得るのはモリソンでしょうか」


兵の声高な話声と笑い声の他には、世話をしてもらって落ち着いた馬たちが時々足踏みをする音が聞こえてくる。周囲20km、兵と姫隊しかいない丘陵地だ。

空には白く大きな大姫が美しく掛かっている。


大姫はいつも満月だ。それは常に太陽との相対位置を保っていることを意味しているのだが、この星に住む人々はそのことが自然にはあり得ないほど低い確率であることに関する知識を失って久しい。

紅姫と青姫は大姫より遠い空間にあり、35日周期で場所と形を変える。だからこの星の1か月は35日となっている。

太陽を巡るこの星の1年と、月を頼りにした1か月の暦が合わないために、いわば余分となった数日は、神与の日として宗教行事に当てられている。


紅姫と青姫があと一巡りと半分。エイプリルとエリス・コーエンに許された時間はもうそれだけしか残されていない。王都に行ってしまえば、エイプリルは貴族の教育機関に、エリスは竜騎士団にそれぞれ所属し、1年たったらエイプリルは第三王子妃に、エリスは第三王子宮付の竜騎士となる。

それでも完全に引き離されるわけではないことだけが救いといえば救いなのかもしれなかった。

それは恋とまでは言えない。だが、幼い時から育んできた強い絆であり、穏やかではあっても確かな、互いを慕う心だった。



夜明け前に野営地を出て、午前中にジガとリバーアンの中間地点のモリソン駐在所に到着した。そこで駐在所指揮官の出迎えを受け、捕虜についてブリーフィング。行程表では今朝乗り換える予定だった、リバーアンの別邸から送られてきた替え馬を操り、早々に出る。


駐在所からリバーアンまで、十分に休息をとった馬とともに上道を行く。

途中でリバーアンからジガへと巡回する隊とすれ違った。小隊長は、コーエンが掲げる黄色い星が縫い取られた旗を見ると、隊員に下馬を命じ敬礼を捧げた。エイプリルはフィエール兵のひそかなアイドルでもある。

道を急ぎ、完全に日が落ちるより前にリバーアン砦町のフィエール家別邸にたどり着いた。


竜騎士とは、このお話では近衛騎士のことです。皇帝に最上の敬意を表すため皇帝自身とその地位を竜に例え、竜の身近に従う騎士という意味を持っています。

ルースカリエ帝国は大帝国で、貴族の数も多く、皇帝の近衛は皇帝家の守護を使命とする上位貴族、すなわち元老院議員の子女のみから成る竜騎士団でした。

ドナティエール王国建国時、王となった王弟フェロステラ卿は結婚したばかりで子もなく、まだ皇帝家から分離していませんでした。

そのため、帝都炎上時にも皇帝家を守護する竜騎士が東の領に来ていました。


竜騎士団はすぐに国土を回復して帝国を再建するつもりだったのです。何しろ、団は帝国の上位貴族の子女のみで構成された、非常にプライドも実力も高い集団でしたので。

帝国が王国という名称になった後も近衛騎士団と名乗るなど、考えもしませんでした。そのため竜騎士団という名称が残っています。王弟妃の護衛のために妃の実家から差し向けられた姫騎士もいましたので、戦姫の伝統も引いています。


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