今度は、うちに来る?
トーマの宿へ遊びに行った翌日。
朝飯を食べながら、母さんに昨日のことを話していた。
「それで、お昼も食べてきたの?」
「うん。煮込みとパン」
「美味しかった?」
「美味しかったよ。量も多かった」
「旅人が多い宿なら、しっかり食べる人も多そうね」
母さんは楽しそうに聞いている。
向かいでは父さんがパンを食べながら何度も頷いていた。
「何?」
「いや、ちゃんと遊んできたんだなと思って」
「ちゃんと遊ぶって何だよ」
「商売の話は?」
「してない」
「新しい物は?」
「考えてない」
「金儲けは?」
「してないって」
父さんが母さんを見る。
「普通だ」
「普通ね」
「何で二人とも安心してるの?」
俺は普段どんな目で見られているんだ。
「今度、トーマ君を家に呼んだら?」
母さんが言った。
「うちに?」
「レインがお邪魔したんでしょう? 今度は遊びに来てもらえばいいじゃない」
「なるほど」
言われてみれば、その発想がなかった。
誰かの家へ遊びに行ったら、今度は自分の家へ呼ぶ。
普通だ。
「今日呼んでみる」
「急ね」
「暇だから」
「理由はそれでいいのか?」
父さんが笑った。
いいだろ。
友達と遊ぶのに、理由まで必要ないはずだ。
◇ ◇ ◇
昼前に宿へ行くと、トーマは一階で皿を運んでいた。
「忙しい?」
「もうちょい」
「じゃあ待ってる」
「何?」
「遊びに来た」
「昨日も来ただろ」
「今日は誘いに来た」
「どこに?」
「うち」
トーマが皿を持ったまま止まる。
「今度は俺?」
「嫌ならいいけど」
「行く」
「早いな」
「昼の片づけ終わったらな」
俺は空いている席で待つことにした。
昨日も思ったけど、トーマは意外とよく働く。食べ終わった皿を下げ、テーブルを拭き、頼まれた荷物を奥へ運ぶ。
途中で客に何か聞かれると、分からないことは母親に確認していた。全部を自分でやろうとせず、分からないことは聞く。
俺よりちゃんとしている気がする。
「終わった!」
しばらくして、トーマがやってきた。
「じゃあ行く?」
「ちょっと待て」
「何?」
「母ちゃんに言ってくる」
「あ、そっか」
勝手に出ていくわけにはいかない。
十三歳だった。
こういうところで忘れる。
◇ ◇ ◇
「ここ?」
「ここ」
家に着くと、トーマが建物を見上げた。
「普通だな」
「何を期待してたの?」
「もっと変な家」
「どんな家だよ」
「石鹸とかカバンがいっぱいあるとか」
「ないよ」
「つまんねえ」
「人の家に何求めてんだ」
扉を開ける。
「ただいま」
「お邪魔します」
トーマが急に少しだけ真面目な声になった。
母さんが奥から顔を出す。
「あら、トーマ君?」
「はい」
「いらっしゃい。レインの母です」
「こんにちは」
ちゃんと挨拶できるんだ。
祭りで会ったときとの差がすごい。
「レインがお世話になってるみたいで」
「いや、俺は別に」
「母さん、それ俺の台詞じゃない?」
「あら、そう?」
「たぶん」
トーマが笑いを堪えている。
「何笑ってんだよ」
「いや、お前、家でも同じなんだな」
「どういう意味?」
「そのまま」
意味が分からない。
そこへ工房から父さんも入ってきた。
「お、こいつがトーマか?」
「こいつって言うなよ」
「初めまして」
「おう。ガルドだ」
父さんが大きな手を差し出す。
トーマも握り返したが、少し驚いた顔をした。
「手でか」
「家具職人だからな」
「関係ある?」
「たぶんある」
「父さんまで適当なこと言わないで」
俺の家族、初対面の相手にもいつも通りだった。
◇ ◇ ◇
「これがレインの部屋?」
「そう」
トーマが部屋の中を見回す。
「本当に普通だ」
「だから言っただろ」
「カバンは?」
「そこ」
壁際に置いてあったカバンを指差す。
トーマがすぐに近づいた。
「これか」
「そう」
「背負っていい?」
「いいよ」
トーマが背負う。
「へえ。両手空くんだな」
「それが一番大事」
「宿でも使えるかも」
「何に?」
「うちの荷物運ぶときとか」
「それなら便利かもね」
そう言いながら、トーマは肩紐を触っている。
「これ、いくら?」
「店なら25リル」
「高っ」
「そう?」
「俺ならすぐ買わない」
「何で?」
「なくても困らないから」
即答された。
俺は少し考える。
「……確かに」
「レインは買う?」
「昔の俺なら買ってた」
「今は?」
「三日考える」
「買うんじゃん」
「まだ分からないだろ」
「絶対買うやつじゃん」
こいつ、俺のことを分かり始めている。
早くない?
◇ ◇ ◇
「で、何して遊ぶ?」
カバンを戻したあと、トーマが聞いた。
「考えてない」
「呼んだのに?」
「トーマは普段何して遊んでる?」
「外なら球投げたり、追いかけっことか。あとは川行ったり」
「今日は家で遊びたいんだよな」
「じゃあ何する?」
「それを今考えてる」
「何も考えずに呼んだのかよ」
別に、この世界の子供に遊びがないわけじゃない。
ただ、家の中で二人で遊ぶとなると、すぐには思いつかなかった。せっかく家に呼んだのだから、いつもと違うことをしてみたい。
何かないかと部屋を見回していると、ふと前世で友人たちと遊んだものを思い出した。
同じ形の木片を積み上げて。
一本ずつ抜いて。
倒したら負け。
「……あ」
「何?」
「ちょっと待ってて」
「どこ行くんだよ」
「父さんのところ」
「俺も行く」
二人で工房へ向かった。
◇ ◇ ◇
父さんは木材を削っていた。
「父さん」
「ん?」
「同じ大きさの木って、いっぱい作れる?」
「何個だ?」
「いっぱい」
「分からん」
「これくらいの細長いやつ」
手で大きさを示す。
父さんが作業台の端に積まれた端材を見る。
「何に使う?」
「遊ぶ」
「遊ぶ?」
「同じ大きさの木を積んで、一本ずつ抜いていくんだよ」
「……それだけか?」
「それだけ」
父さんが俺を見る。
トーマを見る。
もう一度俺を見る。
「面白いのか?」
「たぶん」
「たぶんなの?」
トーマまで不安そうにする。
「やれば分かるって」
父さんはしばらく首を傾げていたが、端材を何本か手に取った。
「まあ、これならすぐできる」
「本当?」
「ただし、ぴったり同じにするなら少し待て」
「お願いします」
「金は?」
「え?」
「冗談だ」
「びっくりした」
トーマが横で笑っている。
◇ ◇ ◇
しばらくして、細長い木片が何十本か出来上がった。
端材なので色も木目も少しずつ違う。ただ、大きさはほとんど同じだ。
「父さん、ありがとう」
「で、どうやるんだ?」
「見てて」
工房の端にある平らな台を借りる。
三本並べ、その上に向きを変えて三本。さらに三本と、交互に積んでいく。
「高くない?」
トーマが言う。
「高い方が面白い」
「絶対倒れるだろ」
「倒したら負け」
「なるほど」
全部積み終わると、思ったよりちゃんとそれっぽくなった。
「じゃあ俺から」
まず一本。
真ん中の木片を指で押す。
少し動いた。
「おお」
「抜けそう」
ゆっくり引き抜く。
成功。
「ほら」
「簡単じゃん」
「じゃあトーマ」
「余裕」
トーマも一本抜く。
成功。
「簡単だな」
「最初はね」
数本抜いたところで、木の塔が少しずつ不安定になってきた。
「次レイン」
「分かってる」
「それ抜くの?」
「いける」
「いや、傾いてるって」
「大丈夫」
「やめとけって」
「ほら、動いた」
「上! 上見ろ!」
「え?」
ガラガラガラッ。
木片が一気に崩れた。
「…………」
「ほら!」
「今の台が悪い」
「絶対違う!」
「ちょっと傾いてた」
「レインが傾けたんだろ!」
トーマが笑う。
「もう一回」
「負けたのに?」
「だからもう一回」
「いいよ」
二回目。
今度はトーマが倒した。
「ほら!」
「今のレインが喋ったからだろ!」
「関係ない!」
「集中してたのに!」
「言い訳すんな!」
三回目。
また俺が倒した。
「くそ!」
「レイン弱っ」
「次はいける」
「祭りでも聞いたぞ、それ」
「今度は本当にいける」
気づけば、二人とも夢中になっていた。
◇ ◇ ◇
「……これ、面白いな」
いつの間にか父さんも横で見ていた。
「でしょ?」
「木を同じ大きさにするだけだしな」
「簡単?」
「端材でいいならな」
父さんが一本拾い上げる。
「これなら――」
「父さん」
「ん?」
「今日は売らないからね」
「まだ何も言ってねえだろ」
「なんとなく分かる」
「お前がそれ言うのか?」
トーマが吹き出した。
「何で笑うんだよ」
「いや、親子だなと思って」
「違う」
「同じじゃん」
父さんまで笑っている。
俺は散らばった木片を拾い集める。
石鹸でもない。
カバンでもない。
売るために作ったものでもない。
ただ、トーマと遊びたかったから作ってもらった。
「もう一回やる?」
「やる」
「次は負けない」
「今レイン二敗だぞ」
「まだ途中」
「何が?」
「最終的に勝てばいいんだよ」
「何回やるつもりだよ」
結局、夕方まで何度もやった。
何リル儲かったかと言えば、もちろん0リル。
でも、こういう使い方なら前世の知識も悪くない。
今日はそれで十分だった。




