友達の家って、こんな感じ?
祭りから数日が経った。
町はすっかり元通り――というわけでもなく、広場の端にはまだ片づけ途中の木材が残っている。それでも屋台のほとんどは消え、あれだけ賑やかだった通りも、いつものリーネに戻りつつあった。
そして俺は今、南門へ向かって歩いている。
目的地はトーマの家。
「……友達の家に遊びに行くの、久しぶりだな」
前世まで遡れば何度もある。
ただ、この世界では初めてかもしれない。
ミラの店にも、ハンスさんの店にも、セラさんのところにも何度も行った。でも全部、何かしら用事があって行っていた。
今日は違う。
特に用事はない。
トーマに「今度来い」と言われたから来ただけだ。
こういうのが普通なんだろうか。
◇ ◇ ◇
南門が見えてくると、町の雰囲気が少し変わった。
荷車が多い。
門を出入りする人も多く、道の脇には旅人向けらしい店がいくつか並んでいる。馬を預かる場所や、荷物を積み下ろしている建物もあった。
トーマの家はすぐに見つかった。
二階建ての大きな建物で、一階の扉は開け放たれている。中を覗くと、いくつかのテーブルが並び、昼前なのにすでに客がいた。
「普通に宿屋だ」
「宿屋って言っただろ」
「うわっ」
横から声がして振り向く。
トーマが立っていた。
「いつからいたの?」
「今来た」
「家から?」
「裏」
「びっくりさせるなよ」
「勝手に驚いたんだろ」
祭りのときと何も変わらない。
「入れよ」
「仕事中じゃないの?」
「昼までは手伝い。もう終わった」
「じゃあ遊べる?」
「そのつもりで呼んだんだけど」
そうでした。
俺は店の中へ入った。
◇ ◇ ◇
「トーマ、その子?」
入ってすぐ、奥から女性の声がした。
「そう」
トーマのお母さんらしい。
年齢は母さんと同じくらいだろうか。髪を後ろでまとめ、布を肩にかけている。ちょうどテーブルを拭いていたらしく、手には濡れた布を持っていた。
「レインです」
「はいはい。聞いてるよ」
「何を?」
「石鹸の子でしょ?」
「トーマ」
「俺じゃないって。母ちゃんが気づいたんだよ」
「名前聞いたら分かるよ。ハンスさんから聞いたことあるもの」
そういうことか。
思っていたより俺の名前は出回っているらしい。
「うちでも使ってるよ。あれ」
「ありがとうございます」
「何で急に店の人みたいになってんだよ」
「買ってくれてる人には言うだろ」
「友達の母ちゃんだぞ」
「それでもお客さんだろ」
トーマのお母さんが笑った。
「本当に変な子ね」
「母ちゃんもそう思う?」
「お前が言うな」
「まあ、ゆっくりしていきな。お昼食べるなら言ってね」
「ありがとうございます」
「金取るぞ」
「トーマ」
「だって先に言っとかないと」
「当たり前だよ!」
そこまで無料を期待してない。
……少ししか。
◇ ◇ ◇
「で、何する?」
二階へ上がると、トーマが聞いてきた。
「何がある?」
「何もない」
「じゃあ何で呼んだんだよ」
「遊びに来るって言ったのお前だろ」
「誘ったのトーマじゃん」
「そうだっけ?」
こいつ。
結局、トーマの部屋に入った。
部屋は俺のところとそれほど変わらない。寝台と小さな机、棚が一つ。違うのは、棚に木札や紐、小さな袋がいくつも置かれていることだった。
「これ何?」
「宿で余ったやつ」
「何に使うの?」
「荷物につける」
トーマが一枚の木札を手に取る。
「客の荷物預かるときに、部屋と同じ印つけたりするんだよ」
「へえ」
「間違えると面倒だから」
「トーマがやるの?」
「たまに」
祭りで荷物の順番を考えていたのを思い出す。
やっぱり、普段からこういうことをしているらしい。
「こっちは?」
「紐」
「それは見れば分かる」
「じゃあ聞くなよ」
「何に使う紐か聞いたんだよ」
「袋閉じたり、荷物まとめたり」
普通だった。
何か面白いものが出てくると思った俺が悪い。
「レインの部屋には何がある?」
「普通だよ」
「何か作ったやつとか?」
「ない」
「石鹸は?」
「ない」
「カバンは?」
「ある」
「あるじゃん」
「自分で作ったやつじゃないけど」
「見てみたい」
「今度ね」
なんだか本当に普通の会話だ。
何かを売る相談でもない。
利益の話もしない。
それだけで妙に新鮮だった。
◇ ◇ ◇
しばらく部屋で話していると、下から声がした。
「トーマ!」
「何ー?」
「ちょっと来て!」
「今遊んでる!」
「いいから!」
「……行ってくる」
「俺も行く?」
「別にいいよ」
一人で部屋に残るのも変なので、一緒に下へ降りた。
一階では、旅人らしい男が大きな荷物を二つ床に置いていた。
「これ、夕方まで預かるって」
トーマのお母さんが言う。
「どこ置く?」
「奥。三番の札つけといて」
「分かった」
トーマは慣れた手つきで木札を持ってくると、荷物に紐で結びつけた。
「こっちも同じ?」
「同じ人だから同じでいいよ」
「はい」
それから荷物を一つずつ奥へ運んでいく。
俺も手伝おうとしたが、トーマに止められた。
「客だろ」
「遊びに来ただけだけど」
「じゃあ座ってろ」
なんか悔しい。
少ししてトーマが戻ってきた。
「終わった」
「早いな」
「これくらい普通」
「間違えない?」
「たまには」
「間違えるんだ」
「だから札つけるんだよ」
なるほど。
覚えておけばいい、ではなく、忘れても分かるようにしている。
「何?」
「いや、ちゃんとしてるなって」
「普通だって」
またそれだ。
でも、俺にはその普通が少し面白かった。
◇ ◇ ◇
昼になり、一階で飯を食べることになった。
もちろん金は払った。
トーマが横でしっかり確認していた。
「友達割引とかないの?」
「ない」
「即答」
「母ちゃんに怒られる」
「じゃあ仕方ない」
出てきたのは煮込みとパンだった。
旅人向けなのか、量は結構多い。
「うまい」
「だろ」
「トーマ作ってないじゃん」
「うちの飯だからいいんだよ」
祭りでも似たような会話をした気がする。
食べながら、店を出入りする人を見る。
旅人。
荷物を持った商人。
仕事らしい男たち。
いろんな人が来て、飯を食べ、泊まり、また町を出ていく。
今まで俺がよくいた東市場とは、同じリーネでも少し違う。
「ここ、面白いな」
「何が?」
「いろんな人来るじゃん」
「毎日見てると普通だぞ」
「そんなもんか」
「そんなもん」
トーマにとっては日常。
俺にとっては、知らなかったリーネ。
友達の家に遊びに来ただけなのに、ちょっと得した気分だ。
「また来ていい?」
「いいけど」
「今度は何かして遊ぼう」
「今日も遊んでるだろ」
「半分くらい宿見学だった」
「勝手に見てただけじゃん」
確かに。
でもまあ、楽しかった。
商売を始めてから、用事もなく誰かのところへ行くことなんてほとんどなかった。
こういう時間も悪くない。
帰り際、トーマのお母さんに「またおいで」と言われた。
だから今度は、本当に何も考えずに遊びに来よう。
……たぶん。




