そういえば、お前ん家って?
荷運び競争が終わってからも、俺たちはしばらく祭りを歩いていた。
昼を過ぎても人は減るどころか増えている。広場の真ん中では楽器を鳴らしている人たちがいて、その周りには大人も子供も集まっていた。
「まだ何かやる?」
「ちょっと休みたい」
「さっき休んだじゃん」
「荷物運んだあとだろ。もう疲れた」
「体力ないな」
「お前があるんだよ」
中身は大人でも、体は十三歳だ。
いや、十三歳ならもっと元気なのか?
よく分からない。
広場から少し離れたところに空いている木箱を見つけ、二人で腰を下ろした。祭りのために運ばれてきた荷物の空箱らしい。
「それにしても、すごい人だな」
「毎年こんなもんだぞ」
「よく覚えてるね」
「普通覚えてるだろ」
普通じゃなくて悪かったな。
俺の場合、ここ数年の祭りの記憶を探すと、石鹸の材料を買ったとか、誰かに商売の話を聞いたとか、そんなものばかり出てくる。
我ながら嫌になる。
◇ ◇ ◇
しばらく人の流れを眺めていると、トーマが急に立ち上がった。
「あ」
「何?」
「ちょっと待ってて」
「どこ行くの?」
「すぐ戻る」
そう言って、人混みの中へ入っていく。
何だ?
置いていかれた。
まあいいかと待っていると、少ししてトーマが戻ってきた。手には小さな包みを持っている。
「何買ったの?」
「干した果物」
「食べる?」
「違う」
トーマは包みを腰の袋へしまった。
「妹に」
「妹いるんだ」
「いる。九歳」
「祭り来てないの?」
「午前中に母ちゃんと来てた。俺は手伝いだったから別だったけど」
「手伝い?」
「昨日もやってただろ。箱運び」
「ああ」
そういえば、何でトーマたちが祭りの準備を手伝っているのか聞いていなかった。
「そういえば、お前ん家って何してるの?」
「宿屋」
「宿屋?」
「うん。南門の近くの」
初めて聞いた。
「家が宿なの?」
「一階が食堂で、上が泊まるところ。父ちゃんと母ちゃんがやってる」
「へえ」
「祭りの時期は忙しいんだよ。町の外から人が来るから」
なるほど。
それで祭りの準備にも駆り出されていたのか。
「トーマも働いてる?」
「手伝いだけ。荷物運んだり、皿片づけたり、客の荷物預かったり」
「金も触る?」
「たまに」
「計算とか?」
「それくらいするだろ」
やっぱり。
荷運びの順番を考えたり、屋台の値段を覚えていたりしたのも、少し納得できた。
「何?」
「いや、だから細かいのかなって」
「何が?」
「金とか、荷物とか」
「別に細かくないって」
「さっき焼き菓子の値段覚えてたじゃん」
「あれは高かったから」
「俺は覚えてなかった」
「レインは見てなさすぎなんだよ」
また言われた。
否定できない。
「宿屋って大変?」
「忙しい日はな。誰がどの部屋とか、飯が何人分とか、馬を預かるかとか。父ちゃんがよく間違える」
「それ大丈夫?」
「母ちゃんが覚えてる」
「お母さん強いな」
「めちゃくちゃ強い」
即答だった。
どこの家も母親は強いらしい。
◇ ◇ ◇
「レインの家は?」
「父さんが家具作ってる」
「家具?」
「椅子とか棚とか。小さい物も作るよ」
「へえ。じゃあレインも手伝ってんの?」
「たまに」
「普段は?」
「……いろいろ」
「またそれ?」
トーマが笑う。
「お前、何してるか全然言わないよな」
「説明すると長いんだよ」
「暇なんだろ?」
「今はね」
「じゃあ聞く」
困った。
どこから説明すればいいんだ。
「石鹸とか」
「石鹸?」
「作ってた」
「作ってた?」
「今は別の人が作ってる」
「何それ」
「あとカバン」
「カバンも作ってたの?」
「俺が作るわけじゃないよ。考えただけ」
「何を?」
「背負うやつ」
トーマの眉が動いた。
「……あれ?」
「何?」
「ハンスさんの店で売ってるやつ?」
「たぶんそれ」
「お前が考えたの?」
「一応」
トーマが黙った。
「何?」
「いや」
じっと見られる。
「何だよ」
「お前、何者?」
「家具職人の息子」
「絶対それだけじゃないだろ」
「十三歳」
「それは知ってる」
面倒なことになってきた。
「石鹸もハンスさんの店にあるやつ?」
「うん」
「白いやつ?」
「たぶん」
「うちにもあるぞ」
「え?」
「宿で使ってる。母ちゃんが買ってる」
知らなかった。
自分が始めた商品を、知らないところで知り合いの家が使っていた。
「……なんか変な感じ」
「何が?」
「いや、何でもない」
石鹸はもう俺が作っていない。
誰が買っているかなんて、全部知っているわけでもない。
当たり前なんだけど。
「じゃあ、あれ作ったのレインなの?」
「最初はね」
「へえ……」
「そんな珍しい?」
「だって同い年だぞ?」
「俺からしたらトーマも同い年だけど」
「そういう話じゃない」
そういう話らしい。
◇ ◇ ◇
少し休んでから、また広場へ戻ることにした。
歩きながら、トーマが何度か俺の方を見る。
「何?」
「いや」
「さっきから何だよ」
「もっと変なやつかと思ってた」
「会って二日目の相手に言うこと?」
「だって一人で『俺、賢いな』とか言ってたし」
「それ忘れて」
「無理」
最悪だ。
「でも普通なんだな」
「何が?」
「祭りで輪投げ外すし、荷物持ったら疲れるし」
「お前、俺を何だと思い始めてる?」
「石鹸作るやつ」
「それ人間の種類じゃないから」
トーマが笑った。
俺もつられて笑う。
石鹸のことを知ったからといって、急に態度が変わったわけではない。
それが少しだけ嬉しかった。
「今度、宿来る?」
「いいの?」
「飯食いに来ればいいじゃん。金いるけど」
「そこは取るんだ」
「商売だから」
どこかで聞いた台詞だ。
「分かった。今度行く」
「母ちゃんに石鹸のやつ連れてくって言っとく」
「その呼び方やめて」
「じゃあカバンのやつ」
「もっとやめて」
どうやら同い年の友達というのは、思っていたより遠慮がないらしい。
でも。
悪くない。




