今日は、遊ぶだけ
祭りの日。
朝から町がうるさかった。
家の前を何人もの人が通り、遠くから楽器の音まで聞こえてくる。窓から外を見るだけでも、いつものリーネとは明らかに雰囲気が違った。
「レイン、行くんでしょ?」
朝飯を食べていると、母さんが聞いてきた。
「昼前にトーマと待ち合わせしてる」
「トーマ?」
「この前知り合った。同い年」
母さんの手が止まった。
「同い年のお友達?」
「まだ友達かは分かんないけど」
「そう」
なんだ、その嬉しそうな顔は。
「何?」
「別に?」
「絶対なんかあるでしょ」
「楽しんできなさい」
誤魔化された。
向かいでは父さんまで笑っている。
「父さんも何?」
「いや、よかったなと思って」
「何が?」
「友達できて」
「まだ分かんないって」
「祭り一緒に回るんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ友達だろ」
そういうものなのか。
俺にはよく分からない。
朝飯を食べ終えて部屋へ戻ると、昨日用意しておいた金を確認した。
今日は使っていい分だけ持っていく。
残りは置いていく。
これなら使いすぎることはない。
「完璧」
財布をしまい、家を出た。
◇ ◇ ◇
広場に近づくにつれて、人が増えていった。
通りには色のついた布が飾られ、普段は何もない場所にも屋台が並んでいる。焼いた肉の匂い、甘い菓子の匂い、どこかで鳴っている太鼓みたいな音。
普通に楽しい。
まだ何もしてないけど。
「レイン!」
声の方を見ると、トーマが手を上げていた。
「早かった?」
「俺も今来たとこ」
待ち合わせでよく聞くやつだ。
「何から行く?」
「何があるの?」
「知らない」
「お前、毎年来てるんじゃないの?」
「店変わるからな。とりあえず一周しようぜ」
計画性がない。
でも今日は、それでいいのかもしれない。
二人で広場を歩き始める。
「腹減ってる?」
「ちょっと」
「じゃあ串焼き」
「いきなり?」
「祭りだぞ?」
祭りなら仕方ないらしい。
昨日までの俺なら値段を見て、普段の串焼きと比べていたかもしれない。
今日はやめる。
遊びに来たんだから。
「二本ください」
「お前も食うの?」
「食う」
「じゃあ俺も」
肉の串焼きを一本ずつ買った。
焼きたてで、普通に美味い。
「うま」
「だろ?」
「トーマが作ったわけじゃないだろ」
「俺が連れてきた」
「店、入口から見えてたけど」
「細かいな」
こういう会話をしながら食べるのも、なんだか久しぶりだった。
◇ ◇ ◇
次に見つけたのは、輪投げだった。
木で作った輪を投げて、少し離れた棒に入れば景品がもらえるらしい。
「やる?」
トーマが聞く。
「やる」
「即答じゃん」
「今日は遊ぶって決めてるから」
「何だそれ」
一人三回。
俺は金を払い、木の輪を受け取った。
一投目。
外れ。
二投目。
棒に当たって跳ねた。
「惜しい!」
「今の入っただろ」
「入ってねえよ」
「ほぼ入った」
「ほぼじゃ駄目だろ」
三投目。
外れた。
「…………」
「下手だな」
「トーマやってみろよ」
「見てろ」
トーマも金を払った。
一投目。
外れ。
二投目。
外れ。
三投目。
俺の足元まで転がってきた。
「…………」
「下手だな」
「うるせえ」
同点だ。
「もう一回やる?」
「やる」
トーマが即答した。
俺も頷きかける。
そこで、昨日決めたことを思い出した。
使う金は決めてある。
まだ余裕はある。
つまり。
「やる」
「よし」
二回目。
俺はまた全部外した。
「おかしくない?」
「才能ないんじゃね?」
「トーマも一個しか入ってないじゃん」
「一個は一個だ」
トーマは小さな木の笛を景品でもらっていた。
ちょっと羨ましい。
「もう一回」
「まだやるの?」
「次はいける」
「さっきも言ってたぞ」
「言ってない」
「顔が言ってた」
財布に手を入れる。
残りを確認する。
まだある。
でも、このあと何があるか分からない。
「……やめとく」
「お?」
「何」
「意外」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「負けず嫌い」
「否定はしない」
危なかった。
祭り、怖い。
◇ ◇ ◇
そのあとも、俺たちは適当に広場を回った。
木の玉を穴に転がす遊びをして、トーマに負けた。小さな的に豆の入った袋を投げる遊びでは俺が勝った。
途中で甘い焼き菓子を買い、知らない楽器を演奏している人たちを眺めた。トーマが木の笛を吹いてみたら、変な音しか出なかった。
「それ景品で合ってる?」
「俺の吹き方が悪い」
「貸して」
「ほら」
吹いてみる。
変な音が出た。
「笛が悪いな」
「だろ?」
二人で笑った。
何も生み出していない。
金も増えていない。
誰かと商売の話もしていない。
なのに、普通に楽しかった。
「レイン」
「何?」
「お前、普段何してんの?」
歩きながら、トーマが聞いてきた。
「普段?」
「全然見かけないから」
「まあ、いろいろ」
「何だよ、いろいろって」
説明が難しい。
石鹸を作って売り始めて、カバンを考えて、パン屋でマヨネーズを作って、最近は行商人と町の外で売る話をしていました。
十三歳の自己紹介としては、おかしい。
「店とか行ってる」
「買い物?」
「話したり」
「店の人と?」
「うん」
「何で?」
「……なんでだろうな」
自分でも分からなくなってきた。
「変なやつ」
「トーマに言われたくない」
「俺のどこが変なんだよ」
「初対面のやつに木箱運ばせるところ」
「あれは人手が足りなかったから」
「三人いたじゃん」
「あれじゃ足りなかった」
絶対嘘だ。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎても、祭りはまだまだ賑わっていた。
俺たちは広場の端に座り、飲み物を飲みながら休んでいた。
「結構使ったな」
トーマが財布の中を見る。
「俺も」
自分の残りを確認する。
まだ少しある。
最初に上限を決めておいて正解だった。
「レイン、金ちゃんと残してんの?」
「残してるよ」
「もっと使うかと思った」
「何で?」
「途中から結構楽しそうだったから」
「楽しんだら金なくなるまで使うと思われてる?」
「違うの?」
「違う」
たぶん。
前世なら怪しい。
「俺、貯金してるから」
「貯金?」
「うん」
「十三で?」
「悪い?」
「いや」
トーマが俺を見る。
「じゃあ何で祭りでそんな使ってんの?」
「…………」
言葉が出なかった。
「貯金してるんだよな?」
「してる」
「金減ってるじゃん」
「今日は使っていい金だから」
「それも貯めればいいだろ」
「…………」
正論。
ものすごく正論。
「トーマ」
「何?」
「お前、嫌なやつだな」
「何でだよ!」
笑いながら立ち上がる。
まだ祭りは終わっていない。
財布には、もう少しだけ金が残っている。
「次どこ行く?」
「向こう。なんか人集まってる」
「また金使うやつ?」
「知らない」
「見るだけな」
「分かったって」
そう言いながら、二人で人混みの方へ向かう。
今日は遊ぶだけ。
それでいい。
少なくとも今は、そう思っていた。




