じゃあ、また次に
それから数日、ベルクがリーネにいる間に、残っていた話を少しずつ片づけた。
まず石鹸。セラさんには追加の五個を用意するなら、どれくらい前に伝えればいいのかを確認した。ベルクにもその日数を伝えて、次にエルダへ向かう予定が決まったら、その前にリーネへ寄ってもらうことになった。
つまり、今は作らない。
次に必要になったとき、五個だけ追加する。
これで石鹸の話は一旦終わり。
そして、もう一つ。
「できたぞ」
ダリオさんの工房へ行くと、作業台の上に見覚えのあるカバンが置かれていた。
ベルクが一月使った、あのカバン。
ただし、少しだけ姿が変わっている。
「これ、肩紐?」
「ああ。前より少し広くした」
ダリオさんがカバンを持ち上げる。
「厚くしすぎると重くなるし、材料も食う。だから今回は幅を変える方を優先した」
「底は?」
「全部二重にはしてない。擦れてたところを中心に補強した」
ひっくり返して見せてもらうと、確かに底の角に革が足されている。一月使った現物があったからこそ、傷みやすい場所が分かったわけだ。
「雨は?」
「今回は触ってない」
「うん。それでいい」
「珍しく欲張らなかったな」
「ベルクが一番困ってたのは肩と底だったから」
「なら、まずこれで試せ」
前だったら、せっかくなら全部改良しようとしていたかもしれない。
でも今回は違う。必要なところだけ直して、実際に使ってもらう。問題が出たら、またそこから考えればいい。
……その方が財布にも優しい。
◇ ◇ ◇
その日の午後、俺とダリオさんはカバンを持ってハンスさんの店へ向かった。
ベルクは店先で荷物を整理していた。いくつかの木箱と袋が荷車に積まれ、来たときより荷物の中身も変わっている。
「ちょうどよかった」
俺が声をかけると、ベルクが振り返った。
「何だ?」
「できた」
「もうか?」
「ダリオさんがやってくれた」
「俺だって他の仕事があるんだからな」
「ありがとうございます」
「今言うのかよ」
ダリオさんに笑われながら、カバンをベルクへ渡す。
ベルクはまず底を見る。それから肩紐を触り、縫い目まで確認した。
「前より広いな」
「重い物を入れたとき、肩が痛いって言ってたから」
「底も変えたのか」
「擦れてたところだけ」
「なるほど」
ベルクがカバンを背負う。
中身は空だから、これだけでは使い心地までは分からない。それでも肩紐の位置を直したり、腕を動かしたりしながら感触を確かめている。
「悪くない」
「本当?」
「背負った感じはな」
「じゃあ成功?」
「まだだ」
ベルクはすぐにカバンを下ろした。
「荷物を入れて、何日も歩いて、それでどうなるかだろ」
「やっぱり?」
「前のやつだって、最初に背負ったときは問題なかったからな」
確かにそうだ。
一月使ったから、肩と底の問題が出てきた。数分背負って分かるなら、最初から直せている。
「じゃあ、もう一回使ってくれる?」
「次にエルダへ行くときならな」
「それまで貸す?」
「いや、俺が持ってても仕方ないだろ」
「あ」
必要になる前から持っていても仕方ない。
「じゃあダリオさんのところ?」
「俺が預かっとくよ」
ダリオさんがカバンを受け取る。
「出る日が決まったら取りに来い」
「助かる」
これでカバンも決まった。
次のエルダ行きで、もう一度試す。
◇ ◇ ◇
「ところで」
俺は荷車を見る。
「これ、もう出るの?」
「ああ。明日の朝な」
「エルダ?」
「違う」
「じゃあ石鹸は?」
「持っていかん」
「カバンも?」
「持っていかん」
「せっかく準備したのに」
「だから準備しただけだろ」
ベルクが笑う。
今回ベルクが向かうのは、エルダとは別の方向らしい。途中でいくつかの村と町を回り、そこで品物を売ったり仕入れたりするという。
「次にエルダ行くのは?」
「まだ先だな」
「どれくらい?」
「そこまできっちり決めて旅してない」
「行商人って、結構適当?」
「予定通りにいかねえのが旅なんだよ」
道の状態もある。天気もある。商売の都合で予定外の町へ寄ることもある。
リーネで店を構えているハンスさんとは、同じ商人でも全然違う。
「じゃあ、次にエルダへ行く前は絶対ここ寄ってね」
「分かってる」
「忘れない?」
「お前よりは覚えてる」
「それは否定できない」
帳面がないと危ない俺よりは信用できそうだ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ベルクが町を出ると聞いていたので、俺は少し早く家を出た。
別に見送りまでしなくてもいい気はしたけど、なんとなく来たかった。
町の出入口には、すでに荷車が止まっている。
「本当に来たのか」
「暇だったから」
「素直に見送りに来たって言えよ」
「それでもいいけど」
「どっちなんだよ」
ベルクが笑いながら荷物を確認する。
前にここから出ていったときは、俺の石鹸とカバンを持っていた。
今回はどちらもない。
少し変な感じがする。
「次はちゃんと持っていってよ」
「石鹸五個と、あのカバンだろ」
「覚えてるじゃん」
「だから忘れねえって」
「石鹸は出る前に言って。作る時間が必要だから」
「ああ」
「カバンはダリオさんのところ」
「それも聞いた」
「あと――」
「まだあるのか?」
考える。
ない。
「……気をつけて」
「急に普通だな」
「いいでしょ」
「ああ」
ベルクが荷車へ乗る。
「じゃあ、また来る」
「次はいつ?」
「分からん」
「そこは最後まで決まってないんだ」
「それが行商人だ」
馬がゆっくり動き始める。
俺は道を空けながら、ベルクに手を上げた。
「じゃあ、また次に」
「おう」
荷車が町の外へ進んでいく。
次にベルクが戻ってきたときには、石鹸を五個用意して、改良したカバンも渡す。その先でどうなるかは、またエルダへ行ってみないと分からない。
とりあえず、ベルクとの話はここまで。
俺は荷車が見えなくなるのを確認してから、町の中へ戻った。
そういえば、ハンスさんに頼んでいたことがもう一つ残っている。
マヨネーズに使う、カラム方面の油。
「……そっちも聞きに行くか」
一つ終わったら、もう一つ。
なかなか全部は片づかないらしい。




