作れるなら、今作る?
セラさんに五個の追加を確認した翌日、俺はハンスさんの店へ向かった。
五個なら作れる。ただし、毎回追加するなら今後は作る量や材料まで含めて相談し直す。今回は一度だけ、今までの二十個とは別に対応してもらえることになった。
これでベルクに返事ができる。
「五個、大丈夫だった」
店の奥にいたベルクへ声をかけると、ベルクは積み荷らしい布袋を確認しながら振り返った。
「セラって人に聞いたのか?」
「うん。今回は五個だけ追加してもらえる」
「そうか」
「だから、できたら買って」
「待て」
「何?」
「俺、まだ次にエルダへ行く日を決めてねえぞ」
「あ」
そうだった。
昨日、自分で帳面に書いたばかりなのに。
俺は覚えるために帳面を持っているのか、忘れたことを後から確認するために持っているのか、たまに分からなくなる。
◇ ◇ ◇
「でも、五個くらいなら持っててもいいでしょ?」
「持てるかどうかならな」
「じゃあ買っておけば?」
「何でだ?」
「次にエルダへ行くとき、そのまま持っていける」
「いつ行くか分からんのに?」
「石鹸なら腐らないし」
「すぐにはな」
ベルクは布袋から手を離し、近くの椅子に座った。
「レイン。俺が今その五個を買ったら、どうなる?」
「俺たちにお金が入る」
「俺は?」
「石鹸が手に入る」
「金は?」
「減る」
「そういうことだ」
分かるような、分からないような。
俺が首を傾げると、横で聞いていたハンスさんが口を挟んだ。
「ベルクがその五個を買えば、売れるまでベルクの金が石鹸に変わる」
「ああ」
「その金は、その間ほかの仕入れには使えない」
「五個分だけだよ?」
「今回はな」
ハンスさんが棚の商品を指す。
「これが五個じゃなく、十個、二十個。石鹸だけじゃなく、いくつもの商品で同じことをしたら?」
「……結構な金になる」
「そういうことだ」
商品を持っている。
それは財産ではある。
でも、そのまま別の商品を買う金としては使えない。
「在庫に金が寝るってやつか」
「変な言い方するな」
ベルクに笑われた。
前の世界では普通に聞いた気がするんだけどな。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、いつ買うの?」
「次にエルダへ向かう予定が決まってからでいい」
「それまで石鹸は?」
「作らなくていいんじゃないか?」
「でもセラさん、五個作ってくれるって」
「作れるって話だろ?」
「……あ」
俺はセラさんとの会話を思い返す。
確かに、五個なら追加できるとは言われた。急ぎじゃないとも伝えた。それなのに俺の頭の中では、いつの間にか『五個作ることが決まった』に変わっていた。
「作れるなら、作っておいた方がよくない?」
まだ少し引っかかる。
「何のために?」
「すぐ渡せる」
「いつ渡す?」
「それは……ベルクがエルダへ行くとき」
「いつだ?」
「まだ分からない」
「だろ?」
また戻ってきた。
今日の会話、同じところをぐるぐるしている気がする。
「じゃあ作らない?」
「必要になる時期が分かってからでいいだろ」
ベルクの答えは簡単だった。
◇ ◇ ◇
「でもさ」
俺は帳面を開く。
「ベルクが『明日エルダ行く』って言ったら間に合わないよ?」
「明日いきなり行くとは言わねえよ」
「本当?」
「少なくとも今回はな。行くなら前もって言う」
「どれくらい前?」
「石鹸を用意するのに、どれくらい必要なんだ?」
「……聞いてない」
ハンスさんが小さく息を吐いた。
「そこを確認してこい」
「またセラさんのところ?」
「必要だろ」
「昨日行ったばっかりなのに」
「だから何だ」
「何回も行ったら、また来たって言われそう」
「商売の話なら仕方ないだろ」
確かにそうだけど。
今度は『五個作るのに何日必要か』を確認しなければならない。
俺は帳面に書き足した。
『追加五個――必要な日数を確認』
「それが分かれば、その分だけ早く俺が知らせればいいんだな?」
ベルクが帳面を覗き込む。
「たぶん」
「そこはちゃんと確認しろ」
「はい」
俺はもう一つ書く。
『ベルク――エルダへ行く前に連絡』
これなら、作った石鹸を長い間置いておく必要はない。
ベルクも先に金を払わなくていい。
◇ ◇ ◇
「ハンスさんの店に置いておくのは?」
「何をだ?」
「五個作って、ここで保管」
「何のために?」
「……すぐ渡せる」
「さっきからそれしか言ってないぞ」
言われて気づいた。
俺はどうも『準備できている状態』が好きらしい。
商品が完成して置いてある。注文が来たらすぐ渡せる。それは確かに気持ちいい。
でも、そのために誰かが材料を使い、誰かの場所を使い、誰かの金が商品に変わっている。
「置いておく場所もタダじゃない?」
「少量なら俺は金を取らんが、考え方としてはそうだ」
「場所を使うから?」
「それもある。在庫が増えれば管理も必要になる」
「数えるとか?」
「傷んでないか見る。どの商品がいつ入ったか把握する。勝手に減ってないか確認する」
「五個でも?」
「だから五個なら大したことないと言ってる」
ハンスさんが笑う。
「ただ、お前が今後いろんな物を外へ売るつもりなら、五個だからで考えるな」
「増えたときのことも考えろってこと?」
「そうだ」
石鹸五個だけなら、どこかに置いておけばいい。でも石鹸が増える。カバンが増える。別の商品も増える。その全部を『いつか売るから』で置き始めたら、いつか置く場所がなくなる。
「倉庫が欲しくなるやつだ」
「まだ早い」
「言ってみただけ」
本当に言ってみただけだ。
ちょっとだけ欲しくなったけど。
◇ ◇ ◇
「じゃあ今回は、こうする」
俺は帳面を見ながら確認する。
「まずセラさんに、五個追加するなら何日前に言えばいいか聞く」
「うん」
「ベルクは次にエルダへ行く予定が決まったら教える」
「ああ」
「その予定に合わせて作ってもらう」
「それでいい」
「完成したらベルクが買い取る」
「前と同じ条件なら五個までな」
「一個3リル」
「そうだ」
これでようやくつながった。
今すぐ作らない。でも、必要になったら作れる。作る時期と、運ぶ時期を合わせる。
「……なんか、作って置いとく方が簡単じゃない?」
「五個だけ見ればな」
ハンスさんが答える。
「商売が大きくなれば、作りすぎないことも大事になる」
「売り切れたら困るのに?」
「作りすぎても困る」
「難しいな」
「だから皆考えるんだ」
足りないのも駄目。余るのも駄目。ちょうどいい数を、ちょうどいい時期に用意する。
言葉にすると簡単なのに、やるとなると急に難しくなる。
◇ ◇ ◇
帰る前、俺は店の棚をもう一度見た。
さっきの小さな木の箱もある。
やっぱりちょっといい。
「レイン」
「何?」
「買わないんだろ?」
「……買わないよ」
「今の間は何だ」
「別に」
俺は箱から目を逸らした。
今買えば、俺の金も箱に変わる。そして、その金は他のことには使えなくなる。
そう考えると、少しだけ我慢しやすい。
「在庫と同じだな」
「何が?」
「俺があの箱買ったら、金が箱になる」
「欲しいなら買えばいいだろ」
「ハンスさん!」
「俺は店主だからな」
危ない人がいた。
俺は財布に触らないようにして店を出る。
作れるから作る。買えるから買う。どっちも同じなのかもしれない。
必要なときに、必要な分だけ。
……これ、貯金にも使える考え方なんじゃないか?
なるほど。
買えるからって、今すぐ買う必要はない。
そんな簡単なことに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
……まあ、気づいただけでも進歩ということにしておこう。




