五個だけ、増やせます?
ハンスさんの店を出た俺は、そのままセラさんのところへ向かった。
次にベルクへ渡す石鹸は、五個が候補。ただし、それを決める前に作る本人へ確認しなければならない。
今までの二十個に追加して、五個。
数字だけ見れば大したことはない。
「……でも、俺が作るわけじゃないからな」
ここ大事。
五個くらいなら作れるだろう。
たぶん大丈夫。
その「たぶん」で勝手に約束すると、あとで困るのはセラさんだ。
俺は店の扉を開けた。
「こんにちは」
「いらっしゃ――あら、レイン」
「今ちょっといい?」
「買い物?」
「相談」
「そっちね」
セラさんが少し笑う。
「ちょうど手が空いたところ。何?」
「石鹸、五個だけ増やせます?」
「五個?」
やっぱり最初にそこを聞かれた。
◇ ◇ ◇
「今の二十個とは別に?」
「できれば」
「何で?」
「町の外で売れるかもしれない」
セラさんの表情が少し変わる。
「詳しく聞こうか」
「ベルクっていう行商人に、前に三個持っていってもらったんだ」
「行商人?」
「うん。エルダまで」
「いつの間にそんなことしてたの?」
「一月くらい前」
「聞いてないけど」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
少し怒っているようにも見える。
でも、よく考えたらセラさんが作った石鹸だ。
ベルクへ売ったのは俺たちの取り分から出したものだとしても、町の外で試すなら一言くらい話しておいてもよかったかもしれない。
「ごめん」
「別に怒ってないよ」
「本当?」
「ちょっとだけ気になるだけ」
「それ怒ってない?」
「話を続けて」
「はい」
俺は素直に説明した。
◇ ◇ ◇
「三個とも売れたの?」
「うん」
「へえ」
「雑貨屋と宿で試してもらって、雑貨屋からは次に来るならもう少し持ってきてほしいって」
「それで五個?」
「ベルクと話して、とりあえずそれくらいがいいかなって」
セラさんは少し考えてから、今度は別のことを聞いた。
「その五個、毎回?」
「まだ分からない」
「いつまで?」
「それもまだ」
「次に必要なのは?」
「……ベルクがエルダへ行くとき」
「それはいつ?」
「まだ決まってない」
質問されるたび、俺の答えが弱くなっていく。
「よくそれで五個増やしてって言いに来たね」
「だから、まず相談しようと思って」
「なるほど」
セラさんが笑った。
「前よりはいいね」
「前なら?」
「作ってから売る相手を探してたんじゃない?」
「……否定できない」
むしろ、もっと多く作ろうとしていた可能性がある。
◇ ◇ ◇
「五個作ること自体はできるよ」
「本当?」
「でも、毎回五個追加ってなると微妙かな」
「何で?」
「五個だけのために準備するわけじゃないけど、作る量が変われば材料の用意も変わるでしょ」
「ああ」
「今は二十個作る流れができてるの」
セラさんは、普段石鹸を作っている場所の方を見る。
「材料を用意して、作って、固めて、置いておく。その流れが二十個で落ち着いてる」
「そこに五個増えると?」
「作れないわけじゃない。でも毎回二十五個必要なら、最初から二十五個作るつもりで準備した方が楽」
「なるほど」
五個増える。
俺から見ればそれだけ。
でも作る側から見れば、作業全体の組み方が変わる。
「じゃあ二十五個にする?」
「待って」
「はい」
即答で止められた。
「その五個、本当に毎回売れるの?」
「まだ分からない」
「じゃあ、まだ変えない」
「ですよね」
今日はよく止められる。
でも正しい。
◇ ◇ ◇
「今回は?」
「五個なら追加で作るよ」
「いいの?」
「一回だけならね」
「ありがとう」
「ただし、急ぎは無理」
「ベルクも数日は町にいるみたいだけど、次にエルダへ行く日はまだ決まってない」
「なら、できたら連絡する」
「お願いします」
これで五個は用意できる。
……いや。
まだ「できる」と分かっただけだ。
ベルクに渡す日も決まっていない。
焦らない。
「それと」
セラさんが言う。
「もし次も五個、その次も五個ってなるなら、一回ちゃんと話そう」
「二十五個にするか?」
「それだけじゃないよ」
「他にもある?」
「材料」
「あ」
石鹸を増やせば、その分だけ材料も必要になる。
油。
灰。
その他の準備。
今の量なら問題なくても、増え続ければ話は変わる。
「作る場所もあるし、置いておく場所もある」
「そっか」
「二十個が二十五個になるだけなら大したことない。でも、それが三十個、四十個ってなったら?」
「また考えないと駄目」
「そういうこと」
俺は帳面を開いた。
『増産するなら材料・作業・置き場所も確認』
「本当に帳面持ち歩くようになったね」
「忘れるから」
「十三歳なのに?」
「……昔から忘れっぽいんです」
「そういうことにしとく」
危ない。
◇ ◇ ◇
「ところで」
セラさんが俺を見る。
「町の外では、いくらで売れたの?」
「それがまだちゃんと決まってなくて」
「作る数増やすのに?」
「だから今決めてる途中」
「私の取り分は?」
「そこは今まで通りのつもりだけど……」
言いながら止まる。
今までと同じでいいのか?
リーネで売る石鹸と、町の外へ出す石鹸。
作るもの自体は同じ。
でも、数が増えればセラさんの負担は増える。
「今の条件で大丈夫?」
俺が聞くと、セラさんは少し驚いた顔をした。
「五個増えるくらいならね」
「本当?」
「ただ、さっきも言ったでしょ。数が増えるなら別」
「そのときは作る値段も相談?」
「そうなるかもね」
「分かった」
勝手に今の条件が永遠に続くと思わない。
これも覚えておこう。
◇ ◇ ◇
「じゃあ今回は五個」
「うん」
「今までの二十個とは別に」
「そう」
「急がなくていい」
「珍しいね」
「何が?」
「レインが急がなくていいって言うの」
「俺だって言うよ」
「最近はね」
昔は違ったらしい。
まあ、否定はしない。
「できたらハンスさんに?」
「今回は一回レインに言うよ。町の外へ出す分なんでしょ?」
「じゃあ俺がベルクに渡す」
「そうして」
話は決まった。
俺は帳面を閉じる。
たった五個増やすだけ。
来る前は、それくらい簡単だと思っていた。
実際、作ること自体はできる。
でも、毎回となれば話が変わる。
材料。
作業。
置き場所。
作る人の取り分。
売れる数。
必要になる時期。
全部つながっている。
◇ ◇ ◇
店を出ようとしたところで、セラさんに呼び止められた。
「レイン」
「何?」
「町の外で売れたの、嬉しい?」
「そりゃ嬉しいよ」
「そう」
セラさんが少し笑う。
「私もちょっと嬉しい」
「セラさんが作ったやつだからね」
「最初に持ってきたのはレインでしょ」
「今は俺、作ってないけど」
「だから何?」
そう言われると困る。
「別に、何でもない」
「じゃあ次も売れるといいね」
「うん」
今度こそ店を出る。
石鹸を始めた頃は、俺一人で作っていた。
今はセラさんが作り、ハンスさんの店で売れ、ベルクが町の外へ運ぼうとしている。
一人ではできなかったことが、少しずつできるようになっている。
でも、人が増えれば勝手に進めていいわけじゃない。
むしろ逆だ。
ちゃんと聞く。
ちゃんと決める。
それから動く。
「五個だけ、か」
今回はそれでいい。
その五個がまた売れたら、そのとき次を考えよう。
いきなり二十個追加なんて言わなくて、本当によかった。




