次は、何個持っていく?
ダリオさんに旅向けカバンの試作を頼んだ、その日の午後。
俺はもう一度、ハンスさんの店へ向かっていた。
今度はカバンではなく、石鹸の話だ。ベルクがエルダへ持っていった三個は全部売れ、雑貨屋からは次に来るならもう少し持ってきてほしいと言われている。
だったら次に決めるのは――。
「何個持っていく?」
店に入るなり聞くと、ベルクが嫌そうな顔をした。
「またいきなりだな」
「昨日から考えてた」
「俺は今ハンスと話してたんだよ」
「何の?」
「俺の商売」
「じゃあ待つ」
「そこは素直なんだな」
俺は少し離れたところで待つ。
ベルクとハンスさんは、何か別の商品について話しているらしい。俺には関係なさそうなので、勝手に店の商品を眺めることにした。
見るだけ。
買わない。
今日は石鹸の話をしに来たんだから。
◇ ◇ ◇
「レイン」
「はい」
「終わったぞ」
呼ばれて振り返る。
俺の手には、小さな木の箱があった。
「それ何だ?」
「見てただけ」
「買うのか?」
「買わない」
「じゃあ何で持ってる?」
「……戻してきます」
危ない。
商品を見るだけのつもりが、いつの間にか手に取っていた。
棚へ戻してから、ベルクたちのところへ向かう。
「で、石鹸」
「切り替え早いな」
「次にエルダへ行くなら、何個持っていく?」
ベルクがハンスさんを見る。
ハンスさんは俺を見る。
何だ。
「何?」
「お前は何個だと思う?」
ハンスさんに聞かれた。
「え?」
「三個売れた。向こうの店は次も欲しいと言った。なら次は何個持っていく?」
「……五個?」
少し考えて答える。
十個と言いたい気持ちはあった。
でも三個しか試していない。
いきなり十個は多い気がする。
「理由は?」
「三個よりは多い。でも、売れ残っても困らないくらい」
「誰が困る?」
「ベルク?」
「俺かよ」
ベルクが笑う。
「だってベルクが買い取るなら、売れ残るのベルクでしょ?」
「そこから決める必要があるな」
「あ」
そうだった。
前回の三個は、ベルクが一個3リルで買い取った。
だからエルダで売れようが売れまいが、俺たちには関係ない。
でも次も同じ条件とは限らない。
◇ ◇ ◇
「次も買い取り?」
俺が聞く。
「条件次第だな」
「何の?」
「俺がいくらで買えて、向こうでいくらで売れるか」
「前回は?」
「試しだったからな。三個なら損しても大したことはない」
「今回は五個」
「まだ五個と決まってねえだろ」
「仮に」
「まず、こっちでいくらで出せるんだ?」
俺はハンスさんを見る。
「俺を見るな」
「だって今の石鹸、ハンスさんの店で売ってるじゃん」
「だからこそだ」
「どういうこと?」
「外へ回す分が増えれば、こっちで売る分が減るかもしれん」
「ああ」
今ある石鹸を、そのままベルクへ渡せばいいわけではない。
リーネでも売れている。
ハンスさんの店で在庫を切らすようなら、本末転倒だ。
「じゃあ増やして作る?」
「誰が?」
「セラさん」
「本人に聞いたのか?」
「……まだ」
言われて気づいた。
俺は勝手に次の数を考えていた。
でも作るのは俺じゃない。
◇ ◇ ◇
「セラさんに聞いてくる」
「待て」
「何?」
「何を聞くつもりだ?」
「石鹸を増やせるか」
「どれくらい?」
「……それを今決めてるんじゃないの?」
話が一周した。
ベルクが笑う。
「だから先に、俺がどれくらい持っていけるかだろ」
「じゃあ何個?」
「五個でも十個でも、荷物としては大して変わらん」
「小さいから?」
「ああ。俺にとって問題なのは、持てるかじゃなくて売れるかだ」
なるほど。
荷車に積める数ではなく、商売として扱いたい数。
「じゃあベルクは何個なら試したい?」
「俺なら五個だな」
「同じじゃん」
「だから悪くないってことだ」
少し嬉しい。
適当に言ったわけではないけど、行商人と同じ数になった。
「理由は?」
「三個売れただけで十個に増やす必要がない。五個売れれば、次にまた増やせばいい」
「俺と同じ」
「そこ強調しなくていい」
◇ ◇ ◇
「じゃあ五個で決まり?」
「まだだ」
ハンスさんが止める。
「セラに確認してない」
「そうだった」
また忘れた。
「今の二十個の流れに、追加で五個作れるのか。それとも二十個の中から五個を外へ回すのか。それで話が変わる」
「追加できるなら?」
「リーネの分を減らさずに済む」
「できなかったら?」
「こっちの売れ方を見て考える」
俺は帳面を開く。
『セラさんに、追加で五個作れるか確認』
「あと値段」
ベルクが言う。
「一個3リル?」
「それで俺が買えるかどうかだな」
「前は買ったじゃん」
「試しの三個と、今後ずっと扱う商品の条件を一緒にするな」
「違うの?」
「違う」
ベルクが指を折りながら説明する。
「俺が買う。運ぶ。向こうの店に売る。店も客に売る。それぞれに取り分が必要だ」
「うん」
「高くなりすぎたら、最後に買う客がいなくなる」
「じゃあ俺たちが安くする?」
「すぐそこへ行くな」
ハンスさんに止められた。
「まず、向こうでいくらなら売れそうなのかをベルクから聞け」
「あ」
そうか。
いきなりこっちの利益を削る必要はない。
◇ ◇ ◇
「エルダでは、いくらなら売れそう?」
「そこはもう少し見たい」
「まだ分からない?」
「一個しか店頭で売ってないからな」
「そっか」
「ただ、今のところ高すぎて話にならんって感じじゃない」
「じゃあ可能性はある?」
「ある。だから次を持っていく話をしてる」
それもそうだ。
ベルクが全く儲からないと思っていたら、ここで話は終わっている。
「次の五個は?」
「前と同じ条件なら、俺が買い取ってもいい」
「本当?」
「五個ならな」
俺はすぐ帳面に書こうとして、止まった。
「……でも、セラさんに確認してから」
「お」
ベルクが少し笑う。
「何?」
「いや」
「またそれ?」
「ちゃんと順番覚えてるじゃねえか」
「一日に何回も止められれば覚えるよ」
作れるか分からない商品を売る約束はしない。
当たり前。
でも昔の俺なら、先に「五個売れます」と言ってから何とかしようとしていた気がする。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、今決まったのはこれだけ?」
俺は帳面を見る。
『次は五個を候補』
『ベルクは五個なら買い取り可能』
『セラさんが追加で作れるか確認』
『値段は前回と同条件を候補。ただし継続条件は今後調整』
『エルダでの売値と反応をもう一度見る』
「十分だろ」
ハンスさんが言う。
「まだ五個すら決まってないけど」
「決められない理由が分かっただろ」
「まあ」
商売って、もっとこう。
売りたい。
買いたい。
じゃあ売る。
それで終わると思っていた。
実際は、その間に確認することが多い。
作れるのか。
今の客に迷惑はかからないか。
運ぶ人は儲かるのか。
向こうの店も儲かるのか。
最後に客が買える値段なのか。
「……人が増えると面倒だな」
「その代わり、お前がエルダまで運ばなくて済む」
ベルクが言う。
「確かに」
「俺が運ぶ。向こうの店が売る。お前はここにいられる」
「それはいい」
「だろ?」
面倒になる代わりに、自分一人ではできないことができる。
石鹸のときもそうだった。
俺が作らなくなったから、他のことができるようになった。
今度は、俺が町の外へ行かなくても商品が外へ出ていく。
◇ ◇ ◇
「じゃあセラさんのところ行ってくる」
「今からか?」
「うん」
「今日は仕事してるかもしれんぞ」
「だから聞くだけ」
「無理に急がせるなよ」
「分かってる」
店を出る前に、俺は振り返る。
「ベルク、いつまでリーネにいる?」
「今のところ数日はいる」
「じゃあ間に合うね」
「何が?」
「セラさんに確認して、五個用意できるか決める」
「次にエルダへ行くのは、今回リーネを出てすぐとは限らねえぞ」
「え?」
「行商人だからな」
そうだった。
ベルクはエルダとリーネだけを往復しているわけではない。
「じゃあ次いつ?」
「まだ決めてない」
「……そういうところも決めないと駄目なのか」
「ようやく気づいたか」
また一個増えた。
俺は帳面の端に書き足す。
『ベルクが次にエルダへ行く時期』
五個作れます。
はい、持っていってください。
それだけでは駄目らしい。
作る人。
運ぶ人。
売る人。
そして買う人。
全員の都合が合って、初めて商品は町の外へ行く。
「とりあえず、セラさんだな」
一個ずつ確認しよう。
先に売る約束はしない。
作れると分かってから決める。
……こうやって確認することが増えるたび、八歳の頃より商売が面倒になっている気がする。
でも、その分だけ少し遠くまで売れるようになっている。
それなら、悪くない。




