三個売れた。それで?
俺は帳面を開いたまま、ベルクの言葉を待った。
エルダまで持っていった石鹸は三個。ベルクが一個3リルで買い取ったものだから、向こうでどう扱うかはベルクに任せていた。
問題は、その三個がどうなったかだ。
「結論から言うぞ」
「うん」
「三個とも売れた」
「おお!」
思わず声が出た。
三個とも売れた。
リーネではない。
エルダで。
俺が一度も行ったことのない町で、俺が始めた商品に金を払った人がいる。
「全部?」
「三個ともって言っただろ」
「誰が買った?」
「一個ずつ説明するから待て」
「はい」
また先走った。
ベルクが苦笑しながら、俺の帳面を見る。
「それ、全部書く気か?」
「もちろん」
「俺の言ったことまで?」
「必要なら」
「変なこと書くなよ」
「じゃあ変なこと言わないで」
「こいつ……」
ハンスさんが横で笑っていた。
◇ ◇ ◇
「最初に見せたのは、エルダで雑貨を扱ってる店だ」
ベルクが話し始める。
「俺が向こうへ行ったときに何度か使ってる店でな。珍しいものを持っていくと、一応は見てくれる」
「そこで一個売った?」
「いや。最初は見せただけだ」
「なんて言ってた?」
「まず匂いを嗅いでた」
「そこ?」
「知らねえ物なんだから、見るし嗅ぐだろ」
確かに。
俺にとって石鹸は知っているものでも、向こうの人にとっては違う。
見た目だけでは何に使うものかも分からない。
「それで?」
「用途を説明した。手や体を洗うのに使えるってな」
「泡のことも?」
「軽くな」
「反応は?」
「悪くなかった」
俺は帳面に書く。
『雑貨屋。反応は悪くない』
「それだけ?」
「まだあるから待て」
「はい」
ベルクが少し考えてから続けた。
「ただ、最初に聞かれたのは値段だった」
「やっぱり」
「珍しいから置く、で済むなら楽なんだけどな。店は売れなきゃ意味がない」
その辺はハンスさんと同じだ。
面白い。
便利。
珍しい。
それだけで商品になるわけじゃない。
「ベルクはいくらで売ったの?」
「それもあとで話す」
「今じゃ駄目?」
「話の順番ってものがある」
「今日ずっとそれ言われてる気がする」
「お前が先に聞きすぎなんだよ」
反省して黙る。
◇ ◇ ◇
「店のやつは、自分で一個試したいと言った」
「買った?」
「買った」
一個目。
まずは店主自身が試すために買ったらしい。
ベルクが使い方を簡単に説明して渡し、翌日もう一度店へ行った。
「どうだった?」
「汚れは落ちるし、使いにくくもない。悪くないってさ」
「よし」
「ただな」
来た。
俺は帳面から顔を上げる。
「リーネからわざわざ運んで売るなら、値段次第だと言われた」
「……やっぱりそこか」
「当たり前だ」
リーネで売るなら、セラさんが作ってハンスさんの店へ直接届けられる。
でもエルダへ持っていくなら、誰かが運ばなければならない。
運ぶ人がいれば、その人の取り分も必要になる。
「壊れにくいし、小さいのはいい」
ベルクが指で石鹸くらいの大きさを作る。
「荷物の隙間にも入れやすい。重くもない。その辺は行商向きだ」
「じゃあ問題は値段?」
「それと、数だな」
「数?」
「次に十個欲しいと言われたら用意できるのか?」
俺は一瞬考える。
作るのはセラさん。
今の仕組みなら二十個単位で作ってもらっている。
ただし、その全部をエルダへ回せるわけではない。
リーネで売る分もある。
「セラさんと相談しないと分からない」
「それでいい」
「いいの?」
「分からないのに『できます』って言われる方が困る」
なるほど。
俺は帳面に書く。
『町の外へ売るなら、作れる数も確認』
◇ ◇ ◇
「残り二個は?」
「一個は宿だ」
「宿?」
「泊まったところの主人に見せた」
これは少し意外だった。
雑貨屋は分かる。
商品を売る店だから。
「宿で売るの?」
「売るとは限らん。客用に使えるかもしれないし、主人が自分で使うかもしれない」
「ああ」
そういう使い道もあるのか。
「で、買ってくれた?」
「一個な」
「反応は?」
「使ったあとで、もう少し安ければ何個か置いてもいいと言ってた」
「もう少し安く?」
「向こうから見れば、まだよく分からない物だからな」
ここでも値段。
便利だから高くても買う。
そんな単純な話ではないらしい。
「最後の一個は?」
「雑貨屋に戻った」
「最初の店?」
「ああ」
「なんで?」
「店主が使ったあと、客に見せてみたいって言ったからだ」
俺の手が止まる。
「それ、店で売ったってこと?」
「そうだ」
「売れた?」
「だから最初に三個とも売れたって言っただろ」
「そうだった」
話を聞いているうちに忘れていた。
◇ ◇ ◇
「誰が買ったかまでは知らん」
「そっか」
「俺が店にいる間に売れたわけじゃないからな」
「何か言ってた?」
「珍しがる客はいたらしい。ただ、説明しないと何に使う物か分からないとも言ってた」
「説明か」
リーネでも最初はそうだった。
石鹸を置いただけでは売れない。
何に使うのか。
どう便利なのか。
それを知ってもらう必要がある。
「でも一個は売れた」
「ああ」
「じゃあエルダでもいける?」
ベルクが俺を見る。
すぐには答えてくれない。
「……まだ分からない?」
「そういうことだ」
「三個全部売れたのに?」
「三個だからな」
その言葉で、少し頭が冷えた。
三個。
確かに全部売れた。
でも、百個売れたわけじゃない。
十個ですらない。
「珍しいから買っただけかもしれない」
「そうだな」
「一回使って終わるかもしれない」
「それもある」
「値段が上がったら買わないかもしれない」
「分かってるじゃねえか」
前の俺なら、三個売れたと聞いた瞬間に次は三十個とか言っていた気がする。
……いや、今もちょっと思ったけど。
言わなかったので成長ということにしておこう。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、次に確認するなら何?」
俺が聞く。
ベルクが少しだけ笑った。
「それを聞くなら話が早い」
「何?」
「雑貨屋のやつが、次に来るならもう少し持ってきてくれって言ってた」
「……何個?」
「そこは決めてない」
「注文じゃないの?」
「まだな」
少し残念。
でも、考えてみれば当然だ。
向こうも一個売っただけ。
いきなり十個、二十個と仕入れる理由はない。
「何個くらいなら試したいか、次に確認する?」
「それでもいい。ただ、その前にこっちで決めることがある」
「売る値段?」
「それもある」
ベルクが指を二本立てる。
「俺がいくらで仕入れるのか。向こうの店がいくらなら買うのか。それで商売になるかだ」
「ああ」
リーネで売るときとは違う。
セラさん。
俺。
ハンスさん。
そこへベルクと、エルダの店まで入る。
全員が何かしら利益を取るなら、その分だけ値段は積み上がっていく。
「運ぶだけでも金がかかる?」
「俺は慈善で荷物運んでるわけじゃないからな」
「ですよね」
「ただ、石鹸は小さい。別の荷物と一緒に持っていけるなら、そこまで悪くない」
それは前にも聞いた。
小さい。
軽い。
壊れにくい。
そして、それなりの値段で売れる。
行商の商品としては悪くないらしい。
◇ ◇ ◇
俺は帳面を整理する。
『三個とも売れた』
『雑貨屋――店主が試用。その後、客にも一個販売』
『宿――主人が一個購入』
『品質の反応は悪くない』
『説明しないと用途が分かりにくい』
『価格が重要』
『継続して出せる数も必要』
『雑貨屋は次回、もう少し見たい』
最後の一行を見て、少しだけにやける。
「嬉しそうだな」
ベルクに言われた。
「そりゃ嬉しいよ」
「三個だぞ?」
「三個でも」
初めてだ。
俺の商品が、リーネの外で売れた。
しかも一個売って終わりではなく、次も見たいと言われた。
まだ注文じゃない。
まだ商売になったとも言えない。
でも。
「ゼロじゃなくなった」
「ん?」
「エルダで売れる可能性」
昨日まではゼロだった。
正確には、分からなかった。
今日、ベルクが結果を持ち帰ったことで、その先が少しだけ見えた。
「次は値段と数か」
「その前に」
ベルクが言う。
「まだもう一個あるだろ」
「何が?」
「俺が一月使ったカバン」
「あ」
忘れてた。
「そっちも聞くか?」
「聞く!」
「じゃあその帳面、次のページ開け」
俺はすぐにページをめくる。
石鹸は、町の外でも売れた。
次はカバン。
一月ずっと旅をした行商人が使ったら、どうだったのか。
帳面の一番上に書く。
『カバン――一月使用』
ベルクが、少し意地の悪い顔で笑った。
「こっちは、結構言うことあるぞ」
……いい話だけじゃなさそうだ。




