増やせば、その分売れる?
次の試験販売は、五個から八個へ増やすことになった。
三個増えただけ。
数字だけ見れば大したことはない。でも今回は、売れるかどうか以外にも確認することがある。
作るのにかかる時間。
マヨネーズを増やしたときの手間。
売れる時間帯。
一緒に買われるパン。
そして、一個あたりにちゃんと利益が残るのか。
「……見ること増えたな」
「レインが増やしたんでしょ」
隣で準備していたミラに言われた。
「最初は売れるかだけ見ればよかったのに」
「商売にするなら必要なんじゃない?」
「そうなんだけどさ」
「じゃあ混ぜて」
「はい」
結局、今日も俺が混ぜるらしい。
◇ ◇ ◇
まずはマヨネーズを作る。
今回も使うのは、カラムから来た軽い油。前回と同じものだから、条件も大きくは変わらない。
「五個のときより多めだよ」
「分かってる」
「疲れたら交代する?」
「最初から半分やってくれてもいいんだけど」
「頑張れ」
「優しさどこいった?」
ミラが笑いながら、少しずつ作業を手伝ってくれる。
俺が混ぜ、ミラが状態を見ながら材料を加える。前に一人であれこれやっていたときより、この方が明らかにやりやすい。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「思ったより変わらない」
「何が?」
「五個のときと手間」
もちろん量は増えている。
混ぜる時間も少し長い。
でも、五個から八個になったからといって、作業時間まで同じ割合で増えるわけではなかった。
器を用意する。
材料を準備する。
道具を洗う。
そういう作業は、五個でも八個でも一回だ。
「まとめて作る方が楽なのか」
「そりゃ一個分ずつ八回作るよりはね」
「なるほど」
「今気づいた?」
「実際にやってみるのが大事なんです」
「便利な言い方だね」
帳面に書いておこう。
マヨネーズは、少し増やす程度なら思ったほど手間は増えない。
◇ ◇ ◇
ただし。
「こっちは普通に増えるな」
「当たり前でしょ」
パンに肉と野菜を挟み、マヨネーズを加えていく。
一個増えれば、一個分の作業が増える。
五個から八個なら、当然三個分多く準備しなければならない。
「ソースはまとめて作れるけど、パンはそうはいかない」
「勝手に完成してくれないからね」
「してくれたら楽なのに」
「それはパン屋が全員思ってる」
ミラのお父さんも近くで笑っていた。
「その辺もちゃんと見とけよ」
「うん」
「売れるからって増やしすぎると、朝の仕込みがそっちに取られるからな」
「他のパン作れなくなる?」
「そこまで増やせばな」
今は八個だから問題ない。
でも二十個、三十個になれば話は変わる。
マヨネーズだけ効率よく作れても、商品全体を作る手間が消えるわけじゃない。
「八個くらいなら?」
「今のところは問題ない」
「じゃあ一個確認」
帳面に書く。
『八個なら作る負担は大きくない』
今のところ、だけど。
◇ ◇ ◇
八個を店に並べる。
前より少し多いだけなのに、まとまって置くと存在感がある。
「なんか商品っぽい」
「今までも商品として売ってたよ」
「試作品感が減ったというか」
「まだ試してる途中だけどね」
そうだった。
調子に乗らない。
今日も帳面を開いて、店の邪魔にならない場所へ移動する。
前回の反省を活かした。
「今日は最初からそこなんだ」
「学習しました」
「偉い偉い」
「子供扱いしてない?」
「十三歳は子供でしょ」
「そうでした」
こういうときだけ、この体の年齢を忘れる。
◇ ◇ ◇
最初の一個は、朝のうちに売れた。
次もそれほど時間を置かずに売れる。
三個目は、前回も買ってくれた女性だった。
「あ、今日もある」
もう迷わず手に取っている。
俺は帳面へ書き込む。
『三個目。前にも買った女性』
二回目の再購入。
つまり、この人は三回買っている。
「かなり好きなんじゃない?」
客が帰ってから、俺が言う。
「気に入ってくれてるみたいだね」
「毎日売ったら毎日買ってくれるかな」
「それは本人に聞かないと」
「聞いてみる?」
「やめなさい」
「はい」
買うたびに十三歳が記録して質問してきたら怖い。
静かに喜んでおく。
◇ ◇ ◇
朝の客足が落ち着いた時点で、八個のうち四個が売れていた。
「半分」
「前より残ってるね」
「数増やしたからね」
悪くない。
むしろ八個全部が朝のうちに消えたら、次に何個作ればいいのか余計に迷いそうだ。
昼前になると二個売れた。
残り二個。
「六個か」
「売れてるじゃん」
「うん」
でも、ここから動かなかった。
昼になって客が来ても、別のパンが売れていく。
マヨネーズを使ったパンを見る人はいる。
買わない人もいる。
昼を少し過ぎても、二個残ったままだった。
「……増やしすぎた?」
「二個で?」
「五個のときは全部売れたじゃん」
「まだ今日終わってないよ」
「そうだけど」
分かっている。
分かっているけど、残っている商品を見ると気になる。
売れ。
頼むから売れてくれ。
「レイン」
「何?」
「見すぎ」
「見てないよ」
「ずっと見てる」
またやっていたらしい。
◇ ◇ ◇
「ちょっとこっち手伝って」
ミラに呼ばれ、店の奥へ移動する。
袋を用意したり、簡単な片づけをしたりしているうちに、少し気が紛れた。
「売れ残るの、そんなに嫌?」
「嫌というか……気になる」
「今日は八個作るって決めたんだから、最後まで見ればいいじゃん」
「まあね」
「それに売れなかったら、それも分かってよかったってことでしょ?」
「お」
「何?」
「ミラが商売人みたいなこと言ってる」
「パン屋です」
「おじさんと同じこと言う」
「親子だからね」
確かに。
売れ残るのは嬉しくない。
でも、何個までなら売れるのか調べるために増やしたんだ。
八個作って二個余るなら、それが結果になる。
無理に「成功」にする必要はない。
◇ ◇ ◇
しばらくして店へ戻る。
「……一個減ってる」
「さっき売れたよ」
「誰?」
「近所の人」
「前にも買った?」
「たぶん初めて」
「時間は?」
「レイン」
「はい」
「あとで教えるから落ち着いて」
完全に調査員になっていた。
残り一個。
でも、最後の一個はなかなか売れなかった。
昼を過ぎ、客足もかなり落ち着いてくる。
「今日は七個かな」
「まだ決めるの早いよ」
「でも残ったら俺が食べるんでしょ?」
「もちろん」
「もう昼食べたんだけど」
「おやつにどうぞ」
「肉と野菜のパンを?」
「育ち盛りだから」
便利だな、十三歳。
◇ ◇ ◇
最後の一個が売れたのは、かなり遅い時間だった。
店へ入ってきた職人らしい男が、残っていたパンを見て手に取る。
「これ、まだある?」
「はい」
「じゃあ一個」
それだけだった。
俺は少し拍子抜けした。
もっとこう、最後の一個にふさわしい何かがあると思っていた。
普通に売れた。
「八個、完売」
「したね」
「でも遅かった」
「五個のときよりはね」
ミラもそこは気づいていた。
売れた。
でも、売れ方は同じではない。
◇ ◇ ◇
閉店まで待つ必要もなく、その日の結果は出た。
八個すべて売れた。
作る負担も、今のところ問題ない。
マヨネーズはまとめて作れば、五個から八個に増やしても手間はそこまで大きく増えなかった。
ただし、パンそのものを作る作業はちゃんと増える。
そして販売。
「五個のときは、もっと早くなくなった」
「今日は最後の一個が結構残ったね」
「じゃあ八個は多い?」
俺が聞くと、ミラのお父さんは少し考えた。
「一日で売り切ったなら、多すぎるとは言わん」
「じゃあ十個?」
「なんで増やすんだ」
「売れたから」
「今日分かったことをもう忘れたのか?」
「冗談です」
半分くらい。
「しばらく八個でいいんじゃない?」
ミラが言う。
「何日か?」
「うん。毎回同じように売れるか見たい」
「俺もそれがいいと思う」
ミラのお父さんも頷いた。
一日八個。
今のところ作れる。
今のところ売れる。
なら、すぐ次の数へ進む必要はない。
◇ ◇ ◇
帳面に今日の結果を書く。
『八個完売』
『五個のときより売り切るまで時間がかかった』
『マヨネーズはまとめて作ると、量ほど手間は増えない』
『パンの準備は個数分増える』
『八個なら今の店でも無理なく作れそう』
『しばらく八個で様子を見る』
最後にもう一つ。
『増やせば、その分早く売れるわけではない』
当たり前と言えば当たり前だ。
五個売れた。
だから十個。
十個売れた。
だから二十個。
そんなふうに増やしていけば、いつか必ず売れ残る。
「八個か」
俺としては、もっと増やしたい。
いっぱい売れた方が儲かる。
でも、売れなければ儲からない。
今は八個。
明日も八個。
その次も、たぶん八個。
売れる数が分かるまで、増やさない。
そう決めて帳面を閉じる。
……大量に仕入れた方が安いカラムの油のことは、今だけ忘れておこう。
考えると樽が欲しくなる。




