一個売ったら、いくら残る?
二回目の試験販売も、五個全部売れた。
しかも、前に買った客がもう一度買ってくれた。次は八個に増やしてみようという話まで決まり、かなり順調に見える。
でも、その前に確認しておきたいことがあった。
「結局、これ一個売ったらいくら残るんだ?」
売れる。
美味しいと言ってもらえる。
また買ってくれる人もいる。
それは全部嬉しい。
でも商売にするなら、それだけでは駄目だ。
昔、石鹸を売り始めた頃にも似たようなことを考えた。売上と利益は違うし、材料以外にも金や手間がかかる。
五年経って、同じところで間違えるのはちょっと恥ずかしい。
◇ ◇ ◇
「おじさん、ちょっといい?」
昼の忙しい時間が終わった頃、俺はミラのお父さんに声をかけた。
「今度は何だ?」
「マヨネーズ使ったパンの原価をちゃんと出したい」
「原価?」
「一個作るのに、いくらかかってるか」
「ああ。それなら俺も一回見た方がいいと思ってた」
話が早い。
ミラも作業台を片づけながら近づいてくる。
「何するの?」
「このパン、本当に儲かってるのか調べる」
「売れてるんだから儲かってるんじゃないの?」
「俺も昔そう思ってた」
「昔っていつ?」
「……八歳くらい」
「十分最近じゃない?」
そうだった。
俺の感覚ではかなり昔なんだけど、十三歳から見れば五年前でしかない。
「とにかく計算しよう」
「ごまかした」
聞こえない。
◇ ◇ ◇
まずはパン。
これは普段から店で作っているものだから、一個あたりに使う材料はだいたい分かる。
次に肉と野菜。
これも元々似た商品があるので、ミラのお父さんが普段の仕入れからおおよその費用を出してくれた。
そして、マヨネーズ。
「ここがちょっと面倒だな」
俺は帳面を見る。
「卵とか油とか、まとめて作ってるからね」
ミラが言う。
「だから五個分作るのに使った材料から、一個分を考える」
「油は昨日見てたよね?」
「うん」
カラムから来た油を使った二回目の試験販売では、使った量も前より意識して確認していた。
正確に一滴単位なんて無理だけど、商売の判断に使える程度なら出せる。
ミラのお父さんが帳面に数字を書き足していく。
「……思ったより使ってるな」
「やっぱり油?」
「油もだが、卵もあるからな」
「でもカラムの油なら少し安い」
「今のところは、だろ?」
「あ」
「次も同じ値段で買えるとは限らないんだろ?」
「ハンスさんにも言われた」
危ない。
もう安い油をずっと使える前提で計算しかけていた。
「じゃあ、少し高くなっても大丈夫なくらいで考えた方がいい?」
「俺ならそうするな。安く買えたときだけ利益が出る商品じゃ困る」
「なるほど」
帳面に一つ書き足す。
『油は少し高めに見積もる』
こういうの、前の俺なら絶対やってない。
◇ ◇ ◇
「これで材料は全部?」
ミラが聞く。
「たぶん」
「じゃあ、一個売ったらこれくらい残る?」
俺が売値から材料費を引こうとすると、ミラのお父さんが止めた。
「まだだ」
「え?」
「作るのは誰だ?」
「ミラ」
「俺も混ぜてるよ」
「じゃあ、その二人はタダ働きか?」
「……あ」
まただ。
石鹸を作っていた頃、父さんにも似たことを言われた。
材料費だけが原価じゃない。
作る人の時間もある。
「でも、自分で作るなら給料払わなくてもいいんじゃない?」
「五個ならな」
ミラのお父さんが笑う。
「これが毎日二十個、三十個になったら?」
「時間取られる」
「その時間で別のパンが作れなくなったら?」
「そっちの売上も減る」
「そういうことだ」
俺は帳面を見る。
材料費だけなら、ちゃんと利益は出る。
でも作る手間まで考えると、思ったほど余裕はない。
「マヨネーズ作るの、地味に時間かかるんだよな」
「混ぜるのもあるしね」
ミラが自分の腕を軽く振る。
「五個ならいいけど、毎朝たくさん作るのはちょっと嫌かも」
「ですよね」
「レインが毎朝来て混ぜる?」
「それはちょっと」
「即答だね」
「俺にも仕事があるので」
「市場うろうろする仕事?」
「情報収集と言ってください」
ミラのお父さんが笑っていた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ値上げする?」
俺が言うと、ミラがすぐに眉を上げた。
「もう?」
「いや、候補として」
「二回しか売ってないよ」
「分かってるって」
でも、値段を上げるのは一つの方法だ。
手間がかかるなら、その分を価格に乗せる。
ただし、高くすれば客が買わなくなるかもしれない。
「今の値段でも利益はあるんだよね?」
「ある」
ミラのお父さんが答える。
「少なくとも、売るたびに損するような値段じゃない。ただ、数を増やすなら作り方は考えた方がいいな」
「作り方?」
「お前ら、五個分作るのと十個分作るので、単純に二倍疲れるのか?」
「……分からない」
「なら、それも試せ」
なるほど。
八個作る予定だった。
ちょうどいい。
「八個作って、どれくらい時間かかるか見る?」
「それなら分かりやすいな」
「売れるかも見られるし」
「売れ残ったら?」
ミラが聞く。
「食べる」
「また?」
「八個ならまだ何とかなるでしょ」
「誰が一番食べるの?」
「……俺?」
「正解」
この店のルールらしい。
◇ ◇ ◇
「でも、もう一個あるぞ」
ミラのお父さんが言った。
「まだあるの?」
「このパンだけで考えるな」
「どういうこと?」
「店として得かどうかも見るんだ」
少し分からない。
俺が首を傾げると、ミラのお父さんが商品棚を指差した。
「そのパンを買いに来た客が、他のパンも一緒に買ったら?」
「あ」
「逆に、そのパンを置くために別の売れるパンを減らしたら?」
「ああ……」
店全体で見る。
マヨネーズのパン一個だけの利益ではなく、それが店に何をもたらすのか。
前回、マヨネーズのパンを買った女性も、他のパンを一緒に買っていた。
「難しくない?」
「商売だからな」
「ハンスさんと同じこと言う」
「そりゃあいつは商売人だからな」
「おじさんも十分商売人だと思う」
「パン屋だよ」
「パンを売ってるじゃん」
「それもそうか」
ミラのお父さんが笑う。
俺もつられて笑った。
◇ ◇ ◇
その日の帳面には、今までより少し多く書くことになった。
『材料費だけなら利益あり』
『カラムの油は少し安い。ただし値段が変わる可能性あり』
『作る手間まで考えると、余裕はそこまで大きくない』
『数を増やしたとき、作業時間がどれくらい増えるか確認』
『このパンと一緒に他の商品も買われるか見る』
そして最後に。
『次は八個』
売れるかどうかだけじゃない。
八個作るのにどれくらい時間がかかるのか。
何時頃に売れるのか。
どんな客が買うのか。
一緒に何を買うのか。
見ることが一気に増えた。
「最初は、美味しければ売れると思ってたんだけどな」
マヨネーズを思い出したときは、もっと簡単に考えていた。
作る。
パンに挟む。
美味い。
売れる。
儲かる。
現実は、その間にいろいろ挟まっている。
でも、不思議と嫌ではなかった。
一個ずつ分からないことを潰していくと、ただ思いついただけのものが、少しずつ本当の商品になっていく。
「八個か」
次も全部売れたら嬉しい。
でも今度は、それだけ見て喜んで終わらない。
一個売ったら、いくら残るのか。
それをちゃんと知ってから、次へ進もうと思う。




