↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/264

欲しい。でも、我慢する

翌日。


 俺は市場にいた。


 目的は一つ。


 金を稼ぐ方法を探すためだ。


 父さんとの約束。


 俺が12リル貯めれば、父さんも12リル出してくれる。


 現在の貯金。


 1リル。


 あと11リル。


 つまり今の俺に必要なのは、買い物ではない。


 収入だ。


 金を使うために市場へ来たわけじゃない。


 ここ大事。


 非常に大事。


「…………」


 なのに。


 俺は一軒の露店の前から動けなくなっていた。


「欲しい……」


 目の前にあるのは、小さな天秤だった。


 左右に皿がついた、昔ながらの天秤。


 隣には重さを量るための小さな分銅も並んでいる。


 前世なら。


 たぶん、見ても何とも思わなかった。


 でも今は違う。


「これ……めちゃくちゃ使えるじゃん」


 石鹸作り。


 最大の問題。


 分量が分からない。


 前回は完全に感覚だった。


 油をこれくらい。


 灰汁をこれくらい。


 混ぜてみる。


 結果。


 一回目は失敗。


 二回目は、なんとか成功。


 でも同じものをもう一度作れる保証はない。


 天秤があれば。


 少なくとも重さは揃えられる。


「これ、いくらですか?」


 聞いてしまった。


 店主のおじさんが俺を見る。


「これか? 18リルだ」


「18リル……」


 高い。


 前世の感覚なら約1,800円。


 いや。


 道具として考えれば安い。


 むしろ安いまである。


 問題は。


 現在の俺の貯金。


 1リル。


「…………」


 全然足りない。


 良かった。


 買えない。


 これなら諦められる。


「こっちの小さいやつなら8リルだぞ」


「え?」


 おじさんが余計なことを言った。


 店の端に、もう一つ。


 さっきの物よりかなり小さい天秤が置いてある。


 作りも簡素。


 皿も小さい。


 でも。


 石鹸の材料を量るくらいなら。


「十分じゃん……」


「中古だけどな。ちゃんと使えるぞ」


 8リル。


 現在1リル。


 あと7リル。


 手が届きそう。


 急に現実味が出てきた。


「…………」


 いや。


 駄目だ。


 俺の目標は12リル。


 12リル貯めれば、父さんから追加で12リル。


 つまり。


 12リルには24リル分の価値がある。


 ここで8リル使うということは。


「実質16リルの損……?」


「何の話だ?」


「こっちの話です」


 危ない。


 非常に危ない。


 俺は天秤から目を逸らした。


「買わない」


「そうか?」


「買いません」


「欲しそうだけどな」


「全然」


 嘘だ。


 めちゃくちゃ欲しい。


 でも我慢する。


 今世の俺は違う。


 前世の俺なら。


『長く使える物だから』


『必要な道具だから』


『むしろ早く買った方が得だから』


 そんな理由を並べて買っていた。


 そして大体。


 数回使って飽きる。


「同じ失敗はしない」


 俺は店を離れた。


 振り返らない。


 絶対に。


「…………」


 五歩で振り返った。


 天秤が見えた。


「……いや、我慢」


 俺は逃げるように市場を歩いた。


     ◇ ◇ ◇


 さて。


 天秤のことは忘れよう。


 金を稼ぐ方法だ。


 とはいえ。


 八歳の俺にできる仕事は少ない。


 重い荷物は運べない。


 専門的な技術もない。


 冒険者?


 論外。


 剣なんて持ったこともない。


 魔法は――。


「そういえば、この世界って魔法あるんだよな」


 転生してから数日。


 今さら思い出した。


 レインの記憶には、魔法というものが普通に存在している。


 ただし。


 誰でも好き放題使えるわけではない。


 使える人間もいれば、ほとんど使えない人間もいる。


 俺自身がどうなのかは。


 まだ分からない。


「まあ、それはそのうちでいいか」


 今は金だ。


 魔法より金。


 夢がない八歳児である。


 市場を歩いていると、見覚えのある店が見えた。


 ミラのパン屋。


「あ」


 昨日の蜂蜜パンが並んでいる。


「…………」


 見ない。


 今日は買わない。


 所持金1リルだから、そもそも買えない。


「レイン!」


 ミラに見つかった。


「おはよう」


「ちょうどよかった」


「なに?」


「昨日のあれ、まだある?」


「あれ?」


「石鹸」


 俺の足が止まった。


「あるけど」


 家にまだ少し残っている。


「欲しいの?」


「私じゃなくて、お母さん」


「え?」


「昨日買ったやつ、家で使ってみたの。そしたら母が気に入って」


 心臓が跳ねる。


「本当に?」


「うん。灰汁を用意するより楽だって」


 母さんと同じだ。


 やっぱり。


 需要がある。


「いくつ欲しい?」


「あと二つくらい欲しいって」


 二つ。


 一個3リルなら。


 6リル。


 現在1リルだから。


 売れれば7リル。


 目標の12リルまで、あと5リル。


「売る!」


「そんなに大声出さなくても」


「今日持ってくる」


「じゃあお願い」


「分かった!」


 俺は走り出した。


「レイン!」


「なに?」


「転ばないでよ!」


「大丈夫!」


 八歳の身体で全力疾走する。


 家へ向かいながら。


 頭の中では計算が始まっていた。


 現在1リル。


 石鹸二個で6リル。


 合計7リル。


 あと5リル。


「いける」


 見えてきた。


 12リル。


 そして父さんの12リル。


 合計24リル。


 そこまで行けば。


 油を買って。


 石鹸を増やして。


 もっと売れる。


 売上が増える。


 貯金も増える。


「よし!」


 今度こそ。


 順調だ。


     ◇ ◇ ◇


 家に戻り。


 残っていた石鹸を確認する。


「……ギリギリだな」


 大きめに切れば一個。


 小さめなら二個。


 昨日ミラに売った物と同じくらいの大きさにすると、二個取れるか微妙だ。


「…………」


 小さくする?


 いや。


 それは駄目だ。


 同じ3リルで昨日より小さい物を売ったら。


 信用を失う。


 商売は信用。


 これは前世でも分かる。


「じゃあ……」


 少し形を整える。


 端の余った部分も集める。


 なんとか二個。


「よし」


 見た目は相変わらず悪い。


 でも。


 商品だ。


 布に包み。


 再びパン屋へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


「はい」


「ありがとう」


 ミラに石鹸を二個渡す。


 代わりに。


 銅貨六枚。


 6リル。


「…………」


 増えた。


 昨日は三枚だった。


 今日は六枚。


 自分の商品が売れて。


 金が増える。


 この感覚。


「楽しいな……」


「何が?」


「商売」


「変な八歳」


「よく言われる」


 たぶん今後もっと言われると思う。


 俺は銅貨を革の小袋に入れた。


 合計。


 7リル。


 目標まで。


 あと5リル。


「よし」


 今日はもう帰ろう。


 余計な物は見ない。


 真っ直ぐ帰る。


 俺はパン屋を出た。


 市場を抜ける。


 そして。


「…………」


 例の露店が見えた。


 小さな天秤。


 8リル。


 俺の所持金。


 7リル。


「…………」


 あと1リル。


 買える。


 いや。


 まだ買えない。


 あと1リル足りない。


 素晴らしい。


 世界が俺に我慢しろと言っている。


「レイン」


「うわっ!」


 後ろから声がした。


 ガルドだった。


「父さん?」


「仕事で使う金具を買いに来たんだ。お前は?」


「石鹸売ってた」


「売れたのか?」


「6リル」


「おお。すげえじゃねえか」


 少し嬉しくなる。


「今、全部で7リルある」


「じゃあ12リルまであと5リルだな」


「うん」


「頑張れよ」


「うん」


 ガルドが歩き出す。


「あ、そうだ」


 止まった。


「昨日、工房掃除してくれただろ」


「うん」


「思ったより綺麗になってたからな」


 ガルドが革袋を開く。


 銅貨を一枚。


 俺に投げた。


「追加だ」


「え?」


 受け取る。


 1リル。


「…………」


 所持金。


 8リル。


 ゆっくり。


 天秤を見る。


 値段。


 8リル。


「…………」


 ガルドを見る。


「どうした?」


「父さん」


「ん?」


「世の中にはさ」


「おう」


「運命ってあると思う?」


「急になんだ?」


 俺は天秤を見つめた。


 8リル。


 俺の所持金も。


 8リル。


 これは。


 偶然なのだろうか。


 いや。


 違う。


 きっと。


 これは――。


「買えってことじゃない?」


「何を?」


 俺は首を振った。


「……帰る」


「お、おう」


 歩き出す。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 振り返る。


 天秤。


「…………」


 欲しい。


 でも。


 我慢する。


 俺は歯を食いしばって、その場を離れた。


 偉い。


 今日の俺は偉い。


 8リル持っている。


 8リルの商品を目の前にして。


 買わなかった。


 前世の俺にはできなかったことだ。


 これはもう。


 生まれ変わったと言っていい。


 いや。


 実際に生まれ変わってるんだけど。


 目標の12リルまで。


 あと4リル。


 俺は小袋を握りしめた。


 その日の夜。


 布団に入って。


 目を閉じた。


「…………」


 天秤が浮かんだ。


 目を開ける。


「…………」


 欲しい。


 全然、諦められていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。