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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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これは浪費じゃない

焼きたてのパンの匂いがする。


「…………」


 俺は手のひらを見た。


 3リル。


 記念すべき、石鹸の初売上。


 そして。


 ついさっき誓った。


 絶対に使わない、と。


「…………」


 もう一度、パン屋を見る。


 店の奥には焼きたてのパンが並んでいる。


 丸いパン。


 細長いパン。


 何かの実が練り込まれたパン。


 その中に。


「……あれ、何?」


 見つけてしまった。


「あれ?」


 ミラが俺の視線を追う。


「ああ。蜂蜜を塗って焼いたパンよ」


 蜂蜜。


 駄目だ。


 その単語は良くない。


「いくら?」


「2リル」


「…………」


 所持金、3リル。


 パン、2リル。


 残金、1リル。


 駄目だ。


 俺は貯金するんだ。


 100万リル貯めて。


 将来は湖の近くに家を建てて。


 朝は好きな時間に起きて。


 昼から酒を飲んで。


 美味いものを食って。


 誰にも急かされずに暮らす。


 そのための第一歩が、この3リルだ。


「一個ください」


「はい」


 買ってしまった。


 早かった。


 あまりにも早かった。


 決意から購入まで、おそらく一分も経っていない。


 手のひらから銅貨が二枚消える。


 代わりに、焼きたての蜂蜜パンが乗った。


「…………」


 温かい。


 一口かじる。


「うまっ」


 外側は少し硬い。


 中は柔らかい。


 そこに蜂蜜の甘さが染みている。


 前世なら、別に珍しくもない味だ。


 コンビニに行けば、もっと甘くて柔らかいパンはいくらでもあった。


 でも。


 異世界に来てから食べた甘いものなんて、果物くらい。


 久しぶりの分かりやすい甘さが、身体に染みる。


「うっま……」


「そんなに?」


「めちゃくちゃうまい」


「大げさね」


 ミラが笑う。


 俺はもう一口かじった。


 そして。


 ふと思う。


「……待てよ」


 これは。


 本当に浪費なのか?


 石鹸を売った店で商品を買う。


 相手との関係を良くする。


 しかも、パン屋の商品価格まで知ることができた。


 さらに。


 この世界で蜂蜜がどの程度使われているのかという情報も手に入った。


「…………」


 なるほど。


「これは浪費じゃない」


「え?」


「市場調査だ」


「パン食べてるだけじゃない」


「違う」


 俺は真剣な顔で首を振った。


「商売するなら、この町で何が、いくらで売られているのか知る必要がある」


「それと蜂蜜パンに何の関係が?」


「ある」


「どんな?」


「…………」


 一瞬詰まる。


「食文化の調査」


「へえ」


 ミラの目が笑っている。


 信用されていない。


「それに、取引相手との関係作りも重要だろ?」


「私、さっき初めてあなたから物を買っただけだけど」


「だからこそ」


「どういうこと?」


「…………」


 俺にも分からなくなってきた。


 でも。


 これは必要な出費だ。


 そういうことにしておこう。


     ◇ ◇ ◇


 家に帰った。


 所持金。


 1リル。


 俺は机の上に銅貨を置いた。


「…………」


 初売上、3リル。


 現在の貯金、1リル。


 貯金開始初日に。


 三分の二が消えた。


「いや」


 違う。


 2リルは市場調査費。


 つまり経費。


 浪費ではない。


「…………」


 前世でも似たようなこと言ってた気がするな。


 高いコーヒーミルを買ったときも。


 家でコーヒー飲むようになれば、外で買わなくなって節約になる。


 長期的には得。


 そう考えた。


 結果。


 一回使って終わった。


「今回は違う」


 今回はちゃんと意味があった。


 美味しかったし。


「……美味しかったは関係ないな」


 反省。


 でも、後悔はしていない。


 問題は別にある。


 石鹸だ。


 一個売れた。


 なら、もっと作りたい。


 だが材料には油が必要になる。


 12リルの瓶を買えば、今よりまとまった量を作れる。


 現在の所持金。


 1リル。


「足りねえ」


 圧倒的に足りない。


 昨日までと何も変わっていない。


 いや。


 一個売れたという実績はある。


 ここが大きい。


 作れば売れる可能性がある。


 なら。


「元手さえあれば……」


 12リル。


 必要なのは12リル。


 父さんの工房を十二回掃除する?


「いやだな……」


 一回1リル。


 十二回。


 できなくはない。


 でも時間がかかる。


 もっと早く稼ぐ方法。


 俺は部屋を見回した。


 売れる物。


 ない。


 木の人形。


 欠けた小刀。


 鳥の羽。


 石。


「相変わらずゴミしかないな」


 元のレインに謝った方がいい気もする。


 でも金にはならない。


「……父さんに借りる?」


 頭に浮かぶ。


 12リル借りる。


 油を買う。


 石鹸を作る。


 売る。


 返す。


 残った金が利益。


「…………」


 いや。


 これ。


 普通に商売じゃないか?


 借金という響きは嫌だが。


 元手を借りて。


 商品を作って。


 利益を出して返す。


「いけるな」


 問題は。


 父さんが八歳の息子に12リル貸してくれるかどうかだ。


     ◇ ◇ ◇


「駄目だ」


「早い!」


 夕食後。


 相談してみた。


 即答だった。


「まだ全部説明してない!」


「金貸してくれ、だろ?」


「そうだけど」


「駄目だ」


「なんで?」


 ガルドは椅子にもたれた。


「お前、昨日1リル稼いだだろ」


「うん」


「今日、石鹸売って3リル稼いだんだろ?」


「うん」


「今いくら持ってる?」


「…………」


 嫌な質問だ。


「1リル」


「なんで減ってる?」


「市場調査」


「何を調べた?」


「蜂蜜パン」


「食っただけじゃねえか」


「違う!」


 なぜ全員同じことを言う。


「商売には市場を知ることが――」


「美味かったか?」


「めちゃくちゃ美味かった」


「食っただけじゃねえか」


「…………」


 反論できない。


 隣でエレナが笑いを堪えている。


「だから駄目だ」


 ガルドが言った。


「金を貸してほしいなら、まず自分の金をちゃんと扱えるところを見せろ」


「ちゃんと扱ってるよ」


「一日で三分の二使った奴が言うな」


 正論。


 ぐうの音も出ない。


「じゃあ、どうすれば貸してくれる?」


「自分で貯めろ」


「12リル?」


「そうだ」


「そこまで貯めたら?」


 ガルドが少し考える。


「同じだけ出してやる」


「え?」


「お前が12リル貯めたら、俺も12リル出す」


 俺はガルドを見る。


「つまり……24リル?」


「そうだ」


「返さなくていいの?」


「石鹸が本当に売れるならな」


 来た。


 これはでかい。


 自分で12リル貯めれば。


 父さんが12リル出してくれる。


 合計24リル。


 油なら二瓶買える。


「やる」


「ただし」


 ガルドが俺を見る。


「途中で使ったら、その分は知らんぞ」


「使わない」


「本当か?」


「当たり前だろ」


 俺は胸を張った。


 今度こそ。


 本当に。


 使わない。


 目標。


 まず12リル。


 現在。


 1リル。


 あと11リル。


 100万リルに比べれば。


 楽勝だ。


「よし」


 明日から稼ぐ。


 そして貯める。


 絶対に。


 今度こそ。


 俺は机の上の1リルを見つめた。


 ――このときの俺はまだ知らなかった。


 翌日。


 市場で、とんでもなく欲しい物を見つけることになるなんて。

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