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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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じゃあ、売ってみよう

石鹸ができた。


 正確には。


 石鹸っぽいものができた。


 泡立ちは悪い。


 匂いも微妙。


 形も悪い。


 それでも汚れは落ちるし、母さんからも「便利かもしれない」という評価をもらった。


 なら。


 次にやることは一つだ。


「売ろう」


 俺は朝食の席で宣言した。


「何を?」


 エレナが聞く。


「石鹸」


「誰に?」


「…………」


 いきなり詰まった。


 ガルドがパンをかじりながら笑う。


「決めてなかったのか」


「今から決める」


「どこで売るの?」


「…………」


「いくらで売るんだ?」


「…………」


「何個あるの?」


「…………」


 質問が多い。


「一個ずつ聞いて」


「何も決めてないんじゃない」


 母さん。


 正解です。


     ◇ ◇ ◇


 商売。


 前世では金を使う側だった。


 作る側でも。


 売る側でもない。


 ネット通販で欲しい物を探して。


 レビューを読んで。


 悩んで。


 残り一点という文字を見て。


 買う。


 俺の商売経験なんて、その程度だ。


「まず値段だな」


 部屋に戻って考える。


 材料費。


 油。


 灰。


 水。


 灰と水は家にあるものを使わせてもらった。


 一番高いのは油だ。


 12リルの瓶からどれくらい作れるかは、まだ正確には分からない。


 今回作った量から考えると――。


「一個、2リルくらい?」


 いや。


 待て。


 2リルで売って、材料に2リルかかったら意味がない。


「3リル?」


 利益、1リル。


「…………」


 安くない?


 前世なら約300円。


 石鹸一個300円。


 別におかしくはない。


 でも、この世界でパンが2リル。


 焼き串が4リル。


 石鹸3リル。


「高いのか安いのか分からんな」


 こういうとき。


 前世ならスマホで検索すればよかった。


 石鹸 平均価格。


 石鹸 原価率。


 石鹸 売り方。


 石鹸 開業。


「スマホ欲しい……」


 当然、ない。


 異世界転生。


 最大のデメリット。


 検索できない。


「仕方ない」


 考えていても答えは出ない。


 市場へ行こう。


     ◇ ◇ ◇


 リーネの市場は、今日も賑わっていた。


 野菜。


 肉。


 パン。


 布。


 木工品。


 日用品。


 前回来たときとは見方が違う。


 前は、何が売っているかを見ていた。


 今日は。


 いくらで売っているか。


 どんな人が買っているか。


 店の前でどれくらい立ち止まるか。


 そんなところばかり見てしまう。


「……俺、ちょっと商売人っぽくない?」


 八歳だけど。


 市場を一周する。


 やはり石鹸らしきものは見当たらない。


 身体を洗うものとしては香油。


 洗濯なら灰汁。


 布や身体をこする道具もある。


 でも、俺の知っている石鹸とは違う。


「よし」


 売れる。


 たぶん。


 問題は。


「どこで売るんだ?」


 市場の真ん中で気づいた。


 勝手に地面へ商品を並べていいのか?


 駄目だろう。


 前世だって、駅前で突然商品を広げたら怒られる。


 異世界だから何でもあり。


 そんな都合のいい話はない。


 近くで野菜を売っているおばさんに聞いてみた。


「すみません」


「あら、どうしたの?」


「ここで物を売りたいんだけど」


「坊やが?」


「うん」


「何を売るの?」


「石鹸」


「せっけん?」


 やっぱり知らない。


「洗濯とか、手を洗うときに使うもの」


「へえ」


「ここで売っていい?」


 おばさんは少し考えてから、市場の奥を指さした。


「場所を借りるなら、あっちの管理人に言わないと駄目だよ」


「お金かかる?」


「もちろん」


「…………」


 ですよね。


 嫌な予感がする。


「いくら?」


「場所によるけど、一日5リルくらいからじゃないかね」


「5リル」


 現在の所持金。


 0リル。


「ありがとうございました」


「あら、もういいの?」


「はい」


 終了。


 俺の初商売。


 開始前に終了。


     ◇ ◇ ◇


「どうする……」


 市場の端で座り込む。


 商品はある。


 売りたい。


 でも売る場所を借りる金がない。


 金を稼ぐために金が必要。


 昨日も同じことを考えた気がする。


「世の中って厳しいな」


 八歳で知りたくなかった。


 いや、中身は三十過ぎだから知っていたはずなんだけど。


 そこで。


「レイン?」


 名前を呼ばれた。


 顔を上げる。


 知らない女の人が立っている。


「……誰?」


「ひどい!」


 女性が笑った。


「ミラよ。パン屋の」


 その瞬間。


 レインの記憶が出てきた。


 市場から少し離れた通りにある小さなパン屋。


 そこの店員。


 いや、店主の娘だったか。


 年齢は二十歳くらい。


 茶色い髪を後ろでまとめている。


「ごめん」


「川で溺れてから記憶がおかしいって聞いたけど、本当なのね」


「まあ、ちょっと」


「こんなところで何してるの?」


「商売しようと思って」


「商売?」


 またその顔だ。


 八歳児が商売と言うと、みんな同じ反応をする。


「これ売りたいんだ」


 布に包んで持ってきた石鹸を見せる。


「なにこれ?」


「石鹸」


「せっけん?」


 本日二回目。


 俺は簡単に説明した。


 洗濯に使えること。


 灰汁を毎回用意しなくてもいいこと。


 水と一緒に使えば汚れが落ちること。


 ミラは興味深そうに石鹸を見る。


「本当に?」


「試してみる?」


「ここで?」


「パン屋なら汚れた布とかあるでしょ」


「ああ、それなら」


 話が早い。


 俺はミラについてパン屋へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 店の裏。


 小さな桶。


 水。


 そして。


「これ、昨日使った布なんだけど」


「おお……」


 小麦粉。


 油。


 何かの果汁。


 なかなか汚い。


 実験相手として申し分ない。


「じゃあ、ここだけ使ってみる」


 石鹸を少しつける。


 布をこする。


 水ですすぐ。


 完全に真っ白。


 とはいかない。


 でも。


「あれ?」


 ミラが布を見る。


「結構落ちてる」


「でしょ?」


「もう一回やっていい?」


「どうぞ」


 今度はミラ自身が使う。


「へえ……」


 こする。


 すすぐ。


「灰汁より楽ね」


 来た。


 母さんと同じ反応。


 やっぱりここだ。


 洗浄力そのものより。


 手軽さ。


 毎回灰汁を用意する必要がない。


 持ってきて。


 使って。


 戻す。


 それだけ。


「これ、売ってるの?」


 ミラが聞いた。


「売ってる」


 まだ一個も売れてないけど。


「いくら?」


 来た。


 人生初の値段交渉。


「…………」


 3リル。


 そう言おうとして。


 止まった。


 待て。


 相手から値段を聞かれた。


 つまり。


 買う可能性がある。


 ここで安売りする必要あるか?


 前世の俺。


 思い出せ。


 お前はどういうときに金を使っていた?


 限定。


 便利。


 新商品。


 残り一点。


「5リル」


 言った。


 市場の場所代と同じ金額。


 ミラが石鹸を見る。


「5リルかあ」


 高かったか?


 心臓が跳ねる。


 いや。


 ここで焦るな。


 商売人は堂々としているものだ。


 たぶん。


「一個で結構使えるよ」


「どれくらい?」


「…………」


 分からない。


「結構」


「適当ね」


「まだ試作品だから」


「試作品を5リルで売るの?」


「…………」


 痛いところを突く。


「じゃあ、3リル」


「下がるの早っ」


 ミラが笑った。


「いいわ。3リルなら買ってみる」


「ほんと?」


「うん。うち、布よく洗うから」


 ミラが腰の小袋から銅貨を取り出す。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 俺の手のひらに乗せる。


 3リル。


「…………」


 売れた。


 自分で考えて。


 自分で作った物が。


 売れた。


「やった……」


「そんなに?」


「いや」


 慌てて表情を戻す。


 商売人。


 商売人らしく。


「毎度ありがとうございます」


「何それ」


 ミラが笑う。


 でも俺は。


 手のひらの三枚の銅貨から目が離せなかった。


 父さんの仕事を手伝ってもらった1リルとは違う。


 俺が作ったものを。


 欲しいと思った人が。


 金を払って買った。


 初めての売上。


 3リル。


 前世の感覚なら約300円。


 たった300円。


 でも。


「……これ、いけるんじゃないか?」


 一個3リル。


 十個で30リル。


 百個で300リル。


 千個で3,000リル。


「…………」


 100万リルには全然届かないな。


 いや。


 待て。


 最初はこれでいい。


 一個売れた。


 なら、次は二個。


 二個売れたら十個。


 十個売れたら百個。


 そうやって増やせばいい。


 俺は三枚の銅貨を握りしめた。


 100万リル。


 現在の貯金。


 3リル。


 ついに。


 本当に。


 貯金が始まった。


「……絶対使わないぞ」


 今度こそ。


 絶対に。


 この3リルは使わない。


 そう決意した。


 パン屋の店内から。


 焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。


「…………」


 めちゃくちゃいい匂いだった。

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