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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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今度こそ、できたかも

翌朝。


 目が覚めた。


 天井を見た。


 三秒後。


「石鹸!」


 布団を蹴飛ばして起き上がる。


 昨日より早い。


 最近の俺は、朝起きて庭へ走るのが日課になりつつある。


 健康的で大変よろしい。


 目的が金じゃなければ、もっとよろしい。


「頼むぞ……」


 庭の隅に置いてある木箱。


 昨日、俺が全財産の1リルをつぎ込んだものだ。


 正確には1リル分の油だけど。


 どちらにせよ、現在の所持金は再び0リル。


 木箱を覗き込む。


「…………」


 昨日まで液体だったものが。


 固まっていた。


「おお……!」


 触りたい。


 ものすごく触りたい。


 でも昨日、灰汁の扱いには気をつけようと反省したばかりだ。


 俺にも学習能力はある。


 木の棒で表面を軽く押してみる。


 ぐにっ。


「…………」


 柔らかい。


 前世で使っていた石鹸とはだいぶ違う。


 というか。


「なんか……チーズみたいだな」


 もちろん食べない。


 八歳で二度目の人生を終わらせる気はない。


 でも昨日の、ただの油っぽい液体とは明らかに違う。


「できた……のか?」


 分からない。


 見た目だけなら、それっぽい。


 問題は石鹸として使えるかだ。


「レイン?」


 後ろから声がした。


 振り返ると、エレナが立っていた。


「また朝からそれ?」


「固まった」


「あら、本当」


 エレナも木箱を覗き込む。


「これが石鹸?」


「たぶん」


「たぶん?」


「まだ使ってないから」


 俺は木箱から少量だけ取り分けた。


 桶に水を用意する。


 さて。


 問題は誰が試すか。


「…………」


 自分で作った物だ。


 当然、俺が試すべきだろう。


 分かっている。


 分かっているけど。


 灰汁。


 油。


 俺の曖昧な前世知識。


 この三つから生まれた謎の物体を、自分の手につける。


「怖いな」


「じゃあやめなさいよ」


「いや、やる」


 水で濡らした布にほんの少しつける。


 恐る恐るこする。


「…………」


 泡。


 とは呼べない。


 少し白っぽくなる程度だ。


「思ってたのと違う」


「何が?」


「もっとこう……泡が、ぶわーって」


「ぶわー?」


「なんでもない」


 泡立ちは悪い。


 ただ。


 布についた汚れを軽くこすってから、水ですすいでみる。


「あれ?」


 さっきより落ちている。


 もう一度。


 今度は別の汚れた布で試す。


 水だけで洗ったところ。


 作った石鹸を使ったところ。


 比べてみる。


「母さん」


「なに?」


「これ見て」


 エレナが二枚の布を見比べる。


「……こっちの方が綺麗ね」


「だよな?」


「ええ」


「だよな!」


 思わず声が大きくなった。


 やった。


 少なくとも。


 ただの油の塊ではない。


 ちゃんと汚れを落とす力がある。


「できた……」


 胸の奥から、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。


「できた!」


「まだよ」


「え?」


 エレナが冷静に木箱を指さした。


「これ、身体にも使えるんでしょう?」


「その予定」


「じゃあ本当に身体に使って大丈夫なの?」


「…………」


 母は強かった。


 一瞬で現実に戻された。


     ◇ ◇ ◇


 その日の午前中。


 俺は石鹸らしきものを前に腕を組んでいた。


 汚れは落ちる。


 でも、それだけじゃ駄目だ。


 服を洗うだけなら灰汁でもできる。


 俺が作りたいのは、もっと手軽に使えるもの。


 できれば手や身体にも使える石鹸だ。


「試すしかないか……」


 ほんの少し。


 手の甲の狭いところだけ。


 水で濡らして、石鹸を少量つける。


 すぐに洗い流す。


「…………」


 痛くない。


 ヒリヒリもしない。


 しばらく待つ。


「…………」


 何も起きない。


「よし」


「何がよしなんだ?」


「うわっ!」


 いつの間にかガルドが後ろにいた。


「父さん、仕事は?」


「道具取りに来ただけだ。それより完成したのか?」


「たぶん」


「また、たぶんか」


「汚れは落ちた」


「ほう」


 ガルドが木箱を見る。


「これが?」


「そう」


「使っていいか?」


「待って」


「なんでだよ」


「今、安全か確認してる」


「お前、自分で試したのか?」


「ちょっとだけ」


 ガルドの顔から笑いが消えた。


「レイン」


「なに?」


「そういうのは先に言え」


 珍しく低い声だった。


「知らない物を作るのはいい。でも、危ないかもしれないなら一人で勝手に試すな」


「……はい」


 これは反論できない。


 前世の知識がある。


 だから大丈夫。


 どこかで、そう思っていたのかもしれない。


 でも実際の俺は。


 石鹸の作り方すらまともに覚えていない。


「次から父さんか母さんに言え」


「分かった」


「よし」


 ガルドの表情が戻った。


「で、俺も使っていいか?」


「話聞いてた?」


「お前が大丈夫なら平気だろ」


「そういう話じゃない」


 この父親、たぶん俺より雑だ。


     ◇ ◇ ◇


 数日後。


 石鹸らしきものは、さらに水分が抜けて少し硬くなっていた。


 俺はその間、毎日少しずつ様子を確認した。


 見た目。


 匂い。


 汚れの落ち方。


 少量を使ったときに、肌に異常が出ないか。


 完璧とは言えない。


 泡立ちは悪い。


 匂いも良くない。


 形も不格好。


 前世の店に並んでいた石鹸と比べれば、百点満点で二十点くらいだ。


 でも。


「使える」


 これは大きい。


 俺の曖昧な記憶だけでも。


 この世界にない物を、一つ形にできた。


「母さん」


「なに?」


「これ、使ってみて」


 洗濯をしていたエレナに、小さく切り分けた石鹸を渡す。


「大丈夫なの?」


「数日試した。今のところ平気」


「今のところって言われると怖いんだけど」


「俺もそう思う」


「レイン?」


「大丈夫。たぶん」


「たぶんをやめなさい」


 エレナは呆れながらも受け取った。


 濡れた布に石鹸をつける。


 こする。


 すすぐ。


「……あら」


「どう?」


「灰汁を用意するより楽ね」


「だろ?」


 来た。


 俺が欲しかった感想だ。


「これなら毎回、灰汁を用意しなくてもいい?」


「たぶん」


「また言った」


「そこはまだ実験中だから」


 エレナはもう一度石鹸を見る。


「でも、便利かもしれないわね」


 その一言。


 俺の頭の中で何かが鳴った。


 便利。


 この世界の人間が。


 俺の説明を聞いてではなく。


 実際に使って。


 便利だと言った。


「母さん」


「なに?」


「これ、いくらなら買う?」


「え?」


 エレナが俺を見る。


「売るつもりなの?」


「もちろん」


「…………」


「何その顔」


「本当に川に落ちてから変わったわね、あなた」


「そう?」


「前はお小遣いをもらったら、その日のうちにお菓子に使ってたのに」


「…………」


 元のレイン。


 やっぱりお前。


 俺と同類だな。


「今は違う」


 胸を張る。


「俺は貯金するんだ」


「貯金?」


「そう」


「昨日、初めて稼いだ1リルを全部油に使ったってガルドから聞いたけど」


「…………」


 俺は黙った。


「それは投資だから」


「そう」


「将来のために必要な出費」


「はいはい」


 信用されていない。


 なぜだ。


 まだこの世界では浪費らしい浪費なんてしていないのに。


 前世の俺なら、もっとひどかったぞ。


 ……比較対象が間違っている気もする。


「とにかく」


 俺は残った石鹸を見る。


 見た目は悪い。


 匂いも微妙。


 泡立ちもいまいち。


 まだまだ改良は必要だ。


 だけど。


 売れるかもしれない。


 そう思えるところまでは来た。


 100万リル。


 現在の貯金。


 0リル。


 今世で稼いだ金。


 1リル。


 そして、その1リルは。


 すでに全部使った。


「…………」


 いや。


 これは浪費じゃない。


 投資だ。


 たぶん。

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