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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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まあ、失敗は成功のもとってことで

翌朝。


 俺は目を覚ますと、着替えもそこそこに庭へ飛び出した。


「さて……」


 昨日、油と灰汁を混ぜて木箱へ流し込んだ。


 一晩置けば固まる。


 そんな気がしていた。


 いや、正直に言おう。


 何日置けばいいのかなんて知らない。


 でも一晩も待ったんだ。


 少しくらい変化していてもいいだろう。


 木箱を覗き込む。


「…………」


 黄色っぽい液体が溜まっていた。


 以上。


「固まってねえ」


 木箱を少し傾ける。


 たぷん。


「…………」


 反対に傾ける。


 たぷん。


「…………」


 昨日とほとんど変わってないじゃん。


 むしろ、上の方に油っぽいものが浮いている。


「嘘だろ」


 俺の100万リルへの第一歩が。


 たぷんたぷんしている。


「おはよう、レイン」


 声に振り返ると、ガルドが仕事場へ向かうところだった。


「父さん」


「どうだった?」


「見て」


 ガルドが木箱を覗く。


「おお」


「どう?」


「液体だな」


「見れば分かるよ」


「完成じゃないのか?」


「石鹸は固体なの」


「俺は石鹸を知らねえ」


「そうだった」


 この世界の人間に正解を聞いても仕方がない。


 ガルドは木箱を指でつつこうとした。


「待った!」


「なんだよ」


「触らない方がいい」


「なんで?」


「灰汁って強いと危なかった気がする」


「お前、そんなもん庭で作ったのか?」


「…………」


「母さんに言うぞ」


「やめてください」


 完全に忘れていた。


 灰汁はアルカリ性だ。


 濃ければ皮膚に良くない。


 というか、昨日の俺。


 普通に木の棒でぐるぐる混ぜてたな。


「……次から気をつけよう」


「次もやる気なのか」


「当たり前だろ」


 失敗した。


 だから終わり。


 そんなことをしていたら何も作れない。


 むしろ一回目で成功すると思っていた昨日の俺がおかしい。


「まあ、失敗は成功のもとってことで」


「なんだそれ」


「俺のありがたい言葉」


「八歳が言うと腹立つな」


 ガルドは笑いながら仕事場へ向かっていった。


 さて。


 問題はここからだ。


     ◇ ◇ ◇


 失敗した原因。


 一、灰汁の作り方が間違っている。


 二、油との割合が違う。


 三、混ぜる時間が足りない。


 四、そもそも作り方そのものが間違っている。


「…………」


 多いな。


 何一つ分かっていないのだから当然だ。


 ただ、一番怪しいのは灰汁だと思う。


 昨日は灰に水を入れて、少し待っただけ。


 今思えば、あまりにも適当だった。


「もっと濃くするのか?」


 前世の記憶を探る。


 昔、テレビか動画で見たような気がする。


 灰に水を通して。


 出てきた液体を使って。


 それを油と混ぜる。


「……たぶん」


 相変わらず、頼りになるのは曖昧な記憶だけだった。


 でも試すしかない。


「母さん!」


 家へ戻る。


「油ちょうだい!」


「駄目」


「まだ何も説明してない!」


「昨日あれだけ使ったでしょう?」


 台所にいたエレナは振り返りもしなかった。


「昨日のは失敗した」


「でしょうね」


「なんで分かるの?」


「庭に置いてあるじゃない」


「ああ」


 見られていた。


「だから、もう一回試したい」


「駄目」


「少しだけ!」


「駄目です」


「将来何倍にもなって返ってくるから!」


 エレナの手が止まった。


 ゆっくり振り返る。


「レイン」


「はい」


「どこでそんな言葉覚えたの?」


「…………」


 八歳児だった。


 忘れていた。


「父さん」


「嘘ね」


「早いな」


「ガルドがそんな言い方するわけないでしょう」


 父親への理解度が高い。


「とにかく、油は駄目。安いものじゃないんだから」


「でも……」


「昨日使った分だって、12リルの瓶の四分の一くらいよ」


「え」


 12リル。


 その四分の一。


 3リル。


 前世の感覚なら約300円。


 たった300円。


 そう思いかけて、やめた。


 俺の現在の所持金。


 ゼロリル。


 3リルだろうが、1万リルだろうが、払えないことに変わりはない。


「……働くか」


「え?」


「なんでもない」


 実験を続けるには金がいる。


 しかし金を稼ぐために実験している。


 実験するための金を稼ぐためには――。


「金がいる……」


 詰んでないか?


     ◇ ◇ ◇


「父さん」


「今度はなんだ?」


 仕事場へ行くと、ガルドが椅子の脚を削っていた。


 木の香りが鼻に入る。


「仕事ください」


 ガルドの手が止まった。


「……誰が?」


「俺が」


「なんで?」


「金が必要だから」


 ガルドはしばらく俺を見つめたあと、笑い出した。


「何がおかしいんだよ」


「いや、お前が金欲しいなんて言うの初めてだからな」


「そうなの?」


「今までは欲しい物があったら『買って』だった」


「…………」


 元のレイン。


 お前もそっち側だったのか。


 妙な親近感が湧いた。


「で、何すれば金くれる?」


「そうだな」


 ガルドが仕事場を見回す。


「木くず集めて掃除してくれ」


「いくら?」


「1リル」


「安っ」


「じゃあ自分でやる」


「やります!」


 即答した。


 俺は箒を借りた。


 床には木を削ったときに出た細かな木くずや、薄い削りかすが散らばっている。


 それを集めていく。


 八歳の身体には、思ったより箒が大きい。


「くっ……」


 掃く。


 集める。


 掃く。


 集める。


 地味だ。


 とてつもなく地味だ。


 異世界転生。


 現代知識。


 百万リルを目指す主人公。


 現在、父親の工房を掃除中。


「思ってた異世界生活と違うな……」


「何か言ったか?」


「なんでもない」


 三十分ほどかけて仕事場を掃除した。


「これでいい?」


 ガルドが床を見る。


「まあ、いいだろ」


 腰につけていた革袋から、小さな銅貨を一枚取り出した。


「ほら」


 手のひらに落ちてくる。


 小さな銅貨。


 1リル。


「…………」


 俺はしばらくそれを眺めた。


 前世なら、たった100円くらいの感覚だ。


 でも。


 自分で働いて手に入れた。


 今世で初めて稼いだ金。


「おお……」


 なんか嬉しい。


「そんなに喜ぶほどか?」


「記念すべき1リルだから」


「そうか」


 ガルドはよく分かっていない顔をしている。


 俺は銅貨を握りしめた。


 100万リルまで。


 あと、999,999リル。


「…………」


 数えるんじゃなかった。


     ◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 俺は再びエレナのところへ向かった。


「母さん」


「なに?」


 手のひらを開く。


 1リル。


「これで油売って」


 エレナが目を丸くした。


「どうしたの、そのお金」


「父さんの仕事手伝って稼いだ」


「あら」


 少し驚いたあと、エレナが笑った。


「そこまでして作りたいの?」


「作りたい」


「どうして?」


 俺は少し考えた。


 100万リル稼ぎたいから。


 とは、さすがに言いづらい。


「本当にできたら、便利だと思うから」


 嘘ではない。


 石鹸があれば生活はかなり変わる。


 エレナは俺をしばらく見つめていた。


「……分かったわ」


「ほんと?」


「1リル分だけね」


「ありがとう!」


「でも、これで最後」


「え?」


「次に失敗したら、もう油は使わせません」


「…………」


 あと一回。


 急にプレッシャーが重くなった。


 エレナから少量の油を受け取る。


 今度は絶対に無駄にできない。


 まず灰汁から見直す。


 昨日より灰を多く使う。


 水を直接混ぜるのではなく、布に灰を包み、その上から少しずつ水を通してみた。


 下の容器へ、色のついた液体が落ちていく。


「こっちの方が、それっぽいな」


 問題は濃さだ。


 測る道具なんてない。


 舐める?


「……いや、死にたくない」


 第二の人生、四日目。


 石鹸作りで死亡。


 笑えない。


 できた灰汁を少量だけ使う。


 油も昨日より少なく。


 今度は最初から少し温めながら混ぜてみる。


 ぐるぐる。


 ぐるぐる。


 ひたすら混ぜる。


「まだか……」


 腕が痛い。


 それでも続ける。


 十分。


 二十分。


 三十分。


 そして。


「あれ?」


 昨日とは明らかに違った。


 液体が白っぽくなっている。


 さらに混ぜる。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが。


 とろみが出てきた。


「おお……」


 木の棒を持ち上げる。


 どろりと液体が落ちる。


「これ……来たんじゃない?」


 昨日より明らかにそれっぽい。


 俺は慎重に木箱へ流し込んだ。


 あとは待つ。


「頼むぞ……」


 これが失敗したら。


 油はもう使わせてもらえない。


 所持金も、またゼロ。


 そして何より。


 100万リルへの道が、開始早々閉ざされる。


 木箱を見つめる。


「固まれ」


 祈る。


「頼むから固まってくれ」


 異世界に転生して初めての祈りが。


 神様でも。


 魔法でも。


 世界平和でもなく。


 油が固まることになるとは思わなかった。

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