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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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まずは、作ってみよう

石鹸。


 前世では、どこの家にでもあるような日用品だった。


 手を洗う。


 身体を洗う。


 汚れを落とす。


 毎日のように使っていたくせに、それがどうやって作られているかなんて考えたこともない。


 それが、この世界では見当たらない。


「……これは、いけるんじゃないか?」


 とはいえ、本当に存在しないと決まったわけじゃない。


 俺が知らないだけで、普通に売っている可能性もある。


 まずは確認だ。


 市場を歩き回り、生活用品を扱っていそうな店を探す。


 しばらくして見つけたのは、雑貨を所狭しと並べた小さな店だった。


 桶。


 蝋燭。


 布。


 櫛。


 針。


 革袋。


 いかにも生活用品店という感じだ。


「すみません」


「ん?」


 店番をしていた太ったおばさんが俺を見る。


「汚れを落とすために使う……その、固まったやつってあります?」


「固まったやつ?」


「水につけて、手とか身体を洗うやつ」


「何言ってんだい?」


「ですよね」


 伝わらない。


 少なくとも、この店にはなさそうだ。


「じゃあ、服を洗うときって何使うんですか?」


「灰汁に決まってるだろ」


「灰汁?」


「なんだい、そんなことも知らないのかい」


 おばさんが呆れたような顔をする。


「母ちゃんに聞きな」


「あ、はい」


 店を出る。


「灰汁か……」


 聞いたことはある。


 灰を水に浸して作る、アルカリ性の液体。


 たしか昔は洗濯なんかにも使われていたはずだ。


 ということは。


「やっぱり石鹸は一般的じゃないのか?」


 期待が膨らむ。


 念のため、他の店でも聞いてみた。


 二軒目。


「そんな物は知らないねえ」


 三軒目。


「身体? 水で洗えばいいだろ」


 四軒目。


「香油ならあるぞ」


「いや、違います」


 どうやら少なくとも、この辺りで石鹸は一般的に使われていないらしい。


 もちろん、この町にないだけかもしれない。


 王都へ行けば似た物がある可能性もある。


 それでも十分だ。


 この町で売っていないなら、商売になる可能性はある。


「よし」


 第一段階。


 市場調査、完了。


 次は――。


「作るか」


 問題は、そこだった。


     ◇ ◇ ◇


「母さん、灰ってある?」


 家に帰って最初に聞くと、エレナは怪訝そうな顔をした。


「灰?」


「うん」


「あるけど……何に使うの?」


「ちょっと実験」


「実験?」


 しまった。


 八歳児が使うには少し怪しい言葉だったかもしれない。


「えっと……作りたいものがあって」


「何を?」


「まだ秘密」


 エレナがますます怪訝そうな顔になる。


「川から帰ってきてから、なんだか変ねえ」


「…………」


 ギクリ。


「そう?」


「急に大人みたいなことを言うようになったし」


「気のせいじゃない?」


「そうかしら」


 危ない。


 今後は少し気をつけよう。


 八歳児。


 俺は八歳児。


 心の中で二回唱える。


「それで、灰は?」


「かまどにあるけど、勝手に触っちゃ駄目よ」


「分かった」


「本当に?」


「分かったって」


 信用がない。


 たぶん元のレインのせいだ。


 エレナと一緒に台所へ向かう。


 かまどの中には、昨日使った薪の灰が残っていた。


「これ、少しもらっていい?」


「いいけど……」


 エレナはまだ不思議そうにしている。


「あと、油ってある?」


「料理用ならあるわよ」


「ちょっと欲しい」


「駄目」


「即答!?」


「油は安くないの」


 なるほど。


 重要な情報だ。


「どれくらい?」


「いつも買っているものなら、小瓶で12リルくらいね」


「1,200円……」


「せん?」


「なんでもない」


 12リル。


 俺の感覚なら約1,200円。


 実験で無駄にするには、確かに安くない。


 ましてや俺の所持金はゼロだ。


「ちょっとだけでも?」


「何に使うか教えてくれたら考えるわ」


「……分かった」


 仕方ない。


「汚れを落とせるものを作ろうと思ってる」


「汚れを?」


「うん。手とか身体とか、服とかを洗えるやつ」


「灰汁みたいなもの?」


「似てるけど、もっと使いやすいやつ」


 エレナが首を傾げる。


「そんなもの作れるの?」


「たぶん」


「たぶん?」


「……たぶん」


 自分で言っていて不安になってきた。


     ◇ ◇ ◇


 結局、エレナから少量の油を分けてもらった。


 ただし。


「失敗したら、しばらくおやつ抜きだからね」


「えっ」


「油は高いんだから」


「……はい」


 開始前から損失が発生している。


 いや。


 まだ失敗すると決まったわけじゃない。


 これは投資だ。


 将来100万リルを稼ぐための先行投資。


「よし」


 庭に必要なものを並べる。


 灰。


 水。


 油。


 木の棒。


 使っていいと言われた古い容器。


 以上。


「…………」


 俺は腕を組んだ。


 さて。


 どうする?


 前世で石鹸を作った経験なんて当然ない。


 ただ、何かで見た記憶はある。


 灰からアルカリ性の液体を作る。


 それと油を混ぜる。


 そうすると石鹸になる。


「簡単じゃん」


 問題は。


 灰と水を、どれくらいの割合で混ぜるのか。


 どのくらい置くのか。


 油をどのくらい入れるのか。


 温めるのか。


 冷やすのか。


 どのくらい混ぜるのか。


 何一つ分からない。


「…………」


 いや。


 やってみればいい。


 失敗したら調整する。


 俺には時間がある。


 何しろ八歳だ。


「まずは灰汁だな」


 容器に灰を入れる。


 そこへ水を注ぐ。


 木の棒で混ぜる。


 灰色の濁った液体ができた。


「……これで合ってんのか?」


 猛烈に不安だ。


 少し置いた方がいい気がする。


 なんとなく。


 俺はしばらく待った。


 そして上の方に溜まった液体を、別の容器へ移す。


「たしか、これを油に……」


「レイン」


「うわっ!」


 突然後ろから声をかけられ、肩が跳ねた。


 振り返る。


 仕事場から戻ってきたガルドが立っていた。


「何やってんだ?」


「父さん……」


 ガルドが庭に並んだ灰と油を見る。


「泥遊びにしちゃ妙だな」


「石鹸作ってる」


「せっけん?」


 当然の反応だった。


「汚れを落とす道具」


「灰汁じゃ駄目なのか?」


「もっと使いやすい……予定」


「予定か」


 ガルドが笑う。


「面白そうじゃねえか」


「え?」


「やってみろ」


 意外だった。


「止めないの?」


「危ねえことじゃなきゃな」


 そう言ってから、ガルドが容器を覗き込む。


「ただ、それ母さんの油だろ」


「…………」


「失敗したら怒られるぞ」


「もうおやつ賭けてる」


「そりゃ大変だ」


 全然大変そうじゃない顔で笑っている。


「父さんも手伝ってよ」


「なんで俺が」


「職人でしょ?」


「家具のな」


「物作りのプロじゃん」


「ずいぶん雑なくくりだな」


 そう言いながらも、ガルドは俺の隣にしゃがんだ。


 こうして。


 三十過ぎの元浪費家と。


 何も知らない家具職人による。


 異世界石鹸作りが始まった。


     ◇ ◇ ◇


「油、入れるぞ」


「おう」


「少しずつな」


「おう」


 油を灰汁らしき液体へ入れる。


 木の棒で混ぜる。


 ぐるぐる。


 ぐるぐる。


 ぐるぐる。


「…………」


 十分経過。


「まだ?」


「たぶんまだ」


 さらに混ぜる。


「…………」


 二十分経過。


「腕痛えぞ」


「俺も」


 三十分経過。


「レイン」


「なに」


「これ、本当にできるのか?」


「できる」


「なんで分かる?」


「…………」


 前世で石鹸が存在したから。


 とは言えない。


「勘」


「お前、さっきから勘でやってねえか?」


 鋭い。


 それでも混ぜ続ける。


 すると。


「あ」


 少しだけ液体の様子が変わった。


 油と水が分離していたものが、白っぽく濁っている。


「父さん」


「おう」


「なんかそれっぽくない?」


「何が正解か知らねえから分からん」


「俺も知らない」


「駄目じゃねえか」


 もっともだった。


 それでも期待しながら混ぜ続けた。


 やがて液体は少しだけ、とろみを帯びてきた。


「おお……!」


「お?」


「きたんじゃない?」


「だから俺に聞くな」


 俺は用意していた小さな木箱に、それを流し込んだ。


 あとは固まるのを待つ。


 たしか。


 たぶん。


「完成?」


「……たぶん」


「さっきからそれしか言ってねえな」


 ガルドが笑った。


 俺は木箱を見つめる。


 見た目だけなら、それっぽい。


 これが固まれば。


 石鹸になる。


 はずだ。


 もし成功していたら。


 これを売る。


 金を稼ぐ。


 そして、その金を貯める。


 100万リルへの第一歩。


「よし」


 思わず笑みがこぼれる。


「これで俺も金持ちへの――」


「レイン」


 家の中からエレナの声がした。


「はい?」


「油、思ったより減ってるんだけど」


「…………」


 俺は木箱を見る。


 ガルドを見る。


 ガルドは無言で立ち上がった。


「父さん?」


「仕事に戻る」


「ちょっと待って」


「頑張れ」


「裏切るなよ!」


 ガルドは笑いながら逃げていった。


 俺は一人、庭に取り残される。


「レイン?」


 再び母の声。


「…………」


 100万リル。


 現在の貯金。


 ゼロリル。


 そして。


 どうやら早くも、赤字らしい。

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