欲しい時に、買えるとは限らない?
カラムから運ばれてきた油は、マヨネーズにも問題なく使えた。
味や匂いは少し違ったけど、肉と野菜を挟んだパンに合わせればほとんど気にならない。それでいて、普段ミラの店で使っている油より少し安い。
なら、次に確認することは決まっている。
「同じの、また買えるのかな」
一本だけ安く買えても、それがなくなったら終わりでは商品には使いにくい。昨日の商人は、次にいつリーネへ来るか分からないと言っていた。
こういうときは、頼れる人がいる。
「……ハンスさんに聞くか」
最近、何かあるたびに相談している気がするけど、気にしないことにした。
◇ ◇ ◇
「今日は何だ?」
店へ入るなり、ハンスに言われた。
「まだ何も言ってないけど」
「その帳面を持って相談に来るときは、大抵何かある」
「今日は買ってほしいものとかじゃないよ」
「今日は?」
「言葉の綾です」
ハンスは呆れたように笑いながら帳簿を閉じた。ちょうど客が途切れたところだったらしく、話くらいなら聞いてくれるらしい。
「それで?」
「カラムから来た油について聞きたい」
「油?」
「昨日、市場で買ったんだ」
俺はカラム周辺で作られているという油について説明した。料理用として売られていたこと、匂いや味が比較的軽い種類だったこと、ミラの店で試してみても問題なかったこと。
そして、今使っている油より少し安かったこと。
「なるほど。それで、同じものをまた仕入れたいと」
「そう」
「どれくらい?」
「え?」
いきなり詰まった。
「どれくらい欲しいんだ?」
「……なくなったら?」
「それじゃ仕入れの話はできないな」
ですよね。
◇ ◇ ◇
「例えば、毎週この瓶を十本欲しいと言われるのと、二月に一本欲しいと言われるのでは話が違う」
「うん」
「まとまった量なら、扱っている商人に頼んで持ってきてもらう話もできる。少量なら、誰かが持ってきたときに買う方が安いこともある」
「じゃあ、毎週一本なら?」
「だから、まず本当に毎週一本使うのか?」
「……まだ分からない」
「だろうな」
ハンスは少し笑った。馬鹿にしているというより、最初から答えが分かっていた顔だった。
「何に使うんだ?」
「新しく作ってるパンに使う」
「パン?」
「正確には、パンに使うソース」
「また何か始めたのか」
「まだ始めてない。五個だけ売った」
「それは始めてるんじゃないか?」
「試しただけ」
俺は、肉と野菜を挟んだパンに新しく作ったソースを使っていること、そのソースに油をそれなりに使うこと、試しに五個だけ売ったら全部売れたことを説明した。
マヨネーズの材料や作り方までは話さない。
ハンスを信用していないわけではない。ただ、今は仕入れの相談をしているだけで、製法まで説明する必要はない。
「五個か」
「全部売れたよ」
「それは良かったな」
「でしょ?」
「で、次は何個売る?」
「……五個?」
「一月後は?」
「分からない」
「なら、油をどれだけ使うかも分からない」
「そうなるね」
完全に話がつながった。
◇ ◇ ◇
「安定して仕入れること自体は、できそう?」
「その油を扱う商人が複数いるならな。ただ、同じカラム産でも全部同じものとは限らん」
「昨日も二種類あった」
「なら、なおさらだ」
ハンスは店の棚に置いてある瓶を一つ持ち上げた。
「例えば俺が『カラムの油を持ってきてくれ』とだけ頼めば、別の種類が来るかもしれない。お前が欲しいものが決まっているなら、どこの何を扱っている誰から仕入れるのかまで確認した方がいい」
「同じ町の油なら同じ、じゃないんだ」
「お前だって、リーネで作られた鞄なら全部同じだと思われたら困るだろ?」
「ああ」
分かりやすい。
ダリオの作る背負い鞄と、別の職人が作った普通の鞄は違う。同じ町で作られているというだけで、一緒にはできない。
「あと、値段も変わるぞ」
「やっぱり?」
「作れた量、道の状態、運ぶ商人の都合。いつも同じとは限らん」
「面倒だなあ」
「商売なんてそんなもんだ」
「もっと簡単に儲かりたい」
「そんな方法があったら俺がやってる」
「教えてくれないだけじゃなくて?」
「帰れ」
「まだ聞きたいことあるから嫌です」
ハンスが笑いながら手を振った。
昔なら本当に追い出されそうになっていた気もするけど、今ではこのくらいのやり取りはいつものことになっている。
◇ ◇ ◇
「でも、ハンスさんなら仕入れられる?」
「条件が分かれば探すことはできる」
「おお」
「まだ頼むなよ」
「分かってるって」
「なら先に、そのパンが本当に続けて売れるか見ろ」
「やっぱりそこ?」
「五個売れたのは悪くない。だが、一日だけだろ」
毎日売れるのか。
たまにしか売れないのか。
朝に売れるのか、昼に売れるのか。
それによって必要な油の量も変わる。
昨日、昼飯用に買っていった客がいたことを思い出す。あれもただ一個売れたというだけじゃなく、誰がいつ買ったのかという情報だった。
「あと、ミラの店がどれくらい作れるかも聞いておけ」
「作れる量?」
「売れるからって百個作れるわけじゃないだろ」
「それは無理」
「なら、仕入れだけ増やしても仕方ない」
確かにそうだ。
材料が安く買えるから大量に買う。大量に買ったから大量に作る。そして作ったから頑張って売る。
順番が逆だ。
「売れる数を見てから、必要な量を決める」
「そういうことだ」
「それから仕入れ?」
「必要ならな」
俺は帳面に書いておく。
先に需要。
次に必要量。
その後に仕入れ。
当たり前のような気もするけど、安いものを見つけると、その当たり前を忘れそうになる。
◇ ◇ ◇
「ところで」
ハンスが俺の帳面を見ながら言った。
「そのソース、誰が考えた?」
「俺」
「作れるのは?」
「俺とミラ。ミラのお父さんも、どんなものかは知ってる」
「他には?」
「いないと思う」
ハンスは少し考えてから、俺を見る。
「なら、作り方はあまり外で喋らない方がいいかもしれんな」
「なんで?」
「売れるものになるなら、作り方そのものに価値が出ることもある」
「作り方に?」
「商品だけが売り物とは限らん」
その言葉で、少し考える。
今まで俺は、石鹸なら石鹸を売るものだと思っていた。背負い鞄なら、出来上がった背負い鞄を売る。
でも、誰かが欲しがるなら。
作り方を知っていること自体にも、値段がつくのかもしれない。
「じゃあ、秘密にした方がいい?」
「何でも隠せとは言わん。だが、知らない相手にわざわざ全部説明する必要もないだろ」
「なるほど」
「お前、聞かれたら説明しそうだからな」
「そんなことないよ」
「本当か?」
「昨日の商人には言ってない」
「ならいい」
少しだけ安心した。
昨日は何に使う油か聞かれて、パンに合わせるソースとしか説明しなかった。材料も作り方も話していない。
今思えば、それで正解だったらしい。
◇ ◇ ◇
ハンスの店を出たあと、そのままミラのパン屋へ向かった。
「もう一回、五個売ろう」
「急に来てそれ?」
ミラは昼用のパンを並べながら笑った。
「油の仕入れについてハンスさんに聞いてきた」
「どうだった?」
「先にどれくらい使うか決めろって」
「まあ、そうだよね」
「ミラまで」
「だって、まだ五個しか売ってないもん」
俺だけが少し先へ行きすぎていたらしい。
「だから、もう一回五個」
「同じパンを?」
「うん。今度は昨日買った油で作ったマヨネーズを使う」
「それはいいかもね」
前回との違いは油だけ。
それで同じように売れるなら、少なくとも新しい油へ変えたことで大きく商品が悪くなった可能性は低い。
「それと、売れた時間も見たい」
「朝とか昼とか?」
「そう。誰が買ったかも、分かる範囲で」
「なんか急にちゃんと商売してるね」
「今までもしてたよ?」
「どうかなあ」
ミラが笑う。
失礼な。
でも、俺自身も少しだけそう思う。
◇ ◇ ◇
「あと、ハンスさんに言われたんだけど」
「うん?」
「マヨネーズの作り方、他の人にはあんまり話さない方がいいかも」
「どうして?」
「作り方自体に値段がつくこともあるんだって」
ミラは少し驚いた顔をした。
「作り方を売るってこと?」
「そういうこともできるみたい」
「へえ……」
二人で少し黙る。
俺もまだ、その価値がどれくらいなのかは分からない。
そもそも五個売れただけのパンに使っているソースだ。誰かが作り方を金を出してまで欲しがるかなんて、今は分からない。
「じゃあ、お父さんにも言っておく」
「お願い」
「レインが考えたものだしね」
「ミラと一緒に作ったけどね」
「でも、最初に作ろうって言ったのはレインでしょ?」
「じゃあ半分くらい俺?」
「そこは急に取り分の話になるんだ」
「商売だから」
「はいはい」
ミラが笑いながら、軽く俺の頭を撫でた。
子供扱いするなと言おうとして、やめた。
今の見た目は普通に十三歳だった。
◇ ◇ ◇
次の試験販売も、五個。
いきなり十個には増やさない。
前回と同じくらいの値段で、今度はカラムから来た油を使ったマヨネーズにする。
売れ方を見る。
作る手間を見る。
それから、どれくらい油が必要になるのか考える。
仕入れの話はその後だ。
「欲しい時に買えないなら、欲しい時に買えるようにすればいい」
ただし、そのためには先に「どれくらい欲しいのか」を知らなければならない。
商売って、順番が多い。
でも一つずつ確認していけば、少なくとも樽いっぱいの油を抱えて途方に暮れることはなさそうだった。




