↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/264

もっと楽に混ぜられない?

翌朝。


 目が覚めて最初に思ったのは、白いソースのことだった。


 正確には、味ではない。


「……もっと楽に混ぜられないかな」


 昨日は少量作っただけなのに、結構腕が疲れた。


 五個だけ試しに売るなら何とかなる。でも、もし売れて十個、二十個と増えたら、そのたびにミラか誰かが木べらで混ぜ続けることになる。


 それは嫌だ。


 俺がやるのも嫌だし、ミラにやらせ続けるのも違う。


 商売になるかもしれないものを思いついても、作る側が嫌がるようになったら続かない。


「混ぜる道具……」


 前世にはあった。


 泡立て器。


 名前は覚えている。


 形も、なんとなく分かる。


 持ち手があって、その先に細い金属が何本か丸く広がっている。


「……どうなってたっけ」


 そこから先が怪しい。


 料理番組で見た。


 家にもあった。


 たぶん何度か使ったこともある。


 でも、細い金属が何本だったかなんて覚えていないし、どうやって持ち手に固定されていたのかも知らない。


 いつものやつだ。


 知ってる。


 でも、作れない。


「とりあえずミラに聞くか」


 こういうときは、実際に使う人に聞く。


 それも五年間で覚えた。


     ◇ ◇ ◇


「もっと楽に混ぜたい?」


「うん」


 朝の忙しい時間が終わったパン屋で、俺は昨日使った木べらを持っていた。


 ミラはパンを並べながら、ちらっとこっちを見る。


「昨日、道具がどうとか言ってたやつ?」


「そう」


「何か思いついた?」


「一応」


「その言い方、不安だなあ」


「俺もまだ不安」


「じゃあ聞くだけ聞く」


 俺は木べらを置いた。


「こういう板みたいなので混ぜるんじゃなくて、もっと細いやつを何本かまとめた道具」


「細いやつ?」


「うん。こう……」


 指で空中に形を描く。


 伝わらない。


 自分でも何を描いているのか分からない。


「先が丸く広がってて」


「丸い?」


「細い棒が何本かあって」


「棒?」


「棒というか……線?」


「線は持てないよ」


「だよね」


 説明が難しい。


 俺は紙を借りて、覚えている泡立て器を描いてみた。


「こんな感じ」


「……何これ」


「だから混ぜる道具」


「虫かと思った」


「そんなに絵下手?」


「上手くはない」


 知ってた。


     ◇ ◇ ◇


 ミラは俺の絵をしばらく見ていた。


「これ、先が何本にも分かれてるの?」


「そう」


「なんで?」


「……混ざりやすいから?」


「聞かれても」


「前に使ったことがある気がするんだよ」


「また昔?」


「そう。昔」


 十三歳の昔。


 もうミラも深く突っ込まなくなってきた。


「でも、金属で作ったら高くない?」


「あ」


「こんな細いの何本も作ってもらうんでしょ?」


「……高そう」


 いきなり問題が出た。


 たった五個の試験販売のために、専用の金属道具を職人へ頼む。


 それは違う。


 売れるかどうかすら分からない。


「駄目だな」


「諦めるの早いね」


「だって道具代で赤字になったら意味ないじゃん」


「レインらしくない」


「どういう意味?」


「昔なら先に作ってた」


 否定できない。


 五年前の俺なら、「必要経費!」と言いながら職人のところへ走っていた可能性が高い。


「成長したんです」


「自分で言うんだ」


「誰も言ってくれないから」


 ミラが笑った。


     ◇ ◇ ◇


「でもさ」


 ミラが木べらを持つ。


「これが混ぜにくいのは本当なんだよね」


「でしょ?」


「先が広いから重いし、器の中をぐるぐる回してるだけになる」


「じゃあ細くすれば?」


「一本?」


「一本……」


 二人で考える。


 細い棒一本で混ぜる。


 たぶん木べらより軽い。


 でも、泡立て器とはかなり違う。


「二本なら?」


 ミラが言った。


「二本?」


「細い棒を二本持って混ぜる」


「箸みたいな?」


「はし?」


「……細い棒二本」


「今私が言ったでしょ」


「そうでした」


 箸も普通に説明が面倒だった。


 俺たちは厨房にあった細い木の棒を二本借りてみることにした。


 もちろん、いきなり卵と油を使うわけじゃない。


 まずは水で試す。


「……分からないね」


「水じゃね」


「じゃあ何混ぜる?」


 ミラが少し考え、パンを作るときに使う材料を少量だけ器へ入れた。


 少し粘りがある。


「これなら?」


「やってみよう」


 木べら。


 細い棒一本。


 二本。


 順番に混ぜてみる。


「二本の方が軽い」


「でも持ちにくい」


「ずれるね」


「指疲れる」


 完璧ではない。


 でも、何となく方向は見えてきた。


「二本をくっつければ?」


「持つところだけ?」


「そう」


 先は少し離す。


 持ち手側だけ固定する。


 それなら二本を別々に持つ必要がない。


「それなら木で作れる?」


「たぶん」


「誰に聞く?」


 二人とも少し黙った。


「……父さん?」


「ガルドさんだね」


 また父さんだった。


     ◇ ◇ ◇


「今度は何だ?」


 工房へ行くと、父さんは作業台で小さな棚の部品を削っていた。


「ちょっと相談」


「最近相談多くないか?」


「頼られる父親っていいでしょ」


「金にならねえ相談ばっかりだけどな」


「今回は仕事になるかも」


「本当か?」


「たぶん」


「急に怪しくなったな」


 俺はミラと考えたものを説明する。


 細い木の棒を二本。


 持ち手側で固定。


 先は少し離す。


 液体を混ぜるための道具。


 父さんは話を聞いてから、俺の絵を見る。


「……これ何だ?」


「ミラにも言われた」


「虫か?」


「なんで二人とも同じ感想なの?」


 そんなに虫っぽいらしい。


「これをそのまま作ってほしいわけじゃないよ」


「じゃあ何だ?」


「木で、簡単に作れるやつが欲しい」


「どれくらい簡単に?」


「できれば安く」


「お前、そればっかりだな」


「大事だから」


 父さんは少し考えると、工房の端にある木材の切れ端を探し始めた。


     ◇ ◇ ◇


「売り物じゃないなら、こんなんでいいだろ」


 父さんが持ってきたのは、細長い木の端材だった。


 家具を作ったときに余ったものらしい。


「これなら捨てるところだった」


「無料?」


「その顔やめろ」


「いや、嬉しくて」


「少し削る手間はかかるぞ」


「それは払う」


「試すだけならいい。五分もかからん」


「父さん好き」


「現金だな、お前」


 父さんが笑いながら木を削る。


 二本の細い棒。


 手で持つ部分だけを簡単に固定し、先端側には隙間を残す。


 前世の泡立て器とは全然違う。


 でも目的は同じだ。


 楽に混ぜる。


「これでいいのか?」


「分かんない」


「おい」


「だから試すんだよ」


「それなら最初からそう言え」


 言った気がする。


     ◇ ◇ ◇


 パン屋へ戻り、ミラに見せる。


「早いね」


「端材で作ってくれた」


「ガルドさんにちゃんとお礼言った?」


「言った」


「本当に?」


「言ったって」


 母親みたいになってきた。


 昨日と同じように、まず少量で試す。


 卵と酢。


 そこへ油を少しずつ。


 今度は新しい二本棒の道具で混ぜていく。


「どう?」


「木べらより軽い」


「おお」


「でも……」


「でも?」


「そんなにすごくはない」


「ですよね」


 分かっていた。


 泡立て器ではない。


 ただの木の棒二本だ。


 それでも木べらより抵抗が少なく、混ぜる動きは少し楽になった。


「これなら五個分くらいは?」


「全然できる」


「十個は?」


「まあ」


「二十個」


「レインが混ぜるなら」


「じゃあ十個まで」


「なんで?」


「持続可能性」


「難しい言葉で逃げないで」


 ミラが笑う。


     ◇ ◇ ◇


 出来上がったソースも、昨日とほぼ同じだった。


 ちゃんととろみがある。


 味も悪くない。


「道具変えても作れるね」


「うん」


「じゃあこれで五個、いける?」


「いけると思う」


 ミラが頷く。


 とりあえず十分だ。


 いきなり大量生産するわけじゃない。


 五個売るために必要な手間を少し減らせた。


 今はそれでいい。


「もっと売れるようになったら?」


 ミラが聞く。


「そのとき考える」


「珍しい」


「何が?」


「レインなら今から二百個作る方法考えそう」


「俺だって学習するよ」


 売れるか分からないのに設備へ金をかけない。


 これは大事だ。


 前世の俺にも教えてやりたい。


     ◇ ◇ ◇


 帰る前に、新しい道具をもう一度見る。


 二本の木の棒を固定しただけ。


 格好よくもない。


 新発明と呼ぶほどでもない。


 でも、木べらより少し楽になった。


「これでいいんだよな」


 完璧な泡立て器を再現する必要はない。


 今困っていることを、少しだけ楽にする。


 それで商売が一歩進むなら十分だ。


「明日、五個作る?」


 ミラが聞く。


「やろう」


「本当に売るよ?」


「そのために作ったんだから」


「売れなかったら?」


「食べる」


「誰が?」


「……みんなで?」


「レイン多めね」


「なんで?」


「言い出した人だから」


 またそれだ。


 でも五個なら、最悪全部食べられる。


 材料も大量には余らない。


 道具にもほとんど金を使っていない。


 今度こそ、小さく試す準備はできた。


「よし」


 白いソースを使ったパン。


 まずは五個。


 売れるかどうか。


 明日、ようやく答えが出る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。