紹介するだけじゃ、駄目なの?
翌朝、俺はハンスの店へ向かった。
昨日のことを考えていたら、少し面白くなってきたのだ。
外から来た商人が困っている。俺がリーネの職人を紹介する。仕事が決まれば職人は儲かるし、商人も助かる。そこで俺が少しだけ紹介料をもらう。
作らない。
運ばない。
店もいらない。
「……かなりよくない?」
ほとんど金がかからない。
貯金を減らさずに稼げる。
俺が求めていた商売に近い気がする。
ただし、昨日の最後に決めた通り、勝手に始める前に一度ハンスに聞く。
「おはよう」
「おう」
「ちょっと相談がある」
「今日は買い物じゃないのか」
「最初から期待してないでしょ」
「まあな」
信用がない。
◇ ◇ ◇
俺は昨日のロムと父さんの話をした。
木箱が壊れて困っていたロムを父さんの工房へ連れていったこと。父さんが修理して、ロムが喜んで金を払ったこと。そして、そのおかげで俺もカラムについて少し詳しく話を聞けたこと。
ハンスは途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。
「それで思ったんだけど」
「紹介料を取ろうと思った」
「なんで分かったの?」
「お前が嬉しそうだからだ」
そんなに顔に出ていたらしい。
「でも、いいと思わない?」
「悪くはない」
「でしょ?」
「話は最後まで聞け」
「はい」
ハンスは少し笑ってから、帳場に肘をついた。
「人をつないで金を取る商売はある。珍しくもない」
「やっぱりあるんだ」
「商人同士をつなぐこともあるし、職人を紹介することもある。大きな取引なら、間に入る人間が必要になることもある」
「じゃあ俺もできる?」
「できるかもしれん」
微妙な言い方だ。
「何が問題?」
「昨日のガルドの修理が失敗してたら、どうした?」
「父さんならちゃんと直すよ」
「そういう話じゃない」
ハンスの声は穏やかだった。
「例えばだ。お前が知らない職人を商人に紹介した。その職人が雑な仕事をした。商人が『レインが腕のいい職人だと言ったから頼んだ』と言ってきたら?」
「……困る」
「逆もある。お前が知っている職人に客を紹介した。仕事が終わったのに、その客が金を払わず町を出たら?」
「もっと困る」
「だろ?」
紹介する。
それだけなら簡単だと思っていた。
でも、その「紹介する」に信用が乗る。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、紹介料取らなければ大丈夫?」
「そう単純でもない」
「まだあるの?」
「金を取らなくても、お前が『この人なら大丈夫』と言えば、それを信じる人はいる」
「……ああ」
「もちろん全部の責任がお前にあるわけじゃない。最終的に仕事を受けるか、頼むかは本人たちが決めることだ。ただ、お前の名前で人をつなぐなら、何かあったときに信用を失う可能性はある」
それは嫌だ。
五年かけて少しずつ作ったものだ。
金なら、減ってもまた稼げる。
信用はどうなんだろう。
失ったことがないから分からない。
いや、失わない方がいい。
「じゃあ昨日のは?」
「あれはいいんじゃないか?」
「いいの?」
「ガルドならお前も仕事を知ってるだろ。それに『直せる』と勝手に約束せず、本人に見てもらったんだろ?」
「うん」
「ロムも値段と仕事の内容を聞いて、自分で頼んだ。お前は二人を会わせただけだ」
なるほど。
そこには結構大きな違いがあるらしい。
「じゃあ、俺が『絶対大丈夫』とか言わなければいい?」
「それも大事だな」
「あと知らない人を適当に紹介しない」
「そうだ」
「勝手に値段を決めない」
「そう」
「仕事できるか本人に確認する」
「そうだな」
少し見えてきた。
◇ ◇ ◇
「でもさ」
俺は帳場の横に置かれた椅子へ座った。
「ハンスさん、俺にセラさんとかダリオさん紹介してくれたじゃん」
「そうだな」
「あれも同じ?」
「似たようなもんだ」
「怖くなかった?」
「お前を紹介した方が怖かったぞ」
「そっち?」
「当たり前だろ」
ハンスが笑う。
「セラには八歳の子供を連れていったんだぞ。しかも、灰と油で何か作りたいと言ってる変な子供だ」
「今聞くとひどいな」
「ダリオのときもそうだ。妙な鞄を作りたいと言い出した」
「結果的には売れたじゃん」
「結果はな」
そう言われると何も言えない。
ハンスは俺が思っていた以上に、いろいろ付き合ってくれていたらしい。
「じゃあ、なんで紹介してくれたの?」
「面白そうだったから」
「それだけ?」
「半分はな」
「残りは?」
「お前が、できないことをできると言わなかったからだ」
一瞬、意味が分からなかった。
「石鹸のときも、作り方を全部知ってるとは言わなかった。鞄も、自分で作れるとは言わなかっただろ」
「まあ、できないからね」
「それでいいんだよ」
ハンスが肩をすくめる。
「できないなら、できるやつに聞く。分からないなら、分かるやつに聞く。商売じゃ、その方が長生きする」
「俺、結構いいことしてたんだ」
「そこで自分を褒め始めるな」
ちょっとくらいいいじゃん。
◇ ◇ ◇
話している途中で、一人の客が店へ入ってきた。
近所に住む女性だった。
「ハンスさん、この前頼んだ金具って入ってる?」
「ああ。昨日届いた」
「よかった。職人さんにも伝えておいてくれた?」
「伝えてある。明日の午後なら見に来られるそうだ」
「助かるわ」
女性は代金を払い、金具を受け取って帰っていった。
俺はそのやり取りをじっと見る。
「今のも紹介?」
「少し違うな。あの人は家の扉を直したい。俺は金具を売ったついでに、それを取り付けられる職人に話を通した」
「ハンスさん、お金もらうの?」
「職人からは取らん。金具が売れてるからな」
「ああ」
一個の仕事から、全部で儲ける必要はない。
商品が売れる。
客が喜ぶ。
職人にも仕事が入る。
それで十分な場合もある。
「紹介したら絶対紹介料、じゃないんだ」
「取る場合もあるぞ。でも、何でも金に変えようとすると人が寄ってこなくなる」
「……耳が痛い」
「お前に言ったんだ」
「知ってる」
危ない。
昨日の俺なら、紹介一件につき何リル取れるか考え始めていた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ俺は、どうしたらいい?」
「まずは今まで通りでいいんじゃないか?」
「無料で紹介?」
「無料って考え方をやめろ」
「え?」
「人をつないだら、その場で必ず金を取らなきゃ損だと思ってるだろ」
「……ちょっと」
「昨日、ロムからカラムの話を聞けたんだろ?」
「うん」
「ガルドには仕事が入った。ロムは助かった。お前は情報を得た。それで十分じゃないのか?」
確かに。
俺の財布には一リルも増えていない。
でも何も得ていないわけじゃない。
「それに、次にロムが来たとき、お前のことを覚えてるかもしれない」
「また話聞ける?」
「それもある。何か面白い商品を持ってくるかもしれないし、お前の商品をカラムへ持っていく話になるかもしれない」
「……そっちの方が大きいかも」
「だろ?」
目の前の一リルを取るより、後で大きな商売になる。
そんなこともあるらしい。
もちろん、必ずそうなるわけじゃない。
でも、人とのつながりを全部その場で小銭に変える必要はない。
◇ ◇ ◇
「信用って、貯金みたいなもん?」
俺が言うと、ハンスが変な顔をした。
「急にどうした」
「すぐ使わないで貯めとくと、あとで役に立つ」
「まあ……間違ってはいないな」
「減ることもある」
「ある」
「増やすのは時間かかる?」
「かかる」
「じゃあ貯金じゃん」
「お前は何でも金に例えないと理解できないのか?」
「分かりやすいから」
俺にとってはかなりしっくりきた。
金だけじゃない。
信用も貯める。
人とのつながりも増やす。
それが後から商売になることもある。
「よし。信用も貯めよう」
「金みたいに袋へ入れられないからな」
「分かってるよ」
「本当か?」
失礼な。
◇ ◇ ◇
店を出る前に、帳面へ今日のことを書いた。
『紹介するなら、自分が知っている相手』
『できるかどうかは本人に確認する』
『値段や条件を勝手に約束しない』
『紹介料を取ることだけが利益じゃない』
そして最後に、
『信用も貯金』
と書いた。
結構いい言葉な気がする。
その下に現在の貯金額も書こうとして、手が止まった。
「……いや、これは別だな」
信用が増えたからといって、3,842リルが3,843リルになるわけじゃない。
そこはちゃんと現金も増やしたい。
「ハンスさん」
「今度は何だ?」
「信用を減らさずに、お金も増やす方法ない?」
「それを考えるのが商売だ」
「ですよね」
簡単には教えてくれなかった。
でもまあ、いい。
ベルクが帰ってくるまで、まだ時間はある。
外の情報を集めながら、リーネで俺にできることも探してみよう。
金を使わず。
信用も使い潰さず。
できれば両方、増える方向で。
欲張り?
いや。
これはたぶん、健全な商売人の考え方だ。




