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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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町が変われば、値段も変わる?

ベルクがリーネを出てから、五日が経った。


 当然、まだ帰ってこない。


 分かっている。エルダまで行くだけでも三日ほどかかるし、そこから商売をして、さらに別の町も回ると言っていた。五日で戻ってきたら、むしろ何かあったんじゃないかと心配するところだ。


 でも、気になるものは気になる。


「売れたかな……」


 朝食のパンを食べながら呟くと、向かいに座っていた父さんが笑った。


「それ、昨日も言ってなかったか?」


「昨日は鞄の方」


「一昨日は?」


「石鹸」


「同じじゃねえか」


 違う。


 俺の中ではちゃんと別件だ。


「一月くらい帰ってこないんでしょ?」


 母さんが温かい飲み物を置いてくれる。


「その予定」


「じゃあ、毎日考えてても分からないじゃない」


「そうなんだけどね」


「だったら別のことしてなさい。待ってたって早く帰ってくるわけじゃないんだから」


 正論である。


 でも俺だって、ただ待っているだけのつもりはない。


 ベルクが戻ってきたときに「売れました」「売れませんでした」と聞くだけじゃ、もったいない気がしていた。


「父さんって、エルダ行ったことある?」


「あるぞ」


「え?」


 思わずパンを置いた。


「なんで今まで言わなかったの?」


「聞かれてねえから」


「最近みんなそれ言うんだけど」


「お前が最近になって外のこと聞き始めたからだろ」


 それもそうだった。


     ◇ ◇ ◇


 父さんがエルダへ行ったのは、何年も前のことらしい。


 家具職人として仕事を始めてしばらくした頃、知り合いの職人に頼まれて荷物を運ぶのを手伝った。その後も材料を見に何度か行ったことがあるという。


「どんな町?」


「リーネより人が多い」


「それはベルクさんにも聞いた」


「あとは……宿が多かったな。飯屋も多い。街道を通る連中が寄るから、知らねえ顔をよく見かける」


「市場は?」


「でかいぞ」


「何売ってる?」


「いろいろ」


「いろいろって何?」


「いろいろはいろいろだ」


 父さんから市場調査をするのは諦めた方がよさそうだ。


 そもそも何年も前の話だ。今の値段を聞いても、あまり参考にならないだろう。


「でも、同じ物でもリーネと値段違った?」


「そりゃ違うだろ」


「結構?」


「物によるな。向こうじゃ安い木が、こっちじゃ高かったりする。逆もある」


「なんで?」


「近くで取れるかどうかだろ。運ぶのにも金がかかるしな」


 なるほど。


 当たり前の話ではある。


 前世でも、産地や輸送費で値段は変わっていた。それを知識としては分かっていたのに、今までリーネの中だけで商売していたせいで、ほとんど意識していなかった。


「じゃあ、リーネで安く買ってエルダで高く売れる物もある?」


「あるんじゃねえか?」


「逆も?」


「あるだろうな」


「……それ、すごくない?」


「今さら行商人の仕事に気づいたのか?」


 父さんが笑う。


 確かに、ベルクがやっているのはまさにそれだった。


     ◇ ◇ ◇


 朝食を終えると、俺は市場へ向かった。


 行き先はもちろんハンスの店だ。


「おはよう」


「今日は何だ?」


「普通に来ちゃ駄目なの?」


「お前が普通に来たことあったか?」


「あるでしょ」


「買い物か、相談か、金の話だ」


「今日は質問」


「ほらな」


 もう驚かれなくなった。


 俺は帳場の近くに寄り、父さんから聞いた話をする。エルダではリーネと同じ物でも値段が違う。近くで取れる物、運ぶのに手間がかかる物、町で必要とされる物によって変わる。


 ハンスは当たり前だという顔で聞いていた。


「それで?」


「エルダの値段、もっと知りたい」


「何の?」


「いろいろ」


「ガルドと同じこと言ってるぞ」


「……石鹸とか革製品とか。あと、リーネで安くて向こうで高い物」


「最後のが本命だろ」


「バレた?」


「顔に書いてある」


 また顔か。


 俺はそんなに分かりやすいんだろうか。


     ◇ ◇ ◇


「まずな」


 ハンスが帳面を閉じる。


「町が違えば値段が違う、までは合ってる」


「うん」


「だから安い町で買って、高い町で売れば儲かる。これも合ってる」


「うんうん」


「でも、それだけなら行商人は全員金持ちだ」


「……あ」


 嫌な予感がする。


「運ぶのに金がかかる。途中で傷む物もある。壊れる物もある。道が悪けりゃ予定より時間もかかる。売れなきゃ持って帰るか、さらに別の町まで運ぶ」


「ベルクさんも似たようなこと言ってた」


「それに、向こうで高く売れると知れたら他の商人も持っていく」


「そしたら?」


「増えれば値段は下がる」


「……商売って面倒だな」


「今さらか?」


 最近「今さら」と言われることが多い。


 でも、リーネの中だけで商売していたときとは考えることが明らかに増えている。


 作る。


 売る。


 利益を残す。


 今まではそれでよかった。


 町の外へ出した瞬間、その間に「運ぶ」が入る。


 たった一個増えただけなのに、急に面倒になる。


「でも、その面倒をベルクさんがやってくれるんだよね」


「だからベルクにも利益が必要なんだ」


「なるほど」


 全部つながっている。


     ◇ ◇ ◇


「ハンスさんはエルダと取引したことある?」


「あるぞ」


「何売った?」


「俺が直接持っていったわけじゃない。ベルクみたいな行商人に商品を渡したことなら何度もある」


「何を?」


「布、小物、木工品。その時々だ」


「儲かった?」


「儲かった物もある。大して残らなかった物もある」


「売れなかった物は?」


「ある」


「何?」


「そこだけ食いつくな」


「気になるじゃん」


 成功した話より失敗した話の方が役に立つ。


 少なくとも今は、そう思える。


 ハンスは少し考えてから、昔扱った木製の食器の話をしてくれた。リーネでは出来がよく値段も手頃だったから、別の町でも売れると思って行商人にまとまった数を渡したらしい。


「売れなかった?」


「売れはした」


「じゃあ成功じゃん」


「向こうにも腕のいい職人がいた。似た物がもっと安く売られてたんだ」


「あー……」


「結局、値段を下げて売った。損はしなかったが、手間を考えりゃほとんど残らなかった」


「なるほど」


 商品がいいだけでは駄目。


 向こうに何があるかも知らないといけない。


 俺の石鹸も同じだ。


 エルダに似た物があることまではベルクから聞いた。


 でも値段も質も分からない。


 三個だけにしておいてよかった。


「……三十個とか渡さなくてよかった」


「最初に三個って決めたのは成長したな」


「もっと褒めていいよ」


「調子に乗るところは変わってないな」


 そこは成長しなくてもいいところだ。


     ◇ ◇ ◇


 店に客が入ってきたので、俺はしばらく商品を見るふりをして待った。


 その間に棚を眺めていると、今までとは少し見え方が変わってくる。


 布。


 木の器。


 金具。


 乾燥させた薬草。


 調味料。


 全部、どこかで作られて、ここまで運ばれてきた物だ。


「これ、リーネで作ってる?」


 客が帰ってから、棚にある小さな金具を指差した。


「いや。南の方から来たやつだ」


「これは?」


「それも外だ」


「じゃあこれ」


「リーネ」


「こっちは?」


「外」


 面白い。


 今まで何度も来ていた店なのに、そんなことを考えて商品を見たことがなかった。


「外から来てる物、結構多いんだね」


「町だけで全部作れるわけじゃないからな」


「じゃあ逆に、リーネから外へ出てる物も結構ある?」


「あるぞ」


「何が多い?」


「加工した木工品は強いな。布も悪くない。あとは時期次第だ」


 ベルクも木工品や布を仕入れると言っていた。


 そこで一つ気づく。


「もしかして、売るだけじゃなくて仕入れるのもあり?」


「何を今さら」


「またそれ!」


 ハンスが笑った。


     ◇ ◇ ◇


 外で安い物を買って、リーネで売る。


 考えてみれば当然だ。


 自分の商品を外へ売ることばかり考えていたけど、商売は逆方向にもできる。


「エルダで安い物をベルクさんに買ってきてもらって、ここで売るとか」


「できるな」


「それ俺もできる?」


「できる。ただし――」


「先にこっちで売れるか調べろ?」


「分かってきたじゃないか」


「あと運ぶ金も考える」


「そうだ」


「壊れるか、傷むかも」


「そう」


「ベルクさんの利益も」


「そうだな」


 なんか商人っぽい。


 十三歳にしてはかなり商人っぽいんじゃないだろうか。


「じゃあ俺、エルダで安い物調べたい」


「どうやって?」


「……ベルクさん帰ってくるまで分からない」


「そうなるな」


 結局そこに戻ってきた。


     ◇ ◇ ◇


 ただ待つしかない。


 そう思ったけど、ハンスは首を振った。


「ベルクだけが外から来る商人じゃないぞ」


「え?」


「市場を見てみろ。リーネの人間じゃない商人なんて珍しくない」


 言われて、店の外を見る。


 市場を歩く人。


 荷物を運ぶ人。


 店主と話している人。


 俺には誰がリーネの人で、誰が外から来た人なのか分からない。


「話聞いていいの?」


「相手が暇ならな。商売中に邪魔すれば追い払われるぞ」


「何て聞けばいい?」


「それくらい自分で考えろ」


「そこ教えてよ」


「まず相手がどこから来たか聞けばいいだろ」


 なるほど。


 エルダから来た人がいれば一番いい。


 いなくても、別の町の話は聞ける。


 俺はベルクが戻るまで一月、何もできないと思っていた。


 全然そんなことはなかった。


     ◇ ◇ ◇


 店を出て、市場を歩く。


 昨日までと同じ市場。


 でも今日は、荷馬車を見るたびに気になる。


 どこから来たんだろう。


 何を積んできたんだろう。


 帰りには何を積むんだろう。


 あの布はどこで作られた?


 あの果物は?


 あの箱の中身は?


 今まで見えていなかったものが、急に目に入ってくる。


「町が変われば、値段も変わる……か」


 リーネで3リルの物が、別の町でも3リルとは限らない。


 逆に、向こうで3リルの物が、ここではもっと高いかもしれない。


 その差が大きければ商売になる。


 もちろん運ぶ金も、人の取り分も、売れ残る危険もある。


 それでも。


「なんか、宝探しみたいだな」


 安い物を探すんじゃない。


 町と町の「違い」を探す。


 その違いに金が生まれる。


 そう考えると、急に面白くなってきた。


 ベルクが帰ってくるまで、あと三週間以上。


 ただ待っているのはもったいない。


 まずは市場にいる、外から来た商人に話を聞いてみよう。


 もしかしたら、ベルクが帰ってくるより先に。


 次の商売の種くらいは見つかるかもしれない。

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