それ、どこから持ってきたんですか?
町の外から来た荷馬車を追って、市場まで来た。
別に怪しいことをしているわけじゃない。ただ、少し離れたところから同じ方向へ歩いているだけだ。十三歳にもなって知らない商人を尾行していると思われるのは嫌なので、できるだけ自然に歩いている。
……たぶん、自然だ。
「おい、坊主」
「はい?」
「さっきから何でついてくる?」
バレていた。
荷馬車を止めた男が、御者台からこっちを見ている。年は四十前後だろうか。日に焼けた顔に短い茶髪、顎には少し無精ひげがあって、着ている服もところどころ擦れている。
怖いというより、長いこと旅をしてきた人という感じだ。
「いや、その……荷物が気になって」
「荷物?」
「どこから持ってきたのかなって」
男は俺の顔をしばらく見て、それから荷台を振り返った。
「買いたいのか?」
「物によります」
「十三のガキが言うことじゃねえな」
「よく言われます」
八歳の頃から言われ続けているので、もう慣れた。
男は少し笑うと、荷馬車から降りた。
◇ ◇ ◇
「俺はベルク。行商やってる」
「レインです」
「で、レイン。何が見たい?」
「見ていいんですか?」
「見るだけなら金は取らん。買うなら取る」
「ちゃんと商人だ」
「お前、俺を何だと思ってたんだ?」
ベルクは笑いながら荷台の後ろへ回り、掛けていた布をめくった。
木箱。
麻袋。
樽。
大小いろいろな荷物が積まれている。
近くで見ると、箱についている印も一種類じゃない。つまり全部を同じ場所で仕入れてきたわけじゃないらしい。
「これ全部、売り物?」
「半分くらいはな。頼まれて運んでる荷物もある」
「運ぶだけでも金もらうんだ」
「当たり前だろ。馬も餌食うし、俺も飯食うんだぞ」
言われてみれば当然だ。
物を安く買って高く売る。
行商人って、それだけだと思っていた。
「こっちは?」
「干した薬草。北の方で買った」
「これは?」
「染料。もう少し西だな」
「この箱は?」
「陶器。割るなよ」
「触ってないよ」
「先に言っとくんだよ」
信用がない。
初対面なのに。
◇ ◇ ◇
ベルクの話を聞いていると、思っていた以上に面白かった。
一つの町で全部を仕入れて、別の町で全部を売るわけじゃない。町から町へ移動しながら、その土地で安い物や手に入りやすい物を買い、別の場所で売る。
頼まれた荷物を運ぶこともあるし、逆に次に来るときの商品を頼まれることもある。
「じゃあ、リーネには何を売りに来たの?」
「薬草と染料が中心だな。陶器は注文品だ。あとは細かいもんが少し」
「売ったら帰る?」
「帰るっていうか、次の町だな」
「空になった荷馬車で?」
「そんなもったいないことするか」
ベルクが呆れたように俺を見る。
ですよね。
「ここでまた仕入れる?」
「売れそうなもんがあればな。リーネで買って、次で売る」
「……なるほど」
それが聞きたかった。
外から商品を持ってきた荷馬車は、帰りにリーネの商品を持っていく。
当たり前だ。
当たり前なんだけど、俺は今までその当たり前を考えていなかった。
◇ ◇ ◇
「リーネだと何を買うの?」
「まだ決めてねえよ。着いたばっかりだぞ」
「ああ、そっか」
「いつもなら布か、加工した木工品か……値段次第だな。この辺は腕のいい職人もいるからな」
「木工品」
父さんの顔が浮かんだ。
「でも、何でも持っていくわけじゃないんでしょ?」
「そりゃな。重い、でかい、壊れやすい。そのくせ儲からない。そういうのは嫌だ」
「なるほど」
「逆に小さくて軽くて高く売れるもんなら楽だ」
「なるほど」
「さっきからそればっかりだな」
「勉強してるんです」
「何の?」
「商売」
ベルクが眉を上げた。
「お前が?」
「一応」
「十三で?」
「八歳から」
「嘘つけ」
この反応も久しぶりだ。
最近リーネでは俺のことを知っている人が増えたから、あまり驚かれなくなっていた。
ちょっと新鮮。
「本当ですよ」
「何売ってんだ?」
「色々」
「怪しいな」
「石鹸とか、背負い鞄とか」
「石鹸?」
「ハンスさんの店にあります」
ベルクの顔が少し変わった。
「東市場の雑貨屋のハンスか?」
「知ってるんですか?」
「何度か取引したことあるぞ」
世間が狭い。
いや、商人同士なら普通なのか。
「じゃあ聞いてみてくださいよ」
「何を」
「俺がちゃんと商売してるか」
「自分で証明しろよ」
「ハンスさんの方が信用あるでしょ」
「そこは分かってんのか」
ベルクが笑った。
◇ ◇ ◇
せっかくだから、そのままベルクについて市場を回ることにした。
正確には「勝手についてこい」と言われた。
ベルクは店を見つけるたびに商品を眺め、値段を聞く。でも、ほとんど買わない。
俺なら昔、三軒目くらいで何か買っていたと思う。
「買わないの?」
「まだ見る」
「さっきの布、安くなかった?」
「ここではな」
「どういうこと?」
「次に行く町でも同じくらいで売ってる。持っていってどうする」
「ああ……」
安いかどうかじゃない。
次の町でいくらになるか。
そこまで見ないと意味がない。
「じゃあ次の町で高い物を探すんだ」
「それだけでもねえけどな。売れるかどうかもある。高くても誰も買わなきゃ荷物になるだけだ」
「売れ残ったら?」
「次まで運ぶ」
「ずっと売れなかったら?」
「俺が泣く」
「なるほど」
「そこは笑え」
冗談だったらしい。
分かりづらい。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いたところで、ベルクが一軒の店の前で止まった。
革製品を扱っている店だ。
ベルトや小袋、靴なんかが並んでいる。
ベルクは一つずつ見て、値段を聞いて、結局何も買わずに店を出た。
「厳しいな」
「何が?」
「全然買わない」
「俺の金だからな」
その一言が刺さった。
「……大事ですよね」
「急にどうした」
「いや、昔の俺に聞かせたいなって」
「十三が昔を語るなよ」
ごもっとも。
ベルクは次の店へ向かう。
俺もその横を歩きながら、頭の中で考えていた。
この人たちは、町と町をつないでいる。
だったら俺が別の町に店を出さなくても、商品を外へ売れるんじゃないか。
石鹸。
小さい。
軽い。
何度も買う。
悪くない気がする。
背負い鞄。
石鹸より大きいけど、荷物を入れる物だから運ぶ邪魔にはなりにくい。
単価も高い。
これも悪くない。
ただ――。
「ベルクさん」
「何だ?」
「知らない商品って、買う?」
「物による」
「例えば、ここでしか売ってない物」
「だから物によるって」
「じゃあ、売れるか分からない物は?」
「安けりゃ試すこともある。高けりゃ買わん」
「やっぱりそうだよね」
「何企んでる?」
「まだ何も」
「まだ、か」
ベルクが横目で俺を見る。
この人、意外と鋭い。
◇ ◇ ◇
昼近くになって、ベルクが食堂へ入った。
「お前、まだついてくるのか?」
「迷惑?」
「別に。飯代は出さんぞ」
「自分で払います」
「なら来い」
一緒に入ることになった。
俺は安い煮込みとパン。
ベルクは肉の入った煮込みとパン、それから飲み物まで頼んだ。
「豪華ですね」
「働いてるからな」
「俺も働いてます」
「じゃあ肉食え」
「節約中です」
「変なガキだな」
それは知っている。
料理を待つ間、俺はさっきから気になっていたことを聞いた。
「ベルクさんって、どのくらい遠くまで行くの?」
「時期によるな。近いところを回ることもあるし、何か月か戻らないこともある」
「王都も?」
「行くぞ」
「王都……」
名前は当然知っている。
でも行ったことはない。
この世界で俺がちゃんと知っている場所なんて、まだリーネとその周辺くらいだ。
「遠い?」
「ここからなら、それなりにな。途中でいくつか町を通る」
「どんなところ?」
「人が多い」
「それだけ?」
「物も多い」
「雑だな」
「行けば分かる」
簡単に言う。
でもその言葉が、妙に頭に残った。
行けば分かる。
俺は十三歳。
八歳の頃より体も大きくなった。
商売の経験も少しはある。
それでも、まだ町の外のことをほとんど知らない。
◇ ◇ ◇
食事を終えて店を出る。
ベルクは午後も市場を見るらしい。
「俺、そろそろ帰ります」
「そうか」
「色々教えてくれてありがとう」
「俺はほとんど歩いてただけだけどな」
「結構勉強になった」
「なら授業料払え」
「え?」
「冗談だ」
「商人の冗談、怖いな」
ベルクが笑った。
「数日はいる。何か売りつけたいなら持ってこい」
足が止まった。
「……売りつけたいとは言ってないけど」
「顔に書いてある」
「どんな顔だよ」
「こいつに何か持っていかせられねえかな、って顔」
バレていた。
十三歳になっても、そこは成長していないらしい。
「見るだけ見てくれる?」
「見るだけならな。買うとは言わんぞ」
「十分」
俺は笑った。
その瞬間、頭の中に二つの商品が浮かんでいた。
石鹸と、背負い鞄。
でも、すぐには決めない。
どっちが向いているのか。
いくらで渡せるのか。
ベルクはいくらで売れるのか。
誰が損をするのか。
ちゃんと考える。
五年前とは違う。
「じゃあ、また」
「おう」
ベルクと別れて、俺は歩き出した。
向かう先は家――ではない。
ハンスの店だ。
まずは相談。
それから数字を出す。
そして、売れそうなら試す。
「……俺、ちゃんと成長してるな」
昔なら、とりあえず商品を持って走っていた。
今は違う。
まず考える。
ちゃんと計算する。
そのうえで――。
「いくら儲かるかな」
そこだけは、五年前から変える必要がなかった。




