なんか、一気にできたんだけど
それから二日後。
朝食を食べ終えた俺は、珍しく予定を決めていなかった。
石鹸はセラに任せてある。背負い鞄もダリオが作っているし、ハンスの店には昨日少しだけ顔を出した。石鹸の残りは一個まで減っていたけど、それ以外に大きな変化はなかった。
だから今日は、急いで市場へ行く必要もない。
「今日は何するの?」
母さんに聞かれて、俺はパンを食べながら考えた。
「……未定」
「珍しい」
「最近そればっかり言われる」
「だって本当に珍しいんだもの」
予定がないだけで驚かれる八歳。
そろそろ生活を見直した方がいい気がする。
◇ ◇ ◇
「じゃあ今日は遊ぶ?」
「また?」
「この前も散歩しただけだったんでしょう?」
「途中でミラの配達手伝った」
「それ遊びじゃないわよ」
「パンもらった」
「お仕事じゃない」
確かに。
報酬まで受け取っている。
「じゃあ何して遊べばいいの?」
「それをお母さんに聞く?」
「この世界の八歳の遊び、詳しくないから」
「この世界?」
「あ」
母さんが首を傾げる。
「この町」
「町が変わったら八歳の遊びも変わるの?」
「たぶん」
危ない。
朝から余計なことを言った。
◇ ◇ ◇
結局、午前中は父さんの工房へ行った。
遊んではいない。
でも今日は手伝いもしない。
作業台から少し離れたところに座って、父さんが家具を作るのを眺めている。
「暇なのか?」
「うん」
「珍しいな」
「父さんまで言う?」
「最近ずっと走り回ってただろ」
「今は人に任せてるから」
「いいことじゃねえか」
父さんはそう言って、木材を削り始める。
◇ ◇ ◇
「父さんは人に任せないの?」
「何を?」
「家具作るの」
「俺が作りたいからな」
「全部?」
「大きい仕事なら手を借りることもあるぞ。でも基本は俺が作る」
「そっか」
俺とは違う。
父さんは作ること自体が仕事で、それが好きなんだ。
俺は石鹸を作ることが好きだったわけじゃない。
金を稼ぐ方法として始めた。
◇ ◇ ◇
「向き不向きだな」
「急にどうした?」
「俺、職人には向いてないかも」
「八歳で決めるなよ」
「父さんみたいにずっと同じ物作れない」
「俺も同じ物ばっかり作ってねえぞ」
「そういう意味じゃなくて」
父さんが笑う。
「分かってるよ。お前は考えてる方が楽しそうだもんな」
「そうかも」
「ならそれでいいだろ」
最近、父さんのこういうところがありがたい。
◇ ◇ ◇
昼前になり、そろそろ家へ戻ろうかと思ったところで、工房の外から声がした。
「ガルドー!」
「お?」
聞き覚えのある声。
父さんが顔を上げる。
少しして、入口からダリオが顔を出した。
「お、レインもいるじゃねえか」
「ダリオ?」
「ちょうどよかった」
「何?」
ダリオが笑う。
「鞄、できたぞ」
「ほんと!?」
立ち上がる。
「今日?」
「さっきな。明日になるかと思ったが、思ったより早く終わった」
「見たい」
「工房に置いてある」
「行く」
「飯は?」
父さんに言われて止まる。
まただ。
◇ ◇ ◇
「昼食べてから行く」
「それがいい」
ダリオが笑う。
「逃げねえよ」
「鞄は逃げないけど、早く見たい」
「前に三個作ったときも見ただろ」
「今回のは今回の」
「職人より楽しみにしてんな」
そうかもしれない。
自分では作れないからこそ、完成を見るのが面白い。
◇ ◇ ◇
ダリオが帰り、俺も父さんと家へ戻る。
「鞄できたって?」
母さんに言うと、すぐ昼食を出してくれた。
「うん。二個」
「じゃあ午後は忙しくなるわね」
「鞄確認して、ハンスのところ持っていって、客に――」
「一個ずつ」
母さんに言われる。
「俺の言葉取らないで」
「最近ずっと言ってるじゃない」
「確かに」
まず食べる。
話はそれから。
◇ ◇ ◇
昼食を終えて、ダリオの工房へ向かう。
作業台の横に二つ並んでいた。
「おお」
見た目は前の三個とほとんど同じ。
二本の肩紐。
上の持ち手。
中の仕切り。
外側の小さな収納。
底も少し補強されている。
「どうだ?」
「いい」
「それだけか?」
「前よりきれい?」
「分かるか?」
「なんとなく」
ダリオが満足そうに笑う。
◇ ◇ ◇
「縫い目を揃えやすくなった。弟子も慣れてきたしな」
「二個とも同じ?」
「ほぼな。革だから多少の違いはある」
俺は許可をもらってから一つ背負ってみる。
肩に収まる。
最初に作った試作品よりずっと自然だ。
「これなら大丈夫そう」
「ノルドとエドだったな?」
「うん」
「重い物を入れすぎるなとは言っとけよ」
「分かった」
「特に道具を詰め込むなら、たまに縫い目を見た方がいい」
こういう説明もハンスに伝えておいた方がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
「残り16リルは?」
「客が受け取ったらハンスから払う」
「聞いてる」
「あれ?」
「昨日ハンスが来た」
「……もう直接話してるじゃん」
「お前がそういう形にしたんだろ」
「そうだけど」
なんか変な感じだ。
俺が知らないところで、ハンスとダリオが普通に話を進めている。
◇ ◇ ◇
「じゃあ俺、これ持っていかなくてもいい?」
「俺が夕方持ってくぞ」
「え?」
「元々ハンスの店に用がある」
「……じゃあ俺、本当に何しに来たの?」
「完成品見に来た」
「それだけ?」
「それだけ」
ダリオが豪快に笑う。
「暇なら持ってくか?」
「いや」
少し迷ったけど、首を振る。
「任せる」
「おう」
言ってみると、思ったより簡単だった。
◇ ◇ ◇
工房を出る。
鞄は完成した。
でも俺は持っていかない。
ダリオがハンスへ届ける。
ハンスが客へ渡す。
金の受け取りもハンス。
ダリオへの残りの支払いも、決めた通りそこからできる。
俺の取り分は、一個6リル。
二個で12リル。
あとでハンスのところへ行けば受け取れる。
「楽だな」
思わず声が出た。
◇ ◇ ◇
そのまま市場へ向かう。
別に急ぐ必要はない。
でもハンスのところには寄っておこう。
昨日残り一個だった石鹸も気になる。
歩いている途中、パン屋の前でミラを見つけた。
「あ、レイン」
「暇?」
「仕事中」
「じゃあ俺の方が暇」
「どうしたの?」
「鞄できた」
「また?」
「二個」
「見せてよ」
「ダリオが夕方ハンスのところに持ってくる」
「レインは持ってないの?」
「俺は見ただけ」
ミラが少し不思議そうな顔をする。
◇ ◇ ◇
「レインの商品なんでしょ?」
「そうなんだけど、作るのダリオで、売るのハンスだから」
「じゃあレイン何するの?」
「……それ最近よく考えてる」
ミラが笑う。
「いいじゃん。暇ならパン屋手伝ってよ」
「パン出る?」
「そこから?」
「大事」
「今日は出ない」
「じゃあまた今度」
「現金だなあ」
金じゃなくてパンだけど。
◇ ◇ ◇
「石鹸も売れてるよ」
「買った人来た?」
「うん。昨日また一人」
「何か言ってた?」
「普通に使えてるって。あと、前より少し長持ちする気がするって言ってた」
「硬くなったからかな」
「かもね」
セラが作った石鹸は、俺が作っていたものより少し硬めだった。
今のところ、それが悪い方向には出ていないらしい。
「よかった」
「もうレイン作らないの?」
「たぶん」
「そっか」
ミラが少しだけ寂しそうな顔をした。
◇ ◇ ◇
「何?」
「最初の頃、変な灰とか持ってきてたじゃん」
「変な灰って言うな」
「パン屋の灰まで欲しがって」
「必要だったんだよ」
「最近来なくなったなって思って」
「ああ」
そう言われると、確かに。
最初は灰が足りない。
皮が欲しい。
石鹸を置いてほしい。
何かあるたびにミラのところへ来ていた。
◇ ◇ ◇
「でも普通に来るよ」
「ほんと?」
「パン買いに」
「お客さんじゃん」
「あと暇なとき」
「それならいい」
ミラが笑う。
商売で必要がなくなったからって、会わなくなるわけじゃない。
そういうのも悪くない。
◇ ◇ ◇
「じゃあハンスのところ行ってくる」
「結局忙しいじゃん」
「今日は確認だけ」
「何回目の確認?」
「……行ってきます」
答えず逃げた。
まだ完全に任せきるのは難しい。
◇ ◇ ◇
ハンスの店へ入る。
「こんにちは」
「ちょうどよかった」
「何?」
「セラから伝言だ」
「セラ?」
嫌な予感ではない。
でも予想外だ。
「石鹸ができたそうだ」
「え?」
思わず聞き返す。
「今日?」
「ああ。昼前に本人が来た」
「鞄も今日できた」
「そうなのか?」
「ダリオが夕方持ってくるって」
ハンスと顔を見合わせる。
◇ ◇ ◇
「なんか、一気にできたんだけど」
「そういう日もある」
「もっと驚いてよ」
「注文した時期が近かったんだから、完成も近くなるだろ」
「そうだけど」
ハンスは相変わらず冷静だ。
俺だけ少し興奮している。
◇ ◇ ◇
「石鹸は?」
「まだセラの店だ。君が確認して、残りを払ってから受け取るんだろう?」
「そうだった」
残り15リル。
そして俺の商売用の金は7リル。
「…………」
「どうした?」
「足りない」
「知っている」
「なんで?」
「前に自分で言っていただろ」
みんな俺の財布事情を覚えすぎじゃない?
◇ ◇ ◇
「8リル足りない」
「そうだな」
「鞄が今日売れたら12リル入る」
「二人とも今日受け取ればな」
「来る?」
「ノルドには昨日伝えてある。今日の夕方に寄るそうだ」
「エドは?」
「仕事次第だが、間に合えば来ると言っていた」
一人売れれば俺の取り分は6リル。
それだけだと足りない。
二人なら12リル。
足りる。
◇ ◇ ◇
「二人とも来て」
「祈るな」
「大事だよ」
「来なかったらどうする?」
「……セラに相談する」
「貯金は?」
「使わない」
「ならそれでいい」
ハンスが頷く。
前なら、足りない時点で焦っていた。
今は一応、選択肢を考えられる。
◇ ◇ ◇
「石鹸、今ある分は?」
「さっき最後の一個が売れた」
「え?」
「在庫0だ」
今度こそ声が出なかった。
二十個。
全部売れた。
「……売り切れ?」
「ああ」
「全部?」
「二十個全部だ」
「すご」
次の二十個ができた日に、前の二十個がちょうどなくなった。
◇ ◇ ◇
「これ、完璧じゃない?」
「偶然だ」
「分かってるけど」
「毎回こうなるとは思うなよ」
「分かってるって」
でも嬉しい。
在庫を大量に余らせたわけでもない。
売る物が長くなくなったわけでもない。
ちょうど次ができた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ今日、セラから受け取れればそのまま並べられる?」
「ああ」
「でも金が足りない」
「そこだな」
惜しい。
ものすごく惜しい。
「とりあえず夕方まで待つ」
「そうしろ」
「鞄二個が売れたら解決」
「ああ」
「売れなかったらセラに相談」
「それでいい」
一個ずつ。
◇ ◇ ◇
夕方まで、俺はハンスの店にいた。
途中で一度帰ろうかと思った。
でもノルドが来る。
エドも来るかもしれない。
今日くらいは見届けたい。
「暇なら棚の埃でも取るか?」
「給料出る?」
「出ない」
「じゃあ客として待つ」
「何の客だ」
結局、少しだけ手伝った。
◇ ◇ ◇
日が傾き始めたころ、ダリオが来た。
「持ってきたぞ」
背負い鞄が二つ。
ハンスと一緒に状態を確認する。
問題なし。
「じゃああとは客待ちだな」
「ダリオは?」
「帰る。残りはハンスから受け取る話になってる」
「俺いらない?」
「今日は見てるだけでいいだろ」
「了解」
本当に役割が減っている。
◇ ◇ ◇
それから少しして。
「お、できてるな」
ノルドが来た。
「できました」
見本と比べてもらい、実際に背負ってもらう。
肩紐。
仕切り。
底。
一通り確認して、ノルドが頷いた。
「いいな。これで頼む」
残り15リルが支払われる。
◇ ◇ ◇
ハンスが帳面につける。
この一個について、ダリオへ残り8リル。
ハンス3リル。
俺6リル。
前に10リルの手付けをもらっているから、これで25リル全部が揃った。
「6リル」
ハンスから渡される。
「ありがとう」
商売用7リルに足せば13リル。
まだセラへの15リルには届かない。
「あと2リル」
「エドが来ればな」
「来て」
「だから祈るな」
◇ ◇ ◇
ノルドが新しい鞄を背負って帰っていく。
その後も待つ。
日が少しずつ落ちていく。
「来ないかな」
「仕事次第だと言っていただろ」
「今日来なかったら明日?」
「その可能性が高い」
「セラに今日払いたかった」
「なら相談してこい」
それもそうだ。
◇ ◇ ◇
「一回セラのところ行ってくる」
「今度こそ走るなよ」
「歩く」
店を出ようとした。
そのとき。
「まだ開いてる?」
後ろから声がした。
振り返る。
エド。
「来た!」
「何だ?」
「いや、こっちの話」
危ない。
客に圧をかけるところだった。
◇ ◇ ◇
「鞄できてます」
「お、間に合ったか」
エドも状態を確認する。
肩に背負って、少し歩く。
「いいね。前に置いてたのと同じ感じだ」
「はい」
「じゃあこれで」
残り15リル。
二件目も成立。
◇ ◇ ◇
ハンスが記録する。
ダリオへ8リル。
ハンス3リル。
俺6リル。
今日の俺の取り分は合計12リル。
「よし」
これで商売用は19リルになる。
セラへ15リル払える。
残り4リル。
◇ ◇ ◇
「セラ行ってくる」
「店が閉まる前にな」
「うん」
「今度は走っていいぞ」
「どっちだよ」
ハンスが笑う。
俺も笑いながら店を出た。
◇ ◇ ◇
セラの店へ着く。
「間に合った」
「どうしたんだい、そんなに急いで」
「残り」
俺は15リルを出す。
「ちゃんと用意できたのか」
「背負い鞄二個売れた」
「へえ。そっちも順調なんだね」
「今日完成した」
「こっちも今日」
「知ってる。ハンスから聞いた」
セラが笑う。
◇ ◇ ◇
「じゃあ確かに15リル」
これで製作費40リルを全額支払った。
「二十個、確認するかい?」
「うん」
並んだ石鹸を見る。
前回とほぼ同じ。
形も揃っている。
香りも問題ない。
「お願いします」
「ああ」
「次も頼むと思う」
「もう?」
「前の二十個、今日全部売れた」
「全部?」
今度はセラがちゃんと驚いた。
◇ ◇ ◇
「だから次も売れると思う。でも、まだ頼まない」
「おや」
「ハンスと売れ方確認してから。それと、次からやり方を少し変えられないか相談したい」
「やり方?」
「セラとハンスと俺で話したい」
セラが少し興味深そうに眉を上げる。
「また何か考えてるね?」
「俺が毎回走らなくていい方法」
「とうとう働かない方法を考え始めたか」
「効率化です」
「はいはい」
セラが笑った。
◇ ◇ ◇
石鹸二十個。
俺一人では持ちにくい。
「これどうやってハンスのところ持ってく?」
「明日でいいなら、こっちから届けるよ」
「いいの?」
「どうせ市場に用がある」
「じゃあお願い」
「本当に人に任せるようになったねえ」
「駄目?」
「褒めてるんだよ」
セラがそう言った。
◇ ◇ ◇
店を出る。
手ぶら。
石鹸はセラが明日ハンスへ持っていく。
背負い鞄はダリオがハンスへ持っていった。
売るのはハンス。
俺は今日、完成した商品を確認して、金を受け取って、払った。
それだけ。
◇ ◇ ◇
でも結果は大きい。
背負い鞄二個。
二人の客に渡った。
俺の取り分12リル。
石鹸二十個。
完成。
製作費の残り15リルも支払い済み。
前の石鹸二十個は完売。
明日には次の二十個が店に並ぶ。
◇ ◇ ◇
「二つとも回ってる」
片方だけじゃない。
石鹸も。
背負い鞄も。
作る人がいる。
売る人がいる。
買ってくれる人がいる。
そして俺にも金が残る。
◇ ◇ ◇
家に帰って、商売用の袋を確認する。
残り4リル。
また少なくなった。
でも石鹸二十個はもう完成している。
ハンスが前と同じ条件で買うなら、そこから70リルが入る。
まだ受け取っていないから、自分の金として数えない。
「明日だな」
今日はここまで。
◇ ◇ ◇
貯金袋を見る。
33リル。
こっちは一度も触らなかった。
足りない。
どうしよう。
そう思ったけど、結局使わずに済んだ。
背負い鞄の利益が先に入って、その金で石鹸の残りを払えた。
◇ ◇ ◇
「商売の金で、次の商売が回った」
少し前までなら、足りなくなれば貯金に手を伸ばしていたかもしれない。
今回はしなかった。
そして二つの商品が同じ日に完成して、片方から入った金がもう片方を助けた。
「……なんか商売っぽい」
今さらだけど。
かなり商売っぽい。
◇ ◇ ◇
明日はハンスとセラと話そう。
石鹸も、背負い鞄みたいに俺が毎回走り回らなくて済む形にできるかもしれない。
そうなれば、二つとも俺の手から少し離れる。
最初は一個の石鹸を自分で作るところから始まった。
今は二十個を別の人が作って、店で売っている。
「結構変わったな」
まだ貯金は33リルだけど。
そこは見ないことにした。




