↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/264

石鹸、できたらしいです

背負い鞄の三個目を渡した翌日。


 俺は珍しく、朝から特に予定がなかった。


 背負い鞄は三個とも無事に売れた。次の注文はまだ入っていないし、ダリオに頼んでいる物もない。石鹸はセラに任せていて、完成までは一週間くらいと言われている。


 つまり。


「暇だ」


 久しぶりに、本当にやることがない。


     ◇ ◇ ◇


「じゃあ工房の掃除お願いね」


「なんで?」


「お父さんから聞いたわよ。袋を二つもらう代わりに手伝うって約束したんでしょう?」


 母さんが笑顔で言った。


 覚えてたのか。


「今日じゃなくてもよくない?」


「暇なんでしょう?」


「…………」


 言わなきゃよかった。


 自分から仕事を増やしてしまった。


     ◇ ◇ ◇


「お、来たな」


 工房へ行くと、父さんが待っていた。


「母さんに言った?」


「何を?」


「掃除」


「言った」


「なんで?」


「お前、放っておいたら忘れそうだから」


「忘れてないよ」


「じゃあ問題ないな」


 父さんが箒を渡してくる。


 逃げ道がない。


「商売してる人間に掃除させる?」


「俺との約束を守れない商人は信用されねえぞ」


「信用を便利に使ってない?」


「最近覚えた言葉だからな」


 父さんが楽しそうに笑う。


 絶対ハンスの影響だ。


     ◇ ◇ ◇


 工房の掃除を始める。


 木くずを集めて、細かい削りかすを片づける。邪魔にならないところへ材料を寄せて、父さんに言われた場所だけ軽く拭く。


 地味だ。


 ものすごく地味だ。


 でも、こういう作業をしていると少し懐かしい。


 最初はここで父さんの仕事を手伝って、1リルもらった。


 その1リルが欲しくて働いていた。


 今は貯金だけで18リルある。


「増えたなあ」


「何が?」


「貯金」


「掃除しながら金のこと考えてたのか?」


「たまたま」


「本当か?」


「半分くらい」


 父さんが笑った。


     ◇ ◇ ◇


「今いくらだ?」


「18リル」


「結構増えたじゃねえか」


「でしょ?」


「最初は12リル貯めるだけで大騒ぎしてたのにな」


「途中で鞄買ったからね」


「50リルのな」


「父さんまで言う?」


「町中で知ってるんじゃねえか?」


「そんなわけないでしょ!」


 怖いこと言うな。


 俺が50リルの鞄を買った話が町の伝説になってたら嫌すぎる。


     ◇ ◇ ◇


 昼前には掃除が終わった。


「これでいい?」


「ああ。助かった」


「じゃあ袋代は?」


「払ったことになっただろ」


「労働で」


「そうだ」


 無料でもらった気でいたけど、ちゃんと働いていた。


 まあいい。


 新しい財布を買うよりは安かったはずだ。


「午後どうしようかな」


「遊んでこい」


「八歳みたいに?」


「八歳だよ」


「そうだった」


 最近、本当に忘れそうになる。


     ◇ ◇ ◇


 昼を食べたあと、俺は市場へ出た。


 今日は商売用の13リルを持っていない。


 自由に使える3リルだけ。


 商売の予定がないんだから、商売用の金を持つ必要もない。こうしておけば、何か思いついても勢いで材料を買ったりできない。


 我ながら成長している。


 市場をぶらぶら歩く。


 何か買うつもりはない。


 ただ見るだけ。


 ……自由に使える3リルはあるけど。


     ◇ ◇ ◇


 果物が並んでいる。


 三個で3リル。


 買える。


 パンもある。


 一個2リル。


 買える。


 でも焼き串は4リル。


 買えない。


「なんか安心するな」


 買えないというのは強い。


 欲しくなっても、金が足りなければ諦められる。


 前世の俺には、これが必要だったのかもしれない。


 財布に使っていい金だけ入れておく。


 簡単なことなのに、三十年以上気づかなかった。


     ◇ ◇ ◇


「レイン!」


 名前を呼ばれて振り返る。


 ミラだった。


 パン屋の前から手を振っている。


「暇そうだね」


「なんで分かるの?」


「歩き方」


「歩き方まで?」


「いつもは何か探してるみたいに市場うろうろしてるじゃん」


「今日は何も探してない」


「やっぱり暇なんだ」


 ミラが笑う。


「パン屋手伝う?」


「パン一個?」


「覚えてたの?」


「報酬だから」


「ほんとそういうところだけしっかりしてるよね」


 どうしよう。


 暇だし、一個2リルのパンがもらえるなら悪くない。


     ◇ ◇ ◇


「何するの?」


「今はいいよ。午後そんなに忙しくないし」


「じゃあなんで誘ったの?」


「暇そうだったから」


「遊び?」


「八歳なんだから遊びなよ」


「みんなそれ言うな」


「だって八歳だもん」


 ミラが俺の頭を軽く撫でる。


 避けようとしたけど遅かった。


「そういえば、石鹸は?」


「セラが作ってる」


「もうできた?」


「まだじゃない? 一週間くらいって言ってたし」


「そっか。最近お客さんに聞かれるよ」


「ほんと?」


「うん。ハンスさんの店で買えるって教えてるけど、品切れしてるって言ってた人もいた」


「え?」


 それは初耳だ。


     ◇ ◇ ◇


「いつ?」


「昨日かな。パン買いに来た人」


「どんな人?」


「女の人。前にも石鹸買ったことあるって」


「ハンスの店、もう在庫ないの?」


「私に聞かれても」


「行ってくる」


「暇じゃなかったの?」


「今、仕事できた!」


 ミラが笑っている。


「ほんと忙しい八歳だね」


「また今度パン手伝う!」


「はいはい」


 俺はハンスの店へ向かった。


 走ってはいない。


 早歩きだ。


     ◇ ◇ ◇


「ハンス!」


「今日は来ないと思っていた」


「石鹸ないの?」


「ない」


「いつ売れた?」


「最後の一個なら一昨日だ」


「言ってよ!」


「セラに二十個頼んでいるだろう」


「そうだけど」


「完成していない物は売れん」


 正しい。


 でも、品切れしている間に欲しい人が来ているなら、早く欲しい。


「昨日も買いに来た人いた?」


「一人な」


「ミラから聞いた」


「そうか」


「他には?」


「今週に入ってから二人ほど聞かれた」


 三人。


 商品がないのに、三人が買いに来ている。


     ◇ ◇ ◇


「予約取れない?」


「石鹸でか?」


「だって欲しい人いるんでしょ?」


「取れなくはないが、今回は初めてセラが二十個まとめて作っている」


「あ」


「まず完成した物を確認してからだ」


「そっか」


 背負い鞄と同じようにはいかない。


 石鹸は、作る人を変えたばかりだ。


 四個の試作は問題なかったけど、二十個まとめて作ったときも同じ品質になるかはまだ分からない。


「じゃあ、完成したらすぐ売れるかも?」


「少なくとも、待っている客はいるな」


「いいじゃん」


 ちょっと嬉しくなる。


     ◇ ◇ ◇


「そういえば、そろそろ一週間じゃないか?」


 ハンスに言われて数える。


「……明日くらい?」


「私に聞くな」


「セラのところ行っていいかな」


「行けばいいだろう」


「急かしてるみたいにならない?」


「様子を聞くだけなら問題ない」


 そうか。


 なら行こう。


 暇だったはずの一日が、急に忙しくなってきた。


「じゃあ行ってくる」


「ああ」


「できてたら戻ってくる」


「分かった」


 俺は店を出た。


     ◇ ◇ ◇


 セラの店へ着く。


 扉を開けると、いつもの薬草の匂い。


「こんにちは」


「おや、レイン」


 セラが奥から顔を出す。


「どうしたんだい?」


「石鹸」


「やっぱりそれか」


「そろそろ一週間かなって」


「待てるようになったと思ったら、ちゃんと数えてたんだね」


「商売だから」


 セラが笑う。


「ちょうどよかったよ」


「え?」


「できた」


「…………」


 一瞬、聞き返しそうになった。


     ◇ ◇ ◇


「二十個?」


「ああ」


「全部?」


「二十個頼んだのはあんただろ?」


「そうだけど!」


「昨日のうちに形は揃った。今日は状態を確認してたところさ」


「問題ない?」


「今のところはね」


 来た。


 本当にできた。


「見ていい?」


「もちろん」


 セラが奥へ案内してくれる。


 そこには、布を敷いた台があった。


 そして。


「おお……」


 石鹸が並んでいる。


 一個。


 二個。


 三個。


 数える必要がないくらい、たくさん。


 いや、数えるけど。


     ◇ ◇ ◇


「一、二、三、四……」


「本当に数えるのかい」


「確認」


「二十個あるよ」


「十九、二十」


「疑ってた?」


「そうじゃない」


 ちゃんと二十個。


 俺が今まで一度に作った数より多い。


 しかも形が揃っている。


「これ全部、セラが?」


「あたし一人でずっと付きっきりってわけじゃないけどね。仕事の合間に進めたよ」


「大変だった?」


「二十個なら、まあこのくらいだね」


「もっと作れる?」


「もう次の話かい?」


 セラが呆れたように笑った。


 しまった。


 完成を喜ぶ前に増産を考えてしまった。


     ◇ ◇ ◇


「まず確認しな」


「はい」


 試作のときと同じように、いくつか手に取って見る。


 大きさ。


 形。


 香り。


 見た目に大きな違いはない。


「全部同じ?」


「できるだけ揃えた。ただ、手で作ってるんだから多少の違いはあるよ」


「それくらいなら大丈夫」


「一つはあたしが確認用に使う。売る分は二十個ちゃんと別にしてある」


「二十一個作ったの?」


「正確にはね」


「その一個の材料代は?」


「細かいねえ」


「大事だから」


 セラが笑う。


「確認用まで含めて40リルでいいよ。最初に決めた値段は変えない」


「よし」


「ほんと金の話になると嬉しそうだね」


 否定はしない。


     ◇ ◇ ◇


「じゃあハンスに持っていく?」


「全部いきなり持っていくのかい?」


「売るんだから」


「まず一個見せてきな」


「あ」


 また先走った。


「ハンスが確認して問題ないってなってから、二十個渡す?」


「その方がいいだろうね。あたしも明日まで状態を見ておきたい」


「分かった」


「それに」


「なに?」


「残りの15リル、まだもらってないからね」


「忘れてないよ!」


「本当に?」


「今日は商売用13リルしか持ってないから払えない」


「足りないじゃないか」


「ハンスから残りもらうんだよ」


「なら忘れてないね」


 危ない。


 払えないことが信用の証明になった。


     ◇ ◇ ◇


 セラから確認用に一個預かる。


 俺はそれを布で包み、革鞄の中へ入れた。


「これ、俺が作った石鹸じゃないんだよな」


「今さら何言ってるんだい?」


「いや」


 並んだ二十個を見る。


 俺は一個も作っていない。


 灰を集めていない。


 油を買っていない。


 混ぜてもいない。


 型にも入れていない。


 それなのに、二十個できた。


     ◇ ◇ ◇


「変な感じ」


「何が?」


「俺の石鹸なのに、俺が作ってない」


 セラが少し考えてから笑った。


「別に、あんたの石鹸じゃなくなるわけじゃないだろ」


「そうなの?」


「あんたが考えて、売って、こうした方がいいって持ってきた。あたしは作るのを引き受けただけさ」


「でも作ったのはセラ」


「そうだね」


「じゃあセラの石鹸でもある?」


「面倒くさいこと考えるねえ」


 セラが俺の頭を軽く叩く。


「売れる物を一緒に作ってる。それでいいだろ」


「……そっか」


 それが一番分かりやすい。


     ◇ ◇ ◇


 俺はセラの店を出て、ハンスのところへ戻る。


 行きより少しだけ革鞄が重い。


 石鹸一個分だけ。


 でも、その一個の後ろには二十個ある。


「石鹸、できたらしいです」


 店に入って最初に言うと、ハンスが俺を見る。


「らしい?」


「俺、一個も作ってないから」


「見てきたんだろう?」


「見た。二十個あった」


「なら、できたんじゃないか」


「そうなんだけどさ」


 俺は布包みを出して、ハンスの前へ置いた。


     ◇ ◇ ◇


「これが確認用」


「分かった」


 ハンスが石鹸を手に取る。


 見た目を確認する。


 匂いを確かめる。


 前にセラが作った試作品とも比べる。


「大きな違いはなさそうだな」


「セラも問題ないって」


「なら、今日これを確認して、問題がなければ明日二十個受け取ろう」


「70リル?」


「ああ」


「先に21リルもらってるから、残り49リル」


「覚えていたか」


「そこは覚えてる」


「セラへは?」


「残り15リル」


「なら、明日すべて終われば?」


「ハンスから49リル受け取って、セラに15リル払う」


「残りは?」


「34リル」


「全部利益か?」


「違う。4リルは最初にセラへ渡して残ってた俺の金」


「よし」


 試験みたいになってきた。


     ◇ ◇ ◇


 今回の二十個だけで考えれば、売上70リル。


 製作代40リル。


 差は30リル。


 ただし、その前に四個の試作をして、そのために6リル使っている。


 だからセラへ任せるところから全部まとめて考えるなら、今回の時点で実際に増えた分は24リル。


「合ってる?」


「そう考えるならな」


「よし」


 前なら70リル入ると聞いた時点で、70リル儲かるような気分になっていたかもしれない。


 今は違う。


 売上と利益は別。


 先にもらった金は利益じゃない。


 試作に使った金も忘れない。


 俺、かなり成長してない?


     ◇ ◇ ◇


「それと」


 ハンスが言う。


「石鹸を買いに来た客が三人いたと聞いたか?」


「聞いた」


「なら二十個は、前より早く売れるかもしれない」


「ハンスはもう70リルで買うんだよね?」


「ああ。品質に問題がなければ、二十個はこちらで買い取る」


「じゃあ売れ残っても俺は困らない?」


「今回についてはな」


「おお」


「ただし、売れなければ次は買わんぞ」


「ですよね」


 そこまで甘くない。


     ◇ ◇ ◇


「じゃあ明日」


「ああ」


「二十個ここに来る」


「そうなる」


「背負い鞄もここで売ってる」


「そうだな」


「俺の商品増えてない?」


「増えてるな」


 なんだか嬉しい。


 最初は石鹸一個をミラに置いてもらうところから始まった。


 今はハンスの店に二十個まとめて卸そうとしている。


 その横では、背負い鞄の注文も受けられる。


 しかも俺は、どちらも作っていない。


     ◇ ◇ ◇


「これなら俺、暇になれるんじゃない?」


「今日何回町を往復した?」


「…………」


 ミラのところ。


 ハンス。


 セラ。


 またハンス。


「結構歩いた」


「暇そうには見えんな」


「おかしいな」


「自分で作らなくなった分、別の仕事が増えたんだろう」


「話すとか?」


「確認する。頼む。金を管理する。売れ方を見る。次を考える」


「多くない?」


「商売を増やしたのは君だ」


 そうだった。


     ◇ ◇ ◇


 でも、不思議と嫌じゃない。


 石鹸を二十個、自分で作る。


 背負い鞄を三個、自分で縫う。


 そんなことは俺にはできない。


 でも、セラとダリオがいるからできた。


 ハンスがいるから売れる。


 ミラみたいに、欲しい人がいることを教えてくれる人もいる。


 俺一人で稼いでいるわけじゃない。


 その代わり、一人だったころより大きな商売ができる。


     ◇ ◇ ◇


「明日、楽しみだな」


「また開店直後に来るのか?」


「……何時に来ればいい?」


「好きにしろ」


「じゃあ朝」


「やっぱりか」


 ハンスが笑う。


 俺も笑った。


 明日、石鹸二十個が店に並ぶ。


 俺は一個も作っていない。


 それでも、売れれば俺にも金が残る。


 なんか。


 ようやく「商売を広げる」って意味が分かってきた気がする。


 そしてその金は――。


 今度こそ、ちゃんと貯金する。


 全部とは言ってないけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。