作る人が変わっても、売れる?
セラの店を出た俺は、そのままハンスの店へ向かった。
革鞄の中には、セラが作った石鹸が一個入っている。見た目は俺が作っていた物とかなり近いし、セラ自身も一個は使って確認している。でも、これを商品として売っていいかはまだ決まっていない。
そして今回、一番確認したいことがある。
俺が作らなくても、本当に同じ商品として売れるのか。
◇ ◇ ◇
「こんにちは」
「今日は遅かったな」
「別に毎日朝から来るわけじゃないよ」
「昨日は開店直後からいたが」
「あれは注文が気になったから」
店に入ると、例の背負い鞄の試作品はまだ置いてあった。
三個分の注文はもう入っている。だから今は、新しい注文を急いで集める必要はない。
……ないんだけど。
「今日、誰か鞄見た?」
「二人ほど」
「欲しいって?」
「一人は値段を聞いて帰った。もう一人は、次に作る予定があるなら考えると言っていた」
「おお」
「今日はその話をしに来たのか?」
「違う」
危ない。
完全に鞄の話になるところだった。
◇ ◇ ◇
「今日はこっち」
俺は革鞄から布に包んだ石鹸を取り出した。
ハンスがすぐに気づく。
「セラのか?」
「うん。試しに四個作ってもらった」
「もうできたのか」
「一個はセラが確認した。これはハンスに見てもらう分」
ハンスは布を開き、石鹸を手に取った。
表を見る。
裏返す。
匂いを確かめる。
「見た目は悪くないな」
「俺のと比べてどう?」
「少し形が揃っている」
「…………」
「なんだ?」
「俺より上手い」
「相手は薬師だぞ」
「分かってるけど」
ちょっと悔しい。
◇ ◇ ◇
「匂いは近い」
ハンスはさらに確認を続ける。
「色も大きくは変わらない。大きさは?」
「俺が売ってた物とだいたい同じになるようにしてもらった」
「重さは?」
「そこまでは量ってない」
「なら比べておいた方がいい」
「あ」
「客は前と同じ5リルで買うんだろう?」
「そのつもり」
「なら、前より明らかに小さくなっていないかは見ておけ」
なるほど。
使えるかどうかだけじゃない。
同じ値段で同じ商品として売るなら、客から見た違いも考えないといけない。
◇ ◇ ◇
「店に前の石鹸残ってる?」
「一個だけある」
「比べていい?」
「ああ」
ハンスが棚の奥から、俺が作った石鹸を一個持ってきた。
二つ並べてみる。
俺の石鹸。
セラの石鹸。
「…………」
「どうした?」
「なんか俺の方が手作り感ある」
「どちらも手作りだろう」
「そういう意味じゃなくて」
形が微妙に違う。
俺の方は、切ったときの角が少しだけ不揃いだ。
対してセラの方は、かなり整っている。
「こっちの方が商品っぽくない?」
「見た目だけならな」
「やっぱり?」
「嬉しそうだな」
「俺が作らなくてよくなるなら嬉しいよ」
「そこなのか」
そこです。
◇ ◇ ◇
ハンスは二つを持ち比べた。
「大きさも大差ないな」
「じゃあ売れる?」
「まだだ」
「また?」
「使っていないだろう」
「セラは使ったって」
「私は使っていない」
「ハンスも使うの?」
「売る側として確認しておきたい」
ちゃんとしてる。
俺だったら見た目が同じ時点で「いける!」って言っていたかもしれない。
いや、今は言わない。
たぶん。
◇ ◇ ◇
「それに、前の石鹸を買った客にも聞ける」
「何を?」
「セラの物を一つ試してもらって、違いがあるか確認する」
「客に?」
「ああ。何度か買っている客なら、私たちより分かるかもしれない」
それはいい。
俺やセラは作る側だし、ハンスは売る側。
実際に何度も使っている人の意見が一番分かりやすいかもしれない。
「誰に頼む?」
「ちょうど、何度か買っている客がいる。近いうちに来るはずだ」
「無料で渡す?」
「試してもらうなら、その方がいいだろう」
「5リル……」
「売り物にする前の確認だ」
「分かってる」
分かってるけど、5リルに見える。
◇ ◇ ◇
「それで」
ハンスがセラの石鹸を布の上へ戻した。
「いくらで作れることになった?」
「二十個で40リル。一個2リル」
「前に聞いた額と同じだな」
「うん。今の材料の値段なら、それでいけるって」
「なら、こちらの条件も変えなくていい」
来た。
俺は少し身を乗り出す。
「二十個で70リル?」
「ああ。ただし、今話した確認で問題がなければだ」
「分かってる」
「本当に?」
「最近みんなそれ言うな」
俺、そんなに信用ない?
◇ ◇ ◇
「じゃあ確認できたら、正式に二十個?」
「そう考えている」
「先に少し出してくれる?」
前なら、ここを聞くのにちょっと緊張したかもしれない。
でも背負い鞄で一度やった。
先に金を受け取って、それを作るために使う。
今なら意味も分かっている。
「必要なのはいくらだ?」
「全部で40リル。でも、セラに最初に渡した10リルが少し残ってる」
「いくら残っている?」
「まだ計算中だって」
「なら、それが分かってからだな」
「やっぱり?」
「当然だろう。あといくら必要なのか分からないのに、先に渡す額は決められない」
正しい。
ものすごく正しい。
だから反論できない。
◇ ◇ ◇
「例えば、セラのところに5リル残っていたら?」
「残り35リル必要だな」
「そのうち、どのくらい先に出せる?」
「必要な材料を揃えられる額だ」
「全部じゃない?」
「全部渡しても構わない場合はある。ただ、今回は初めてセラがまとめて作るんだろう?」
「うん」
「なら、まず製作を始めるのに必要な分を渡して、残りは完成後でもいい」
「背負い鞄と同じだ」
「似ているな」
ダリオには30リルを先に渡して、残り18リルは完成後。
セラとも似た形にできるかもしれない。
◇ ◇ ◇
「でも、セラが残りは完成後でいいって言うかな」
「それはセラと話すことだ」
「駄目って言われたら?」
「必要なら私が先に出す額を増やすことも考える。ただし」
「ただし?」
「私が先に渡した金は、君の利益ではない」
「分かってるって!」
俺はすぐ答えた。
「石鹸を作るための金でしょ?」
「そうだ」
「使わないよ」
「パンにも?」
「使わない!」
「鞄にも?」
「買わない!」
「50リルの?」
「もう持ってるって!」
ハンスが笑う。
最近この鞄、一生いじられる気がしてきた。
◇ ◇ ◇
「でもさ」
俺は自分の革鞄を見下ろす。
「前は、売るために俺が先に油買ってたじゃん」
「ああ」
「今はハンスが先に金を出して、セラが作ることになるかもしれない」
「そうだな」
「俺、何するの?」
ハンスが少し考えた。
「売れる物を考えた」
「うん」
「最初に作って、売れるところまで持ってきた」
「うん」
「セラに作り方を伝えて、任せられる形にしようとしている」
「うん」
「私と値段や数を決めている」
「……うん」
「十分働いているだろう」
「そうなのかな」
手を動かしていないと、働いている感じがしない。
石鹸を作っていたころは分かりやすかった。
油を用意して、失敗して、また作って、売る。
今は話してばかりだ。
◇ ◇ ◇
「商売をする人間が、全部自分で作っているわけじゃない」
ハンスが言う。
「作る人間がいて、運ぶ人間がいて、売る人間がいる。その間で、何をどれだけ作って、いくらで売るか決める人間も必要だ」
「それが俺?」
「少なくとも、この石鹸ではそうなりつつあるな」
「商人っぽい?」
「少しは」
「少しか」
「八歳にしては十分だ」
また八歳。
でも今回は、ちょっと嬉しい。
◇ ◇ ◇
「ただし」
「また?」
「作る人間が変わっても、同じように売れるかはまだ分からない」
ハンスが二つの石鹸を指さす。
「客は『レインが作った物』だから買っているわけではないと思う。だが、使った感じが変われば気づく客もいるだろう」
「じゃあ、そこを確認する」
「ああ」
「問題なかったら二十個」
「そうだ」
「70リル」
「まだ売上を数えるな」
「言っただけじゃん」
先回りされるようになってきた。
◇ ◇ ◇
その日は、セラの石鹸をハンスの店に一個置いて帰ることになった。
ハンス自身でも確認する。
さらに、何度か石鹸を買っている客が来たら試してもらう。
俺が持っているもう一個は、家で父さんと母さんにも使ってもらう。
それで大きな違いがなければ、次へ進む。
「じゃあ、結果分かったら教えて」
「ああ」
「俺も来るけど」
「来るのか」
「来るよ」
「背負い鞄も気になるんだろう?」
「…………ちょっと」
「正直だな」
だって仕方ない。
石鹸も動いている。
背負い鞄も動いている。
どっちも俺が作ってないところで。
◇ ◇ ◇
家に帰ると、母さんが夕食の準備をしていた。
「おかえり、レイン」
「ただいま。母さん、お願いがある」
「なあに?」
「これ使ってみて」
布に包んだ石鹸を渡す。
母さんは中を見ると、すぐに首を傾げた。
「いつものと少し違う?」
「分かる?」
「形が綺麗」
「やっぱり……」
「どうして落ち込むの?」
「俺が作ったんじゃないから」
母さんが一瞬きょとんとして、それから笑った。
「じゃあ、上手な人にお願いできたのね」
「セラっていう薬師」
「前に話していた人ね」
「うん。これが同じように使えるか見てほしい」
「分かったわ」
母さんは石鹸をもう一度見て、俺の頭を軽く撫でた。
「なんか、どんどん商売らしくなっていくわね」
「でしょ?」
「最初は灰を集めてたのに」
「それ言わないでよ」
間違ってはいないけど。
◇ ◇ ◇
夜。
夕食を終えてから、俺は自分の部屋で三つに分けた金を確認した。
貯金5リル。
商売用8リル。
自由に使える3リル。
合計16リル。
数字だけ見れば、たいしたことはない。
でも今、俺の外ではもっと大きな金が動こうとしている。
背負い鞄は三個で75リル。
石鹸は、うまくいけば二十個で70リル。
合わせれば145リル分の商品が動く。
もちろん、それが全部俺の金になるわけじゃない。
作る人にも払う。
売る場所にも金がかかる。
材料にも金がかかる。
それでも。
「俺の手元、16リルしかないんだけどな」
なんだか不思議だ。
前世の俺は、金持ちになるには自分の口座に大金が入っていればいいと思っていた。
今は少し違う。
金そのものより、金が動く道を作る方が大事なのかもしれない。
……いや。
でも貯金は欲しい。
そこは絶対に譲らない。
目標100万リル。
現在5リル。
先は長い。
「まずは6リルだな」
急に現実的になった。
でも、それでいい。
一気に100万リルなんて無理なんだから、まずは一つ増やす。
そしてそのためにも、明日は母さんに石鹸の感想を聞こう。
作る人が変わっても売れるなら。
俺はまた一つ、自分でやらなくていい仕事を増やせる。




