売る場所にも、お金がかかる
価格調査を終えた俺は、その足でダリオの店へ戻った。
「ただいま」
「お前の店じゃねえ」
「細かいなあ」
「そこは細かくねえよ」
ダリオは作業台で革を切っていた。俺が戻ってきたのを見ると手を止め、顎で近くの椅子を示す。
「で、どうだった?」
「結構聞けたよ」
俺は木板を取り出し、今日聞いた内容を見せた。値段だけじゃなく、何を便利だと思ったか、どんな仕事をしているかもできるだけ書いてある。
ダリオは最初こそ軽い顔で見ていたけど、読み進めるうちに少し真面目な表情になった。
「思ったよりちゃんと調べてきたな」
「思ったよりって何」
「八歳がロイド連れて市場をうろついてるだけだと思ってた」
「だいたい合ってるけど」
「合ってんじゃねえか」
違う。
ちゃんと仕事もした。
◇ ◇ ◇
「安いので15リル。20リルなら欲しいって人が結構いて、25リルになると迷う人が増えた」
「そんなもんか」
「ダリオはどう思う?」
「俺なら25リルで売りたい」
「やっぱり?」
「ああ。一個16リルで作って20リルじゃ、何かあったとき余裕がなさすぎる」
「何か?」
「材料が高くなったり、作る途中で駄目にしたりだな。全部毎回きれいに作れると思うなよ」
「あ……」
そうか。
16リルというのは、普通に作れた場合の話だ。布を切り間違えるかもしれないし、革を駄目にすることもある。道具だって永遠に使えるわけじゃない。
「あと、作ったあとでほつれたとか、留め具が壊れたとか言われたら?」
「直す?」
「場合によるがな。売ってすぐ壊れたなら知らん顔はできねえだろ」
確かに。
石鹸とは違う。
一回売ったら終わりではなく、鞄なら修理の話が出る可能性もある。
「25リルでも高すぎるとは思わねえ。全部革の鞄よりは安いし、普通の袋より手間も材料もかかってる。それに、同じような物はまだほとんどない」
「でも25リルだと迷う人多かったよ」
「だから売り方を考えるんだろ」
「売り方?」
「俺は作る方だ。そこは商人に聞け」
そう言って、ダリオがにやっと笑った。
「ハンス?」
「他にいるのか?」
「…………行ってきます」
「忙しいな、大商人」
「まだ大は付かない」
「商人は否定しなくなったな」
言われて気づいた。
確かに。
◇ ◇ ◇
またハンスの店に来た。
最近、家より来てるんじゃないか。
「いらっしゃい」
ハンスが顔を上げる。
俺を見る。
「…………今日は何だ?」
「その反応やめてよ」
「昨日は石鹸だったな」
「今日は鞄」
「帰ってくれ」
「まだ何も言ってない!」
ハンスはため息をついたものの、本気で追い返すつもりはないらしい。
「見せてみろ」
「話早いね」
「君を相手にしていると、抵抗するだけ時間の無駄だと分かってきた」
「仲良くなったね」
「どうしてそうなる」
俺は背負い鞄を作っていることと、今日行った価格調査について説明した。
ハンスは途中で口を挟まず、木板の記録まで全部見てから腕を組んだ。
「なるほど」
「どう?」
「まず、君が知らない人間に自分から話を聞いて回ったことに驚いている」
「そこ?」
「八歳だぞ?」
「最近みんなそれ言う」
「みんなが正しいんだろう」
それは否定しづらい。
◇ ◇ ◇
「それで、ダリオに三個まとめて頼むなら一個16リル。売値は20から25リルくらいで考えてる」
「なるほど」
「俺は23リルくらいがいいかなと思ってる」
「なぜ?」
「16リルで作って23リルなら、一個7リル儲かる。25リルより買いやすそうだし」
結構。
いいところじゃないかと思っている。
ところがハンスは、少し不思議そうな顔をした。
「それを、どこで売る?」
「え?」
「だから、完成した三個をどこで売るつもりなんだ?」
「…………」
考えてなかった。
「市場?」
「出店料を払って、自分で一日店に立つのか?」
「それは嫌」
「なぜだ」
「八歳だから」
「こういうときだけ使うな」
ハンスまで言うようになった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ」
俺は店の中を見回す。
「ここ?」
「そう言うと思った」
「置いてくれる?」
「条件次第だ」
「やった」
「まだ何も決まってない」
ハンスが俺の前に手を出した。
「君は23リルで売れば7リル儲かると言ったな」
「うん」
「では、私の利益は?」
「…………」
止まった。
「…………」
もう一回考えた。
16リル。
23リル。
7リル。
「…………ないね」
「ないな」
「そこをなんとか」
「ならん」
ですよね。
◇ ◇ ◇
「待って」
俺は木板を出した。
作るのに16リル。
俺の利益。
ハンスの利益。
客が払う金。
「…………増えた」
「何が?」
「値段に入れる人」
「人聞きの悪い言い方をするな」
「だって石鹸のときは、俺が作ってハンスに売ってたじゃん」
「今も同じだろう」
「違うよ。今回はダリオがいる」
「ああ、なるほど」
ハンスが笑う。
「ようやく分かったか」
石鹸を自分で作っていた頃は、材料費を引いた残りから俺の手間も利益も出ていた。
でも背負い鞄は、ダリオが一個16リルで作る。その時点で、ダリオの材料代と手間と利益が入っている。
そこから俺が利益を取る。
さらにハンスの店で売るなら、ハンスも利益を取る。
「…………みんな金欲しがるな」
「君が一番欲しがってるだろ」
「それはそう」
否定はしない。
◇ ◇ ◇
「例えば」
ハンスが木板に数字を書く。
「私が一個20リルで君から買う」
「うん」
「店で25リルで売る」
「ハンスが5リル」
「そうだ」
「俺は4リル」
「そうなる」
「少ない」
「嫌なら自分で売れ」
早い。
「じゃあ俺に21リル」
「店では?」
「25リル」
「私が4リル」
「十分じゃない?」
「君が決めるな」
交渉。
始まった。
◇ ◇ ◇
「そもそも」
ハンスが木板を指で叩く。
「私はまだ、その鞄を見てもいない」
「あ」
「売れるかどうかも分からない商品を、なぜ買い取る前提で話している?」
「価格調査したよ」
「それは評価する。だが、『欲しい』と言うのと、実際に金を出すのは別だろう?」
ロイドにも似たことを言われた。
25リルなら欲しい。
でも。
今すぐ買うかは迷う。
「じゃあ、どうする?」
「完成した物を持ってこい」
「三個?」
「一個でいい。まず見せろ」
「試作品ならあるよ」
「それを持ってくればいい」
「売らないよ?」
「誰も買うとは言ってない」
「…………」
なんか。
今日のハンス。
強い。
いつもか。
◇ ◇ ◇
「それと、もう一つ方法はある」
「何?」
「買い取りではなく、置くだけだ」
「…………ミラとやったやつ?」
「そうだ」
委託販売。
ミラのパン屋で石鹸を売ったときは、一個5リルで売って、ミラに1リル渡していた。
「鞄を店に置く。売れたら私が取り分をもらう。売れなければ、鞄は君に返す」
「それなら?」
「私が在庫の危険を負わない分、君の取り分を増やす話はできる」
「おお」
それ。
いいじゃん。
……と思ったところで。
気づいた。
「でも俺は、先にダリオに16リル払ってる」
「そうだな」
「売れなかったら?」
「鞄が手元に残る」
「金は?」
「戻らない」
「…………」
「当たり前だろう」
怖い。
買い取りなら。
ハンスに渡した時点で金になる。
委託なら。
売れるまで金にならない。
その代わり。
売れたときの俺の利益は増やせる。
「どっちがいい?」
「私に聞くな」
「相談してるのに」
「君がどこまで危険を負うかの話だ」
ハンスが少し笑う。
「商売は、利益だけ選べるほど親切じゃない」
◇ ◇ ◇
買い取り。
利益は少なくなる。
でも、ハンスに売った時点で俺の金になる。
委託。
利益は増やせる。
でも、客が買うまで俺の金は戻らない。売れなければ、16リルの鞄が残る。
そして今の俺は。
商売に使える金が23リルしかない。
「…………」
重い。
さっき食べたパン2リルが。
今になって重い。
「飯を後悔するな」
「なんで分かったの?」
「腹を見ながら悲しそうな顔をするな」
ハンスが呆れている。
「じゃあ食べなきゃよかった?」
「食べろ。八歳だろ」
「はい」
今日は。
八歳が弱点になった。
◇ ◇ ◇
「俺としては」
ハンスが少し声を柔らかくした。
「最初から三個作る必要もないと思うがな」
「でも一個だと20リルくらいかかる」
「試作品があるんだろう?」
「ある」
「まずそれを見せろ。商品として置けそうなら、店に一つ置いて客の反応を見る方法もある」
「試作品を?」
「売らなくてもいい。見本としてな」
「…………あ」
その発想はなかった。
「値段を書いて?」
「予定価格でもいい。ただし、売らないならそう書いておけ」
「客が欲しいって言ったら?」
「名前でも聞いておけばいい」
予約。
いや。
予約というより。
欲しい人を先に探す。
「それで何人か欲しいって言ったら」
「その数を見て作ればいい」
「…………」
作ってから。
売るんじゃない。
売れそうだと分かってから。
作る。
「ハンス」
「何だ?」
「天才?」
「商人だ」
かっこいいな。
それ。
◇ ◇ ◇
店を出る前に、ハンスと次の話を決めた。
まず改良した試作品を持ってくる。
ハンスが商品として置ける品質か確認する。
問題なければ、店の一角に見本として置いて、客の反応を見る。価格はまだ仮で、実際に売る条件はその反応とダリオの製造条件を見てから決める。
いきなり三個分48リルを払う必要はない。
それが一番大きかった。
「売る場所にも、お金がかかるんだな」
店を出ながら呟く。
自分で売れば。
店に払う金はいらない。
でも、自分の時間がなくなる。
ハンスに売ってもらえば。
取り分を渡す。
でも、その時間に俺は別のことができる。
セラに言われた言葉を思い出した。
――あんたの時間。
石鹸でも。
背負い鞄でも。
同じなのかもしれない。
全部自分でやれば、一個あたりの利益は増える。でも、それだけで一日が終わる。
誰かに任せれば利益は減る。
その代わり。
俺の時間が増える。
「…………やっぱり」
俺が目指すのは。
こっちな気がする。
だって老後は。
働きたくない。
そのために今。
働かなくても金が回る方法を覚える。
「完璧じゃん」
問題があるとすれば。
まだ全然。
働かなくても金が入る状態にはなっていないことくらいだ。
先は長い。




