いくらなら、買います?
翌朝、俺がダリオの店へ行くと、ロイドはすでに来ていた。
「おはよう」
「おう。で、俺は何をさせられるんだ?」
「人探し」
「帰っていいか?」
「まだ何もしてないよ!」
ロイドは本当に帰るつもりだったのか、半分ほど開けた扉に手をかけている。その様子を見て、ダリオが作業台の向こうから笑った。
「諦めろ。こいつ、昨日からお前が来るのずっと待ってたぞ」
「怖えよ」
「言い方!」
別にロイド本人を待っていたわけじゃない。いや、待ってたけど。目的はあくまで、背負い鞄の値段を調べることだ。
◇ ◇ ◇
「つまり、これを見せて『いくらなら買うか』聞いて回りたいと」
「そう」
「なんで俺が必要なんだ?」
「冒険者の知り合いいるでしょ?」
「いるけど」
「俺がいきなり知らない冒険者に話しかけて、『鞄いくらで買います?』って聞いたら変じゃん」
ロイドはしばらく黙って俺を見た。
「何?」
「俺と一緒でも十分変だぞ」
「八歳だから許される」
「便利だな、八歳」
最近よく言われる。でも実際、八歳の見た目はこういうとき便利だ。怪しい商人というより、変なことを聞いてくる子供で済む。
「それに、ロイドは実際に使ったでしょ? 坂道で楽だったとか、両手が空くとか、説明できるじゃん」
「なるほどな」
ようやく納得したらしいロイドは、作業台に置かれた改良版の背負い鞄を手に取った。
「昨日より変わったな」
「持ち手付けた」
「お、これいいじゃん」
さっそく上の革を掴んで持ち上げる。
「外の収納も留め方変えた。仕切りも変えてある」
「こっちの方が安心だな。前のは走ったら中身落としそうだったから」
「ロイドの意見、結構入ってるよ」
「だから協力しろって?」
「そういうこと」
ロイドは呆れたように笑ったあと、「午前中だけな」と引き受けてくれた。
「ありがとう!」
「その代わり昼飯奢れよ」
「え?」
「働かせるんだろ?」
協力者に報酬。正しい。正しいけど、金の話になると反射的に身構えてしまう。
「いくら?」
「パン一個でいい」
「それなら」
「なんだその安心した顔」
パンなら2リルくらい。
必要経費。これは間違いなく必要経費だ。
◇ ◇ ◇
最初に向かったのは、市場から少し外れた場所だった。武器や防具を扱う店が並び、その近くには旅装の人間も多い。ロイドによると、町の外へ仕事に出る冒険者や護衛が立ち寄ることが多いらしい。
背負い鞄はロイドに背負ってもらった。俺が背負うと大きすぎて参考にならないし、何より大人の背中にある方がちゃんと商品っぽく見える。
「いた」
ロイドが手を上げた。
「おーい、バルド!」
呼ばれた男が振り返る。年は三十代くらいで、ロイドより一回り大きい。腰には剣を差し、肩には普通の布袋を掛けていた。
「ロイド。今日は仕事じゃねえのか?」
「午後からだ。ちょっと聞きたいことがあってな」
「金なら貸さねえぞ」
「違えよ」
仲いいな。
ロイドが俺を指差す。
「こいつが作った鞄の値段を聞きたいんだと」
「こいつ?」
バルドは俺を見た。一度見て、なぜかもう一度見る。
「子供じゃねえか」
「八歳です」
「なんで八歳が鞄売ってんだ?」
「まだ売ってません」
「余計分かんねえよ」
ごもっともです。
◇ ◇ ◇
事情を簡単に説明して、背負い鞄を見てもらった。バルドは最初こそ面白半分だったけど、肩紐や外側の収納を触り始めると、だんだん真面目な顔になっていく。
「背負っていいか?」
「もちろん」
ロイドから受け取って背負うと、少し歩いたり肩を動かしたりして感触を確かめる。
「お。普通の袋より安定するな」
「両肩だから」
「走っても?」
「俺は一日使ったけど、前のやつでもそこそこ良かったぞ。これはそのときの不満を直したやつ」
ロイドが横から補足してくれる。反応は悪くない。
問題はここからだ。
「これ、いくらなら買います?」
「いくらなら?」
「まだ値段決めてないから」
バルドは鞄を背負ったまま少し考えた。
「俺なら……20リルくらいかな」
「20リル」
「ああ。それ以上なら今の袋で我慢する」
いきなり想定より低い。一個16リルで作って、20リルで売ったら利益は4リルしかない。
「なるほど……」
「なんか悪いこと言ったか?」
「大丈夫。正直に言ってほしいから」
「そうか」
バルドは鞄を返しながら続けた。
「物はいいと思うぞ。ただ、鞄に25リルとか30リル出すなら、俺は別の装備に使う」
「ああ……」
なるほど。金がないわけじゃない。
優先順位の問題か。
◇ ◇ ◇
二人目は、二十代くらいの女性の冒険者だった。弓を持っていて、ロイドとは何度か仕事をしたことがあるらしい。
背負い鞄を渡すと、肩紐を自分の体に合わせて調整し、収納を一つずつ確認していく。
「これ、いいね」
「いくらなら買う?」
今度はロイドが聞いてくれた。
「うーん……25リルなら考える」
来た。25リル。
「30リルは?」
「高い」
即答だった。
「なんで25リルなら?」
「両手が空くのはいいし、弓を持ってても邪魔になりにくそう。それに、この外側のところ便利」
彼女は外側の収納を指差した。
「小さい物を全部中に入れると、探すの面倒だから」
なるほど。同じ商品でも、どこを便利だと思うかは人によって違うらしい。
バルドは荷物の安定。
この人は、弓を持ったまま使えることと収納。
そういう話も記録しておいた方がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
三人目は冒険者ではなかった。
市場で荷物を運んでいた若い男が、ロイドの背負っている鞄を何度か見ていた。知り合いではないらしいので、今度は俺から声をかけてみる。
「これ、気になります?」
「え?」
「この鞄」
「ああ。変わってるなと思って」
よし。
向こうから興味を持った人。これは大事な気がする。
話を聞くと、左官職人の手伝いをしているらしい。試しに背負ってもらうと、反応はかなり良かった。
「道具入れるのに良さそうだな」
「こういうの使いたい?」
「今の袋よりは楽そうだな」
「じゃあ、いくらなら買う?」
「うーん……15リルなら」
「15リル!?」
思わず声が出た。
「高かった?」
「いや、逆」
作るだけで16リルです。
売るたびに1リル減ります。
「20リルなら?」
「ちょっと考えるな」
「25リル」
「買わない」
「…………なるほど」
厳しい。
商売、厳しい。
◇ ◇ ◇
その後も何人かに聞いて回った。冒険者、行商人、職人、旅人。興味を示す人は思ったより多かったけど、値段の話になると途端に意見が分かれる。
「20リルなら欲しい」
「25リルはちょっと高いな」
「便利そうだけど、今の袋でも困ってない」
「丈夫なら25リルでもいい」
「雨には強いのか?」
「もっと大きいのはないの?」
「俺なら小さい方がいいな」
俺は木板に必死で書き込んでいった。値段だけじゃなく、何が気になったのかもできるだけ残していく。
そして何人かに聞き終わった頃には、調べる前より頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「…………売れるか分かんなくなってきた」
「調べる前より混乱してんじゃねえか」
ロイドが笑う。
「だってみんな違うこと言う」
「そりゃそうだろ」
「なんで?」
「人が違うから」
当たり前のことを言われた。
でも、その当たり前を俺は忘れていたのかもしれない。便利な物を作れば、みんな同じように欲しがる。なんとなく、そんなふうに考えていた。
実際は違う。
欲しい理由も、出せる金も、今使っている物への不満も、人によって全部違う。
◇ ◇ ◇
昼前、俺とロイドは市場の端にあるパン屋の前で座っていた。
約束通りロイドの昼飯を買う。ついでに俺も腹が減ったので、自分の分も買った。
パン一個2リル。二個で4リル。
「…………」
「お前の分まで俺の報酬みたいな顔すんなよ」
「俺のは自腹?」
「当たり前だろ」
商売に動かせる金は27リルだった。
ロイドの分で2リル。
俺のパンで2リル。
残り23リル。
「…………鞄が遠くなった」
「飯くらい食え」
正論だった。
◇ ◇ ◇
パンを食べながら、集めた意見を見直す。
15リル。
20リル。
25リル。
中には、それ以上でも丈夫なら欲しいという人もいた。ただ、全体として見ると20リルから25リルあたりが一つの境目になっているように思える。
「20から25くらい?」
「俺もそんな感じに見えたな」
ロイドがパンをちぎりながら答える。
「で、ロイドは?」
「俺?」
「まだ聞いてない」
「そういやそうだな」
実際に一日使った人の意見は大事だ。
「いくらなら買う?」
ロイドは少し考えてから、改良された背負い鞄を見る。
「今のやつなら25リルかな」
「お」
「ただ、25リルならすぐ買うかって言われたら迷う」
「…………なんで?」
「今使ってる袋が壊れたとか、長い仕事に出る予定があるとか。そういうときなら買う。でも今すぐ必要かって言われるとな」
なるほど。
欲しい。
と。
今買う。
は違う。
「じゃあ20リルなら?」
「結構欲しい」
「15リル」
「買う」
「分かりやすいな」
「そりゃ安けりゃ嬉しいだろ」
ですよね。
◇ ◇ ◇
ただ、15リルでは売れない。作るだけで16リルかかるから、売るたびに赤字になる。
20リルなら利益4リル。25リルなら利益9リル。
単純に考えれば25リルで売りたい。でも今日聞いた感じだと、25リルになった瞬間に「ちょっと考える」という人が増える。
「…………難しい」
「ダリオに相談したら?」
「する」
「あとハンスとか」
「え?」
ロイドが俺を見る。
「お前、あの雑貨屋と石鹸の商売してるんだろ?」
「知ってるの?」
「ダリオから聞いた」
「俺の情報、みんな共有してない?」
「狭い町だからな」
またそれか。
「ハンスなら、こういう物の値段つけるの慣れてんじゃねえの?」
「…………確かに」
なんで俺よりロイドの方がまともなこと言ってるんだ。
「ロイド」
「何だよ」
「商売しない?」
「嫌だよ」
「即答」
「俺は外で仕事してる方が性に合ってる」
そういうものらしい。
◇ ◇ ◇
ロイドと別れてから、俺は木板に残した記録をもう一度見直した。
今日分かったことは多い。背負い鞄を便利だと思う人はちゃんといるし、冒険者だけじゃなく職人や行商人にも使い道がある。ただ、欲しい大きさも、便利だと思う部分も、出せる金額も人によって違う。
そして当然、25リルなら全員が喜んで買う――なんてことはなかった。
それでも、20リルから25リルくらいなら商品として検討してもらえる。そこまでは分かった。
「一個16リルで作るとして……」
20リルで売れば利益4リル。
25リルなら9リル。
その間には、21リルも22リルも23リルも24リルもある。当たり前だけど、値段は5リル刻みじゃなくていい。
「23リル……?」
なんとなく口にしてみる。
一個16リルで作って23リルで売れば、一個あたり7リル。三個全部売れれば21リルになる。
悪くない。
でも、俺だけで決めない。
昨日そう決めたばかりだ。
「ハンスか」
石鹸の相談をしたばかりなのに、今度は鞄の相談まで持っていくことになる。
まずダリオに今日の結果を話す。それからハンスにも聞いてみよう。いくらなら売れそうなのか。そして、そもそもどこで売るのがいいのか。
作る前に考えることは、まだまだある。
でも不思議と、面倒だとは思わなかった。
前までは、物を思いついて、作って、売れたら喜ぶ。それだけだった。
今は誰が買うのか、いくらなら買うのか、何個作るのか、どこで売るのか、そのための金をどうするのかまで考えている。
「…………俺、本当に商人になってきてない?」
誰に聞くでもなく呟いてから、腰の50リルの革鞄に触れる。
まあ。
相変わらず浪費家でもあるんだけど。




