↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/264

いくらなら、買います?

翌朝、俺がダリオの店へ行くと、ロイドはすでに来ていた。


「おはよう」


「おう。で、俺は何をさせられるんだ?」


「人探し」


「帰っていいか?」


「まだ何もしてないよ!」


 ロイドは本当に帰るつもりだったのか、半分ほど開けた扉に手をかけている。その様子を見て、ダリオが作業台の向こうから笑った。


「諦めろ。こいつ、昨日からお前が来るのずっと待ってたぞ」


「怖えよ」


「言い方!」


 別にロイド本人を待っていたわけじゃない。いや、待ってたけど。目的はあくまで、背負い鞄の値段を調べることだ。


     ◇ ◇ ◇


「つまり、これを見せて『いくらなら買うか』聞いて回りたいと」


「そう」


「なんで俺が必要なんだ?」


「冒険者の知り合いいるでしょ?」


「いるけど」


「俺がいきなり知らない冒険者に話しかけて、『鞄いくらで買います?』って聞いたら変じゃん」


 ロイドはしばらく黙って俺を見た。


「何?」


「俺と一緒でも十分変だぞ」


「八歳だから許される」


「便利だな、八歳」


 最近よく言われる。でも実際、八歳の見た目はこういうとき便利だ。怪しい商人というより、変なことを聞いてくる子供で済む。


「それに、ロイドは実際に使ったでしょ? 坂道で楽だったとか、両手が空くとか、説明できるじゃん」


「なるほどな」


 ようやく納得したらしいロイドは、作業台に置かれた改良版の背負い鞄を手に取った。


「昨日より変わったな」


「持ち手付けた」


「お、これいいじゃん」


 さっそく上の革を掴んで持ち上げる。


「外の収納も留め方変えた。仕切りも変えてある」


「こっちの方が安心だな。前のは走ったら中身落としそうだったから」


「ロイドの意見、結構入ってるよ」


「だから協力しろって?」


「そういうこと」


 ロイドは呆れたように笑ったあと、「午前中だけな」と引き受けてくれた。


「ありがとう!」


「その代わり昼飯奢れよ」


「え?」


「働かせるんだろ?」


 協力者に報酬。正しい。正しいけど、金の話になると反射的に身構えてしまう。


「いくら?」


「パン一個でいい」


「それなら」


「なんだその安心した顔」


 パンなら2リルくらい。


 必要経費。これは間違いなく必要経費だ。


     ◇ ◇ ◇


 最初に向かったのは、市場から少し外れた場所だった。武器や防具を扱う店が並び、その近くには旅装の人間も多い。ロイドによると、町の外へ仕事に出る冒険者や護衛が立ち寄ることが多いらしい。


 背負い鞄はロイドに背負ってもらった。俺が背負うと大きすぎて参考にならないし、何より大人の背中にある方がちゃんと商品っぽく見える。


「いた」


 ロイドが手を上げた。


「おーい、バルド!」


 呼ばれた男が振り返る。年は三十代くらいで、ロイドより一回り大きい。腰には剣を差し、肩には普通の布袋を掛けていた。


「ロイド。今日は仕事じゃねえのか?」


「午後からだ。ちょっと聞きたいことがあってな」


「金なら貸さねえぞ」


「違えよ」


 仲いいな。


 ロイドが俺を指差す。


「こいつが作った鞄の値段を聞きたいんだと」


「こいつ?」


 バルドは俺を見た。一度見て、なぜかもう一度見る。


「子供じゃねえか」


「八歳です」


「なんで八歳が鞄売ってんだ?」


「まだ売ってません」


「余計分かんねえよ」


 ごもっともです。


     ◇ ◇ ◇


 事情を簡単に説明して、背負い鞄を見てもらった。バルドは最初こそ面白半分だったけど、肩紐や外側の収納を触り始めると、だんだん真面目な顔になっていく。


「背負っていいか?」


「もちろん」


 ロイドから受け取って背負うと、少し歩いたり肩を動かしたりして感触を確かめる。


「お。普通の袋より安定するな」


「両肩だから」


「走っても?」


「俺は一日使ったけど、前のやつでもそこそこ良かったぞ。これはそのときの不満を直したやつ」


 ロイドが横から補足してくれる。反応は悪くない。


 問題はここからだ。


「これ、いくらなら買います?」


「いくらなら?」


「まだ値段決めてないから」


 バルドは鞄を背負ったまま少し考えた。


「俺なら……20リルくらいかな」


「20リル」


「ああ。それ以上なら今の袋で我慢する」


 いきなり想定より低い。一個16リルで作って、20リルで売ったら利益は4リルしかない。


「なるほど……」


「なんか悪いこと言ったか?」


「大丈夫。正直に言ってほしいから」


「そうか」


 バルドは鞄を返しながら続けた。


「物はいいと思うぞ。ただ、鞄に25リルとか30リル出すなら、俺は別の装備に使う」


「ああ……」


 なるほど。金がないわけじゃない。


 優先順位の問題か。


     ◇ ◇ ◇


 二人目は、二十代くらいの女性の冒険者だった。弓を持っていて、ロイドとは何度か仕事をしたことがあるらしい。


 背負い鞄を渡すと、肩紐を自分の体に合わせて調整し、収納を一つずつ確認していく。


「これ、いいね」


「いくらなら買う?」


 今度はロイドが聞いてくれた。


「うーん……25リルなら考える」


 来た。25リル。


「30リルは?」


「高い」


 即答だった。


「なんで25リルなら?」


「両手が空くのはいいし、弓を持ってても邪魔になりにくそう。それに、この外側のところ便利」


 彼女は外側の収納を指差した。


「小さい物を全部中に入れると、探すの面倒だから」


 なるほど。同じ商品でも、どこを便利だと思うかは人によって違うらしい。


 バルドは荷物の安定。


 この人は、弓を持ったまま使えることと収納。


 そういう話も記録しておいた方がよさそうだ。


     ◇ ◇ ◇


 三人目は冒険者ではなかった。


 市場で荷物を運んでいた若い男が、ロイドの背負っている鞄を何度か見ていた。知り合いではないらしいので、今度は俺から声をかけてみる。


「これ、気になります?」


「え?」


「この鞄」


「ああ。変わってるなと思って」


 よし。


 向こうから興味を持った人。これは大事な気がする。


 話を聞くと、左官職人の手伝いをしているらしい。試しに背負ってもらうと、反応はかなり良かった。


「道具入れるのに良さそうだな」


「こういうの使いたい?」


「今の袋よりは楽そうだな」


「じゃあ、いくらなら買う?」


「うーん……15リルなら」


「15リル!?」


 思わず声が出た。


「高かった?」


「いや、逆」


 作るだけで16リルです。


 売るたびに1リル減ります。


「20リルなら?」


「ちょっと考えるな」


「25リル」


「買わない」


「…………なるほど」


 厳しい。


 商売、厳しい。


     ◇ ◇ ◇


 その後も何人かに聞いて回った。冒険者、行商人、職人、旅人。興味を示す人は思ったより多かったけど、値段の話になると途端に意見が分かれる。


「20リルなら欲しい」


「25リルはちょっと高いな」


「便利そうだけど、今の袋でも困ってない」


「丈夫なら25リルでもいい」


「雨には強いのか?」


「もっと大きいのはないの?」


「俺なら小さい方がいいな」


 俺は木板に必死で書き込んでいった。値段だけじゃなく、何が気になったのかもできるだけ残していく。


 そして何人かに聞き終わった頃には、調べる前より頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


「…………売れるか分かんなくなってきた」


「調べる前より混乱してんじゃねえか」


 ロイドが笑う。


「だってみんな違うこと言う」


「そりゃそうだろ」


「なんで?」


「人が違うから」


 当たり前のことを言われた。


 でも、その当たり前を俺は忘れていたのかもしれない。便利な物を作れば、みんな同じように欲しがる。なんとなく、そんなふうに考えていた。


 実際は違う。


 欲しい理由も、出せる金も、今使っている物への不満も、人によって全部違う。


     ◇ ◇ ◇


 昼前、俺とロイドは市場の端にあるパン屋の前で座っていた。


 約束通りロイドの昼飯を買う。ついでに俺も腹が減ったので、自分の分も買った。


 パン一個2リル。二個で4リル。


「…………」


「お前の分まで俺の報酬みたいな顔すんなよ」


「俺のは自腹?」


「当たり前だろ」


 商売に動かせる金は27リルだった。


 ロイドの分で2リル。


 俺のパンで2リル。


 残り23リル。


「…………鞄が遠くなった」


「飯くらい食え」


 正論だった。


     ◇ ◇ ◇


 パンを食べながら、集めた意見を見直す。


 15リル。


 20リル。


 25リル。


 中には、それ以上でも丈夫なら欲しいという人もいた。ただ、全体として見ると20リルから25リルあたりが一つの境目になっているように思える。


「20から25くらい?」


「俺もそんな感じに見えたな」


 ロイドがパンをちぎりながら答える。


「で、ロイドは?」


「俺?」


「まだ聞いてない」


「そういやそうだな」


 実際に一日使った人の意見は大事だ。


「いくらなら買う?」


 ロイドは少し考えてから、改良された背負い鞄を見る。


「今のやつなら25リルかな」


「お」


「ただ、25リルならすぐ買うかって言われたら迷う」


「…………なんで?」


「今使ってる袋が壊れたとか、長い仕事に出る予定があるとか。そういうときなら買う。でも今すぐ必要かって言われるとな」


 なるほど。


 欲しい。


 と。


 今買う。


 は違う。


「じゃあ20リルなら?」


「結構欲しい」


「15リル」


「買う」


「分かりやすいな」


「そりゃ安けりゃ嬉しいだろ」


 ですよね。


     ◇ ◇ ◇


 ただ、15リルでは売れない。作るだけで16リルかかるから、売るたびに赤字になる。


 20リルなら利益4リル。25リルなら利益9リル。


 単純に考えれば25リルで売りたい。でも今日聞いた感じだと、25リルになった瞬間に「ちょっと考える」という人が増える。


「…………難しい」


「ダリオに相談したら?」


「する」


「あとハンスとか」


「え?」


 ロイドが俺を見る。


「お前、あの雑貨屋と石鹸の商売してるんだろ?」


「知ってるの?」


「ダリオから聞いた」


「俺の情報、みんな共有してない?」


「狭い町だからな」


 またそれか。


「ハンスなら、こういう物の値段つけるの慣れてんじゃねえの?」


「…………確かに」


 なんで俺よりロイドの方がまともなこと言ってるんだ。


「ロイド」


「何だよ」


「商売しない?」


「嫌だよ」


「即答」


「俺は外で仕事してる方が性に合ってる」


 そういうものらしい。


     ◇ ◇ ◇


 ロイドと別れてから、俺は木板に残した記録をもう一度見直した。


 今日分かったことは多い。背負い鞄を便利だと思う人はちゃんといるし、冒険者だけじゃなく職人や行商人にも使い道がある。ただ、欲しい大きさも、便利だと思う部分も、出せる金額も人によって違う。


 そして当然、25リルなら全員が喜んで買う――なんてことはなかった。


 それでも、20リルから25リルくらいなら商品として検討してもらえる。そこまでは分かった。


「一個16リルで作るとして……」


 20リルで売れば利益4リル。


 25リルなら9リル。


 その間には、21リルも22リルも23リルも24リルもある。当たり前だけど、値段は5リル刻みじゃなくていい。


「23リル……?」


 なんとなく口にしてみる。


 一個16リルで作って23リルで売れば、一個あたり7リル。三個全部売れれば21リルになる。


 悪くない。


 でも、俺だけで決めない。


 昨日そう決めたばかりだ。


「ハンスか」


 石鹸の相談をしたばかりなのに、今度は鞄の相談まで持っていくことになる。


 まずダリオに今日の結果を話す。それからハンスにも聞いてみよう。いくらなら売れそうなのか。そして、そもそもどこで売るのがいいのか。


 作る前に考えることは、まだまだある。


 でも不思議と、面倒だとは思わなかった。


 前までは、物を思いついて、作って、売れたら喜ぶ。それだけだった。


 今は誰が買うのか、いくらなら買うのか、何個作るのか、どこで売るのか、そのための金をどうするのかまで考えている。


「…………俺、本当に商人になってきてない?」


 誰に聞くでもなく呟いてから、腰の50リルの革鞄に触れる。


 まあ。


 相変わらず浪費家でもあるんだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。