それで、これいくらで作れる?
ダリオの店が見えてきた。
夕方にはまだ少し早い。
「…………」
別に。
急いでいるわけじゃない。
たまたま。
市場を歩いていたら。
たまたま、この道を通っただけだ。
そういうことにしておこう。
店の前まで来る。
中を覗く。
ダリオは作業台に向かっていた。
背中しか見えない。
「…………」
まだかな。
「できた?」
「早えよ!」
振り返りもしなかった。
「まだ三分に一回は聞いてないよ」
「来る時間が早えんだよ!」
「近くまで来たから」
「嘘つけ。絶対まっすぐ来ただろ」
鋭い。
「邪魔しないから見てていい?」
「本当に黙ってられるならな」
「もちろん」
俺は作業台の反対側に立った。
ダリオが針を動かす。
革と布が重なる部分を縫っている。
「…………」
なるほど。
「…………」
こうやって。
「…………」
一個ずつ。
「…………」
手で。
「…………」
作るのか。
「ダリオ」
「まだできてねえ」
「違う」
「何だよ」
「これ、一個作るのにどのくらいかかる?」
ダリオの手が止まった。
「お前」
「何?」
「黙ってるって言ったよな?」
「できた?とは聞いてない」
「そういう問題じゃねえ」
怒られた。
◇ ◇ ◇
「ほら」
しばらくして。
ダリオが背負い鞄を持ち上げた。
「一旦これで完成だ」
「おお……!」
見た目は。
二号試作品と大きく変わっていない。
でも。
細かいところが変わっている。
外側の収納には、前よりしっかりした留め具。
中の仕切りは位置が変わっていて、大きい荷物を入れる場所を邪魔しにくくなっている。
肩紐の位置も少し変わった。
そして。
「これ!」
鞄の上に。
短い革の持ち手。
「持てる!」
「そのために付けたんだからな」
持ち上げる。
普通に持てる。
「すげえ」
「そこまで感動するところか?」
「いや、前世――」
危ない。
「前……に見た気がする鞄にも付いてたから」
「どこで見たんだよ」
「…………どっか」
「便利な記憶だな」
「俺もそう思う」
最近。
誤魔化すのが雑になってきた気がする。
気をつけよう。
◇ ◇ ◇
「背負ってみろ」
「俺?」
「他に誰がいる」
「大きいんだけど」
「分かってる。紐を一番短くしてみる」
調整してもらって背負う。
やっぱり。
八歳の俺には大きい。
でも。
前より安定している。
軽く歩く。
振り返る。
少し走る。
「お」
「どうだ?」
「前より揺れない」
「肩紐の付け根を少し内側にした」
片方の肩だけ外してみる。
「これも前よりやりやすい」
「二本で背負ったときの安定を落とさない範囲でな」
上の持ち手を掴んで下ろす。
「いいじゃん」
「最初からそう言え」
「まだある」
「何だよ」
「荷物入れてない」
「細けえな、お前」
「ロイドに怒られるから」
「あいつは怒らねえよ。笑うだけだ」
それは。
なんとなく分かる。
◇ ◇ ◇
ダリオが適当な荷物を詰めていく。
布。
革の端材。
小さな道具。
水の入った容器。
「その革いる?」
「重しだ」
「商品に傷つけないでよ」
「まだ商品じゃねえ」
「あ」
そうだった。
試作品。
でも。
「そろそろ商品でよくない?」
「それを決めるために試してんだろ」
「じゃあ完成したら商品?」
「値段が決まればな」
「…………」
そうだ。
値段。
俺は荷物の入った背負い鞄を背負う。
さっきより。
当然重い。
でも。
肩にかかる感じは悪くない。
前の試作品より、左右に振られにくい。
「ロイドにもう一回使ってもらう?」
「できればな」
「また一日?」
「そこまではいらねえだろ。一度実際の仕事で使ってるし、直したところを見てもらえばいい」
「なるほど」
「それで問題なけりゃ、ひとまず形は完成だ」
完成。
その言葉に。
ちょっとだけ胸が高鳴る。
石鹸とは違う。
俺一人じゃ。
絶対に作れなかった物。
「ダリオ」
「何だ?」
「ありがとう」
ダリオが一瞬。
変な顔をした。
「……急にどうした」
「いや、俺だけだったら絵描いて終わってたなって」
「亀みたいな絵な」
「まだ言う?」
「一生言う」
ダリオが笑う。
「まあ、俺も面白かったよ。普段作らねえ物だったしな」
「売れたらもっと面白いよ」
「そこだな」
急に。
商人の顔になった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ」
俺は背負い鞄を作業台に置いた。
「で、これいくらで作れる?」
「来たな」
「大事でしょ?」
「大事だ」
ダリオが椅子に座る。
俺も向かいに座った。
「まず」
ダリオが背負い鞄を指差す。
「この一個だけ作れって話なら、高い」
「いくら?」
「同じ物を一個だけなら、材料と手間を考えて……20リル前後は欲しい」
「…………」
思ったよりする。
「高くない?」
「帰れ」
「今日二回目」
「革だけ見てんじゃねえ。布も使う。留め具も使う。縫う場所も多い。肩紐なんて普通の袋より面倒だ」
「なるほど……」
「あと、お前が途中で『ここ変えて』『やっぱりこっち』って言わなきゃもう少し楽だ」
「それ試作の話じゃん」
「そうだな」
ダリオが笑った。
「だから、同じ物を何個か作るなら話は変わる」
「安くなる?」
「ああ」
来た。
好きな言葉。
◇ ◇ ◇
「なんで?」
「同じ形なら、布をまとめて切れる。革も同じ寸法で用意できる。作る順番も決められる」
「なるほど」
「一個作って、次は違う物作って、また一個作るよりずっと早い」
石鹸でも。
似たような話があった。
一個ずつ作るより。
まとめて作った方がいい。
「じゃあ十個」
「待て」
「また?」
「お前はすぐ数を増やすな」
「ハンスにも言われた」
「今日何人に怒られてんだ?」
「二人」
「まだ夕方だぞ」
「八歳だから」
「便利なときだけ八歳になるな」
バレてる。
◇ ◇ ◇
「最初なら」
ダリオが考える。
「三個だな」
「三個?」
「ああ」
「少なくない?」
「売れるか分からねえ物を十個作ってどうすんだ」
「売る」
「売れなかったら?」
「…………使う?」
「十個も?」
「…………」
いらない。
「三個なら、俺と弟子で他の仕事の合間に作れる」
「弟子も作れるの?」
「簡単なところからやらせる。全部俺が縫ってたら他の仕事が止まるからな」
あの若い男か。
前に店で。
軽い感じで手を振っていた。
「三個ならいくら?」
「同じ形でまとめて作るなら……」
ダリオが指を折りながら考える。
「一個16リル」
「16リル」
三個で。
48リル。
俺の頭の中で。
すぐに数字が動き始める。
「それはダリオの利益込み?」
「当たり前だろ!」
「確認しただけ!」
「職人を無料で働かせようとすんな」
「してないよ!」
「顔がしてた」
「どんな顔だよ」
危ない。
でも。
ここからが大事。
◇ ◇ ◇
「16リルで作って」
「ああ」
「俺が売る」
「ああ」
「じゃあ、いくらで売る?」
「それを俺に聞くのか?」
「意見」
ダリオが背負い鞄を見る。
「普通の袋よりは高い」
「うん」
「ただ、全部革で作った鞄ほど高くはできねえ」
「俺の50リルのやつ?」
「そうだな」
腰の鞄を見る。
相変わらず。
いい鞄だ。
50リル。
高いけど。
いい鞄。
「30リル?」
俺が言う。
「高いと思う奴はいるだろうな」
「25リル?」
「それなら手は出しやすくなる」
「20リル?」
「お前の利益がほとんどねえだろ」
「…………」
そうだった。
一個16リルで作る。
20リルで売る。
利益4リル。
三個全部売れても12リル。
「少ない」
「お前な」
「だって試作に20リル払ってるんだよ?」
「それは開発代だ」
「回収したい」
「気持ちは分かる」
ダリオが笑う。
「でも、その20リルを最初の三個だけで全部取り返そうとしたら、売値が上がるぞ」
「…………」
なるほど。
また。
新しい問題が出てきた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ25リルで売ったら」
一個あたり。
9リル。
三個で。
27リル。
試作代20リルを考えても。
全部売れれば一応プラス。
ただし。
「全部売れれば、だな」
ダリオが言う。
「先に言わないでよ」
「顔に書いてある」
「売れると思う?」
「俺に聞くな」
「作った人じゃん」
「だからこそだ。俺は自分で作った物を悪いとは言わねえぞ」
「自信あるなあ」
「職人だからな」
ダリオが背負い鞄を軽く叩く。
「物としては悪くない。むしろ便利だと思う。だが25リル出すかどうかは、使う奴が決める」
使う奴。
「ロイド」
「そういうことだ」
値段を決める前に。
聞くべき相手がいる。
◇ ◇ ◇
「ロイド、いつ来る?」
「知らん」
「呼べない?」
「俺を何だと思ってる」
「ロイド召喚装置」
「帰れ」
「今日三回目」
ダリオが笑いながら、店の外を指差した。
「いつも仕事帰りにこの辺通ることがある。今日来るかもしれねえし、明日かもしれねえ」
「じゃあ待つ」
「勝手にしろ」
「邪魔しないよ」
「それ、今日二回聞いた」
俺は店の端に座った。
完成した背負い鞄を見る。
一個16リル。
売値候補。
25リル。
もし三個作るなら。
先に48リル必要。
「…………48リル」
ここで。
ようやく。
別の問題に気づいた。
俺。
「今、そんなに自由に使える金あったっけ?」
石鹸の金。
セラへの5リル。
背負い鞄の試作20リル。
貯金の5リル。
材料費。
いろいろ。
使っている。
「…………」
やばい。
売れるかどうか以前に。
作る金がいる。
◇ ◇ ◇
「ダリオ」
「今度は何だ?」
「商売って」
「おう」
「商品作る前に金いるんだね」
ダリオが。
ゆっくり俺を見る。
「お前、今まで何だと思って商売してたんだ?」
「作ったら金が増えるもの」
「間違っちゃいねえのが腹立つな」
笑われた。
でも。
本当に。
そうだった。
石鹸は。
少ない金で材料を買って。
作って。
売って。
また材料を買った。
背負い鞄は違う。
一個作るだけで。
16リル。
三個なら。
48リル。
売れる前に。
俺が払う。
「…………」
売れればいい。
でも。
売れなかったら。
48リルが。
鞄三個になる。
「それは……」
怖い。
前世なら。
50リルの鞄を勢いで買えたのに。
商売で48リル使うとなると。
急に怖い。
「なんでだろう」
「何が?」
「自分の物に50リル使うより、商品の48リルの方が怖い」
「お前、本当に金の使い方おかしいな」
「俺も今そう思った」
ダリオが大笑いした。
◇ ◇ ◇
でも。
これも。
必要なことなんだと思う。
作る。
売る。
儲ける。
その間には。
売れる前に。
金を出す瞬間がある。
材料。
製造。
在庫。
そして。
売れなかったときの損。
「…………商売って」
思ってたより。
「怖いな」
「今さらか?」
ダリオが笑う。
「でもな」
「何?」
「だから売れたとき面白いんだよ」
その顔は。
職人というより。
少しだけ商人に見えた。
俺は背負い鞄を見る。
まずは。
ロイドに聞こう。
これに。
いくらなら払うのか。
そして。
その前に。
「俺の金、一回ちゃんと数えよう」
貯金の5リルは。
できれば。
触りたくない。
やっと。
初めて貯めた金だから。
前世では。
一円も入れられなかった。
だから。
あれだけは。
別。
「…………たぶん」
そう思ったところで。
自分の言葉が。
ちょっとだけ信用できなかった。




