それで、何個なら売れます?
セラの店を出た俺は、そのまま市場へ向かった。
夕方にはダリオのところへ戻る。
それまでに。
ハンスに聞いておきたいことがある。
これから石鹸を、何個売れるのか。
「…………」
いや。
違うな。
何個売れるのかじゃない。
「何個なら、売ってくれるのか」
今までは。
十個作った。
売れた。
十五個作った。
売れた。
それだけだった。
自分で作れる数が先にあって、その数をハンスに持っていっていた。
でも。
セラに製造を任せるなら、順番が逆になる。
売れる数を考えて。
その数を作ってもらう。
「…………商売っぽい」
ちょっと楽しくなってきた。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃ――」
ハンスが顔を上げる。
「また君か」
「また俺です」
「最近よく来るな」
「迷惑?」
「客なら歓迎する」
「今日は買わない」
「帰ってくれ」
「早いって」
ハンスが小さく笑った。
最初に会ったときは、もっと隙のない商人という感じだったけど。
最近は少しだけ。
扱いが雑になった気がする。
たぶん。
仲良くなった。
そういうことにしておこう。
「石鹸の話なんだけど」
「それなら帰らなくていい」
「現金だなあ」
「商人だからな」
それを言われると強い。
◇ ◇ ◇
「で、何個なら売れます?」
俺が聞くと。
ハンスが黙った。
「…………何だ、その聞き方は」
「変?」
「今までの君なら『何個買う?』だっただろ」
「似たようなもんじゃない?」
「結構違う」
ハンスが店の奥から木板を持ってくる。
何か書いてある。
「何それ?」
「石鹸の記録だ」
「記録してたの?」
「商品を扱ってるんだから当たり前だろう」
なんか。
俺よりちゃんと商売してる。
いや。
当たり前か。
ハンスは本物の商人だった。
「最初の十個は全部売れた。次の十五個も、もう半分以上出ている」
「え?」
思ったより早い。
「そんなに?」
「だから記録を見せてる」
「じゃあ、次は三十個?」
「待て」
止められた。
「なんで?」
「どうして十五の次が三十なんだ」
「倍だから」
「理由になってない」
ですよね。
◇ ◇ ◇
ハンスは木板を指で叩いた。
「まず、買った人間全員が同じ使い方をしているわけじゃない」
「どういうこと?」
「手を洗うために使っている人もいれば、体を洗うために使っている人もいる。洗濯に試した人もいるらしい」
「洗濯にも?」
「本人がそう言っていた」
なるほど。
用途によって。
なくなる速さが違う。
「それと、最初に買った人間の中から、二度目を買いに来た客も出ている」
「何人?」
「今のところ三人」
三人。
多いのか。
少ないのか。
「少なくない?」
「何と比べてる?」
「…………分からない」
「なら勝手に落ち込むな」
ハンスが呆れた顔をする。
「そもそも最初の十個を売ってから、まだそれほど経っていない。石鹸は一日でなくなる商品じゃないんだぞ」
「あ」
「それに、同じ家で一つ使っている場合もある。買った人数と使っている人数が同じとも限らない」
「なるほど」
そうか。
一個売れた。
一人使ってる。
とは限らない。
家族で使っているかもしれない。
「じゃあ結局、何個売れる?」
「だから急ぐな」
また怒られた。
◇ ◇ ◇
「君は、何個作れる?」
今度はハンスが聞いてきた。
「それなんだけど」
俺はセラの話をした。
薬師に石鹸を見てもらったこと。
試作ができたこと。
条件が合えば、製造を任せられるかもしれないこと。
まだ値段は決まっていないこと。
話しているうちに。
ハンスの表情が少し変わった。
「なるほど」
「何?」
「いや」
ハンスが腕を組む。
「ようやく子供の遊びから抜け出してきたなと思ってな」
「最初から商売です」
「最初はパンを買って金を減らしていただろう」
「なんで知ってるの?」
「ミラから聞いた」
「余計なことを……」
今度会ったら言おう。
俺の浪費情報を取引先に流すなと。
「それで」
ハンスが話を戻す。
「その薬師が作るなら、品質はどうなる?」
「そこもこれから決める。でも、俺が作るよりちゃんと確認してくれると思う」
「君が言うと説得力があるような、ないような話だな」
「俺もちゃんと確認してたよ」
「知ってる。だから今まで買った」
さらっと言われた。
「…………」
「何だ?」
「いや」
ちょっと嬉しかった。
言わないけど。
◇ ◇ ◇
「もし安定して作れるようになったとして」
俺は聞く。
「ハンスは何個なら買ってくれる?」
「一度に、という意味か?」
「うん」
ハンスは少し考えた。
「今なら二十だな」
「二十?」
「不満そうだな」
「三十くらいいけると思ってた」
「売れるかもしれない」
「じゃあ三十で」
「だが、売れないかもしれない」
「…………」
「君はどっちなんだ?」
「え?」
「私に買い取らせたいのか。それとも店に置かせたいだけなのか」
違う。
確かに。
今までハンスは。
完成した石鹸をその場で買い取ってくれていた。
売れ残っても。
俺は困らない。
「買い取ってほしい」
「なら、私も売れ残る数は買わない」
「ごもっともです」
「素直でよろしい」
「セラもそれ言ってた」
「今日は随分と教育されてるな」
八歳だからね。
中身はともかく。
◇ ◇ ◇
「二十なら、今の動きでも問題なく売れると思う」
「どのくらいで?」
「それは分からない」
「えー」
「商売を何だと思ってるんだ」
ハンスが笑う。
「天気でも客足は変わる。祭りがあれば人が増える。逆に雨が続けば市場に来る人間そのものが減る。石鹸が急に評判になるかもしれないし、似た物を誰かが売り始めるかもしれない」
「似た物……」
そこは。
ちょっと怖い。
今まで。
あまり考えてなかった。
「真似されるかな?」
「売れる物なら、そのうちな」
「嫌なんだけど」
「なら売るな」
「もっと嫌」
「だろうな」
ハンスが笑った。
「商売していれば、いずれそういう話も出てくる。今から怯えても仕方ない」
「じゃあどうするの?」
「客が君の石鹸を選ぶ理由を作る」
「理由?」
「品質でもいい。香りでもいい。値段でもいい。いつ来ても買えることでもいい」
いつ来ても。
買える。
「…………あ」
そこ。
今の俺にはできてない。
欲しい人がいても。
俺が作って。
持ってきて。
ようやく売れる。
「品切れしないのも、価値?」
「もちろんだ」
ハンスが当然のように答えた。
「欲しいときに買えない商品は、客からすれば不便だからな」
セラに任せる意味が。
また一つ増えた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、まず二十」
「ああ」
「売れたら?」
「次を考える」
「三十?」
「売れ方を見てからだ」
「五十?」
「話を聞け」
「百?」
「帰るか?」
「俺が?」
「私が」
「店主が店捨てないでよ」
ハンスが額を押さえた。
でも。
笑っている。
「まったく……。まあ、二十を問題なく用意できるなら持ってこい」
「値段は?」
「それも同じとは限らん」
「え?」
大事なところだ。
「十五個で50リルだったじゃん」
「だからといって、二十個なら単純に増やせばいいわけじゃない」
「値下げ?」
「まだ何も言ってない」
「値上げ?」
「それも言ってない」
「じゃあ何?」
「君の製造費が変わるんだろう?」
「あ」
「薬師に頼んで、材料の仕入れも変わる。その費用が分からないのに、先に卸値を決めてどうする」
「…………」
正しい。
今日。
正論を浴びすぎている。
「製造にいくらかかるか出してこい。その上で、私のところの買値を決めよう」
「分かった」
「それと」
「まだある?」
「私も商売だからな」
ハンスが少し笑う。
「君が作らなくなったからといって、私の取り分まで減らす相談には付き合わんぞ」
「先に言われた!」
「考えてたのか」
「ちょっとだけ」
「帰れ」
「まだ夕方じゃないから暇なんだよ」
「知らん」
◇ ◇ ◇
店を出る。
これで。
少し見えてきた。
次は。
二十個。
ただし。
セラが作るのにいくらかかるかを確認する。
それから。
ハンスと卸値を決める。
売れたら。
次はもっと増やせるかもしれない。
「二十個か」
今までなら。
その言葉を聞いた瞬間。
二十個作らなきゃ。
そう考えていた。
でも。
今は違う。
二十個。
作ってもらう。
俺がやるのは。
売れる数を考える。
金の流れを考える。
次の商品を考える。
「…………」
なんか。
楽してるように見えるな。
いや。
違う。
これは。
人に任せることで。
もっと大きく商売するための――
「必要経費」
口に出して。
少し考える。
「…………便利な言葉だな、やっぱり」
前にも思った気がする。
◇ ◇ ◇
市場の空を見る。
まだ。
夕方までは少し時間がある。
セラの仕入れ値は、すぐには分からない。
石鹸の話は。
ひとまずここまで。
「じゃあ」
次。
背負い鞄。
ダリオのところへ戻るには。
まだ少し早い。
「…………」
早いけど。
行くだけなら。
別にいいよな。
三分に一回。
できたって聞かなければ。
大丈夫。
たぶん。
俺はダリオの店へ向かって歩き出した。
少しだけ。
ゆっくり歩いた。




