知ってるのと、作れるのは別らしい
次の日。
俺は朝から、ダリオの店にいた。
「早いな、お前」
「楽しみだったから」
「八歳らしいところもあるじゃねえか」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
ダリオは笑いながら、作業台の上に何枚かの布と革を並べた。
昨日話した、背負い鞄。
リュック。
その試作品を、今日から作り始める。
もちろん、俺は作れない。
だから正確には。
ダリオが作る。
俺は横から口を出す。
「一番嫌われるやつだな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
◇ ◇ ◇
「まず、大きさだ」
ダリオが布を広げる。
「どのくらいにする?」
「これくらい」
俺は両手で大体の大きさを示した。
「分からん」
「じゃあ、これくらい」
「変わってねえよ」
難しい。
前世なら普通のリュックを持ってきて、「これと同じくらい」で済む。
でも当然、ここには見本がない。
「大人が一日か二日くらい出かける荷物を入れられる感じ」
「最初からそう言え」
「俺、旅したことないから分かんないけど」
「おい」
「ダリオは?」
「あるよ。革を仕入れに隣町まで行くこともある」
「じゃあダリオが決めて」
「結局俺かよ」
そう言いながらも、ダリオは楽しそうだった。
布を折り、俺の背中に当てる。
「お前に合わせても仕方ねえから、大人用だな」
「うん。冒険者とか旅人に売りたい」
「ずいぶん狙いがはっきりしてるな」
「両手が空いた方が便利そうじゃん」
「まあ、剣持ったまま荷物抱える馬鹿はいねえからな」
「それもそうか」
よく考えたら、冒険者はすでに何かしらの方法で荷物を持ち歩いている。
当たり前だ。
冒険者が全員、片手に剣、片手にパンを抱えて旅しているわけがない。
つまり俺が作ろうとしているのは。
背負うという発明ではなく。
もっと使いやすい背負い鞄。
「ちゃんと今ある物も見た方がいいな」
「今さら気づいたか」
「思いついたときは天才だと思った」
「その自信はどこから来るんだよ」
本当に。
どこから来るんだろう。
◇ ◇ ◇
ダリオが店の奥から一つの荷袋を持ってきた。
「旅人がよく使うのは、こういうのだ」
丈夫な布でできた大きな袋。
口を紐で絞り、一本の太い紐を使って肩や背中に掛けられるようになっている。
「背負えるじゃん」
「だから昨日から言ってるだろ」
「うん……」
ちょっとだけ。
俺のリュック大発明計画が傷ついた。
「そんな顔すんな」
「してない」
「してるって。自分だけが思いついたと思ってた顔だ」
「うるさいな」
ダリオが笑う。
「で、お前の鞄はこれと何が違う?」
俺は荷袋を持ち上げてみる。
思ったより重い。
肩に掛けてみると、太い紐が片側に寄る。
「これ、荷物重かったら肩痛くない?」
「痛いぞ」
「痛いんだ」
「だから途中で掛け替えたりする」
「じゃあ、やっぱり二本にしよう」
俺は木板を取り出す。
「両肩に分ければ、少し楽になると思う」
「それは俺もそう思う」
「あと、袋の中」
手を入れる。
当然、一つの大きな空間だけだ。
「全部一緒になるよね」
「袋だからな」
「ここも分けたい」
「仕切りか」
「そう。それと外側にも小さいところが欲しい」
「何入れるんだ?」
「小銭とか」
「鞄を背負ったまま財布を後ろに入れるのか?」
「…………盗まれそう」
「だろ?」
前世の感覚で喋った。
「じゃあ、よく使う道具とか?」
「それならいいかもしれんな」
ダリオが俺の木板に線を書き足す。
俺の絵より。
圧倒的に分かりやすい。
「…………絵うまいね」
「職人だからな」
「家具職人の父さんにも負けた」
「お前が下手なだけじゃねえか?」
「それ以上言うな」
◇ ◇ ◇
大まかな形が決まると、ダリオは布を切り始めた。
俺は横から眺める。
布を切る。
合わせる。
縫う場所を決める。
革を当てる。
また確認する。
「…………時間かかるね」
「当たり前だ」
「もっとこう、ササッとできるのかと思ってた」
「だったらお前がやれ」
「ごめんなさい」
前世では、店に行けば完成品が並んでいた。
リュックなんて珍しくもない。
安い物なら気軽に買えた。
でも。
当然、その形になるまでには誰かが考えている。
どう縫うか。
どこを補強するか。
どんな材料を使うか。
どれくらいの大きさにするか。
俺が知っているのは。
その全部が終わった後の完成品だけだ。
「便利な時代に生きてたんだなあ……」
「なんだ?」
「なんでもない」
◇ ◇ ◇
しばらくして。
まだ完成には程遠いが、袋らしい形になってきた。
「おお」
「まだ喜ぶなよ」
「でもリュックっぽい」
「りゅっく?」
「この鞄の名前」
「もう決めてんのか?」
「あ」
そうだった。
リュック。
普通に言ってしまった。
「いや、俺の中で呼んでただけ」
「変な名前だな」
「じゃあ、背負い鞄」
「そのまんまだな」
「分かりやすいでしょ」
「まあな」
商品名は後で考えよう。
石鹸で学んだ。
名前を考えるのは意外と大変だ。
◇ ◇ ◇
「肩紐つけるぞ」
ダリオが二本の革を持ってくる。
「太めで」
「分かってる」
背負ったときに肩へ食い込まないよう、幅を持たせる。
俺の記憶では、前世のリュックにはもっと柔らかい何かが入っていた気がする。
クッション。
スポンジ。
……どうやって作るの?
知らない。
「柔らかくできない?」
「昨日も言ったが、布を重ねるか、柔らかい革を使うかだな」
「じゃあそれで」
「簡単に言うな。金かかるぞ」
「…………じゃあ安い方で」
「急に現実的になるな」
「貯金してるから」
「50リルの鞄ぶら下げて言う台詞じゃねえぞ」
強い。
あの鞄。
永遠に俺を攻撃してくる。
◇ ◇ ◇
夕方。
「とりあえず、形にはなったな」
作業台の上に。
背負い鞄が置かれていた。
「おお……!」
まだ飾りもない。
布を中心にして、底や力がかかる部分を革で補強しただけの簡素な物。
でも。
二本の肩紐。
上部には荷物を入れる口。
外側には小さな収納。
前世の物とは全然違う。
それでも。
「リュックだ」
「だから、そのりゅっくって何なんだよ」
「気にしないで」
「変な奴だな」
「今さら?」
「それもそうか」
ダリオが笑った。
「背負ってみろ」
「俺?」
「言い出したのはお前だろ」
「でも大人用じゃん」
「試すだけだ」
確かに。
俺は背負い鞄を持ち上げる。
思ったより軽い。
肩紐へ腕を通して。
背負う。
「…………おお!」
両手が空いた。
それだけなのに。
妙に嬉しい。
「どうだ?」
「いい!」
「本当か?」
「うん。ちゃんと背負える」
「歩いてみろ」
俺は店の中を歩く。
一歩。
二歩。
三歩。
「…………」
「どうした?」
「なんか」
歩く。
もう一歩。
「すげえ揺れる」
背中で。
鞄が。
左右に。
ぶんぶん動く。
「ははははは!」
「笑ってる場合じゃないよ!」
「いや、だってお前……歩くたびに鞄に振り回されてんぞ」
「見れば分かる!」
しかも大人用だから、八歳の俺には余計にでかい。
歩くたびに背中から尻まで鞄が当たる。
「止まれ止まれ。紐が長すぎる」
ダリオが肩紐を短くする。
「これでどうだ?」
「さっきよりは……」
歩く。
「マシ」
「じゃあ荷物入れてみるか」
「うん」
ダリオが布や革の端材を入れていく。
一つ。
二つ。
三つ。
「待って」
「なんだ?」
「重い」
「鞄だからな」
「そうだけど!」
「まだ入るぞ」
「入れなくていい!」
「実際に使うならもっと入れるだろ?」
正論。
嫌い。
◇ ◇ ◇
荷物を入れた状態で背負う。
「…………肩」
「痛いか?」
「ちょっと」
「やっぱりな」
ダリオが肩紐と俺の肩の間に指を入れる。
「幅は悪くない。ただ、これだけ重くなると革だけじゃ硬いな」
「柔らかくしよう」
「それと」
ダリオが背中側を見る。
「荷物が下に全部落ちてる」
「あ」
中に入れた端材が底へ集まり、鞄の下側だけが膨らんでいる。
「これだと重さが下に寄る。歩けば余計に振られるな」
「じゃあどうする?」
「それを考えるのが試作だろ」
ダリオが楽しそうに笑う。
「お前が言ったんだぞ。一緒に考えさせろって」
「…………言った」
「ほら、考えろ。発案者」
「急に責任重くない?」
「20リル分、働いてもらわねえとな」
「俺が払う側なんだけど!」
またダリオが笑った。
◇ ◇ ◇
結局。
第一号は。
失敗だった。
背負える。
両手も空く。
荷物も入る。
そこまではいい。
でも。
重い荷物を入れると肩が痛い。
歩くと揺れる。
荷物が底へ偏る。
そして。
「暑い」
「何が?」
「背中」
「ああ」
布とはいえ、背中に大きな鞄を密着させて歩けば暑い。
前世のリュック。
どうなってたっけ?
「…………」
分からん。
使ってたくせに。
「便利な物って」
「ん?」
「思ってたより、いろいろ考えられてるんだな」
ダリオが少し笑った。
「そりゃそうだろ。使いにくい物をわざわざ作り続ける奴はいねえよ」
「だよね」
「でもまあ」
ダリオが試作品を持ち上げる。
「面白いぞ、これ」
「本当?」
「ああ。直すところは山ほどあるが、両肩で背負うってのは悪くない。荷物を分けられるのも便利そうだ」
失敗。
でも。
駄目ではない。
「明日もやる?」
「お前が飽きてなきゃな」
「やる!」
「じゃあ朝から来い。次はもう少しマシにしてやる」
「俺も考えてくる」
「頼むぞ、発案者」
俺は失敗作を見た。
前世で当たり前に使っていたリュックとは、まだ全然違う。
でも。
昨日までは絵だった物が。
今日は、失敗できるところまで来た。
知っているのと、作れるのは別。
どうやら。
知っているだけじゃ、金にはならないらしい。
だったら。
作れる人と一緒に、売れるところまで持っていけばいい。
俺はもう一度、試作品を背負った。
「…………やっぱ揺れるな」
「はははっ! 明日直してやるよ!」
第二の商品。
完成まで。
もう少しかかりそうだ。




