次は、何を売ろうかな
セラに石鹸を任せられるかもしれない。
まだ決まったわけではないけれど、もしうまくいけば、俺が石鹸作りに使っている時間はかなり減る。
そうなれば次にやることは決まっている。
「第二の商品だな」
目標は100万リル。
現在の貯金は5リル。
先は長い。ものすごく長い。
石鹸だけでも少しずつ増やしていけるとは思う。でも、老後まで石鹸一本で100万リルを目指すつもりはない。
何か新しい物を売る。
できればよく売れて、利益が大きくて、簡単に作れて、材料費が安くて、俺がほとんど働かなくていい物。
「そんなのあったら全員やってるか」
でも、条件を下げすぎるつもりもない。
前世の知識という、せっかくの武器がある。
石鹸だってそうだった。この世界の人からすれば新しくても、俺にとっては昔から知っている物だ。
なら、まだあるはずだ。
「現代にあって、こっちにない物……」
俺は木板を手に取った。
◇ ◇ ◇
最初に思いついたのは、食べ物だった。
「マヨネーズ」
前にも一度考えた。
卵と油と……あと何か。
「…………何かってなんだよ」
酢?
たぶん酢。
塩も入っていた気がする。
混ぜればできる。
たぶん。
「危ないな」
石鹸で学んだ。
知っていることと、作れることは違う。
マヨネーズを食べた回数なら数え切れない。でも、自分で作った回数は0回だ。
しかも食べ物は失敗したら自分だけじゃなく、買った人が腹を壊すかもしれない。
保管方法も分からない。
「一旦、保留」
木板にマヨネーズと書いて、その横に印をつける。
次。
「紙」
これは欲しい。
今使っている木板より、圧倒的に便利だ。
でも。
「紙ってどうやって作るんだ?」
木。
水。
なんか煮る。
叩く?
薄くする?
「…………保留」
次。
「印刷」
これは儲かりそうだ。
でも印刷機なんて作れない。
文字を彫った板なら父さんに頼めるかもしれないけど、それで何を大量に印刷するのかという問題もある。
「保留」
俺は木板を見た。
マヨネーズ。
紙。
印刷。
全部の横に保留。
「前世の知識、使えねえな」
知識というより。
記憶なんだよな。
便利な生活をしていた記憶。
作り方を知っているわけではない。
◇ ◇ ◇
「よし。外行こう」
家で考えていても仕方ない。
石鹸だって、最初から「これを売ろう」と決めていたわけではなかった。
町の人が灰汁で洗濯しているのを見て、石鹸がないことに気づいた。
だったら。
次も探せばいい。
この世界で暮らしている人が、何に困っているのか。
前世の俺なら当たり前に使っていたのに、ここにはない物は何なのか。
それを見つける。
「なんか商売人っぽいな」
ちょっと楽しくなってきた。
◇ ◇ ◇
市場へ着く。
今までなら、まず食べ物を見ていた。
焼き串。
パン。
果物。
そして財布の中身と相談する。
今日は違う。
店を見る。
客を見る。
何を買っているのかを見る。
最初に目についたのは食器だった。
木の皿。
陶器の器。
カップ。
金属製のものもある。
「普通にあるな」
次。
衣服。
当然ある。
靴。
ある。
鞄。
「…………」
革鞄。
ある。
しかも。
俺のより安い。
「見なかったことにしよう」
50リルの革鞄を軽く押さえ、その場を離れた。
あれは高級品だから。
長く使えるから。
もういい。
自分を傷つけるのはやめよう。
◇ ◇ ◇
市場を一周してみたものの、意外と困る。
当たり前だけど、この世界の人たちは普通に生活している。
俺が来るまで何もなかったわけじゃない。
包丁もある。
鍋もある。
家具もある。
服もある。
保存食もある。
酒もある。
「そりゃそうだよな」
異世界だからといって、全員が不便な生活をしながら現代人の登場を待っているわけじゃない。
むしろ。
俺が知らない道具だって普通にある。
「お」
野菜を売っている店の横で、店主が何かを量っていた。
天秤。
俺が持っているものより大きい。
重りを使って量を確認している。
「ちゃんとしてるな」
少し残念。
俺が発明する余地が減った。
◇ ◇ ◇
そのまま歩いていると、ハンスの店の前まで来た。
「…………」
そうだ。
俺が一人で考える必要もない。
ハンスは毎日、客に物を売っている。
何が売れるか。
何を欲しがる人がいるか。
俺よりずっと詳しい。
店に入る。
「こんにちは」
「また来たのか」
「その言い方やめて」
「今日は石鹸の売れ行きなら、まだ聞くなよ」
「違うよ」
ハンスが少し意外そうな顔をした。
「じゃあ何だ?」
「聞きたいことがある」
「言ってみろ」
「この店に来る人って、何を欲しがる?」
「…………商品だろ」
「そうじゃなくて」
説明が悪かった。
「売ってない物で、『こういうのない?』って聞かれる物」
ハンスの表情が変わった。
「なぜそんなことを聞く?」
「次に売る物を考えてる」
「もうか?」
「石鹸だけじゃ100万リル貯まらないから」
「100万?」
しまった。
初めて言ったっけ。
「目標」
「何を買う気だ?」
「老後」
「…………」
ハンスが俺を見る。
「お前、八歳だったよな?」
「八歳です」
「老後まで何年あると思ってる?」
「だから今から準備する」
「変な子供だな」
否定できない。
◇ ◇ ◇
ハンスは少し考えたあと、店の中を見回した。
「売っていない物、と言われてもな。存在しない物を客が欲しがることは少ない」
「あ」
それもそうか。
石鹸を知らない人は、「石鹸ください」とは言わない。
「じゃあ、不満は?」
「不満?」
「これ使いにくいとか。もっとこうだったらいいのに、とか」
ハンスが今度は少し長く考える。
「そうだな……」
俺は待った。
ここ。
重要。
「よく聞くのは、保存の話だな」
「保存?」
「食べ物もそうだが、薬や香油なんかもだ。容器が悪ければ漏れるし、湿気れば駄目になる物もある」
「なるほど」
「ただ、容器そのものを作るなら職人が必要だぞ」
「うーん」
いきなり難しい。
「ほかは?」
「明かりだな」
「明かり?」
「蝋燭も油も安くはない。もっと長く使える物があれば欲しいという話は聞く」
来た。
現代人。
ここで。
電球。
「…………」
無理。
電気がない。
「他」
「即答だな」
「それは俺には無理そう」
「そうか」
ハンスが笑う。
「なら、こういうのはどうだ」
そう言って、棚から一つの包みを出した。
中に入っていたのは、数本の蝋燭だった。
「これ?」
「客からよく言われる。火をつけるのが面倒だとな」
「…………」
火をつける。
俺は店の中を見回した。
「みんなどうやって火つけてる?」
「火種があるならそこから移す。なければ火打ち石だ」
「魔法は?」
「誰でも使えると思うな」
「ですよね」
魔法がある世界でも。
全員が指を鳴らして火を出せるわけではない。
火打ち石。
前世なら。
ライター。
マッチ。
「…………マッチ?」
作り方。
知らない。
しかも。
なんか危ない薬品を使ってた気がする。
「なし」
「何がだ?」
「なんでもない」
危険物をうろ覚えで作るのはやめよう。
俺は一度死んでいる。
二度目は爆発とか嫌だ。
◇ ◇ ◇
店を出て、もう一度市場を歩く。
保存。
明かり。
火。
いくつか不便は見つかった。
でも、すぐ商品にできそうなものはない。
「難しいな」
石鹸は運がよかったのかもしれない。
知識が曖昧でも試せた。
材料も、この町で手に入った。
そして、需要もあった。
次も同じとは限らない。
歩きながら、ふと前を見る。
一人の男が露店で何かを買っていた。
パン。
干し肉。
それから、小さな袋に入った塩。
店主が品物を一つずつ渡す。
男はそれを両手に抱えた。
少し歩く。
干し肉が落ちる。
「あ」
男が拾う。
また歩く。
今度は塩の袋がずれる。
「…………」
俺は腰を見る。
50リルの革鞄。
いや。
「鞄はあるんだよな」
市場にも普通に売っている。
さっき安いのまで見つけた。
じゃあ違う。
もっと。
日常的で。
安くて。
誰でも使えて。
「…………」
男は結局、買った物を自分の上着で包むようにして持っていった。
その姿を見ながら。
前世のスーパーを思い出す。
買い物。
レジ。
商品。
そして。
「袋……?」
ビニール袋。
は無理。
紙袋。
紙が高ければ難しい。
布袋なら?
「いや、布袋も普通にあるか」
実際、店の端には小さな布袋が積まれている。
でも。
俺は少し気になった。
売っている袋と。
買った物を持ち帰るための袋。
同じようで。
少し違う。
「…………これ、なんかあるか?」
まだ商品にはならない。
でも。
さっきまでとは違う。
初めて。
前世の生活と、この世界の生活の差が一つ見えた気がした。
◇ ◇ ◇
家へ帰る途中。
俺は木板に書いた候補を思い返していた。
マヨネーズ。
紙。
印刷。
保存容器。
明かり。
火をつける道具。
袋。
どれもまだ決まっていない。
でも、それでいい。
石鹸のときとは違う。
今度は最初から商売として考えている。
作れるか。
材料はあるか。
危なくないか。
いくらで作れるか。
誰が買うか。
そして。
俺が作り続けなくて済むか。
「最後、大事」
むしろ一番大事まである。
第二の商品。
まだ正体は見えていない。
ただ。
探し方は。
少し分かってきた気がする。
前世の知識を無理やり持ち込むんじゃない。
まず、この世界の不便を見る。
そこに。
俺が知っている「当たり前」を当てはめる。
「……なんか見つかりそうだな」
今度は石鹸とは違う。
もっと簡単で。
もっとたくさん売れて。
もっと儲かって。
そして、できれば俺が作らなくていい物。
そんな都合のいい商品を探して。
俺は明日も市場を歩くことにした。




