素人なりに、頑張ったんです
数日後。
俺はセラを家に呼んでいた。
正確には、仕事場として使わせてもらっている家の一角まで来てもらった。
「ここで作ってるのかい?」
「はい」
セラが周囲を見回す。
型。
天秤。
記録用の木板。
油。
灰。
果実の皮。
今まで少しずつ揃えてきた、俺の石鹸作り一式だ。
「思ったよりちゃんとしてるね」
「本当?」
「ああ。もっと子供の遊びみたいなものを想像してた」
「それ褒めてます?」
「半分くらいは」
残り半分が気になる。
セラに約束の5リルを渡す。
俺としては結構な金額だ。
だから今日は、できるだけ元を取る。
「質問いっぱいしていい?」
「見るだけって話じゃなかったかい?」
「見るついでに」
「追加料金取るよ」
「…………ほどほどにします」
商売人だ。
この人も。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、いつも通りやってみな」
「分かった」
俺はこれまでの記録を確認しながら、作業を始めた。
最初の頃は完全に勘だった。
前世で「灰と油から石鹸が作れる」ということを知っていただけで、詳しい作り方なんて覚えていなかった。
だから少しずつ試した。
失敗したら記録する。
うまくいったら、それも記録する。
天秤を買ってからは、材料の量もなるべく揃えるようにした。
同じように作っても状態が違うことがあるから、見た目や変化も確認する。
そして何より、灰から扱うものは危ないこともある。適当に触らない。分からないものをいきなり肌には使わない。
その辺りは、最初の失敗から俺なりに慎重になった。
セラはほとんど喋らず、俺の作業を見ていた。
「…………」
「…………」
気まずい。
試験官に見られながら実技試験を受けている気分だ。
「なんか言ってよ」
「まだ見てる」
「怖いんだけど」
「集中しな」
「はい」
怖い先生だ。
◇ ◇ ◇
一通り見せ終えると、セラはすぐには何も言わなかった。
俺の木板を手に取り、そこに残してある記録を見る。
「これは全部、お前が?」
「そう」
「失敗した分も?」
「一応」
「なんで?」
「同じ失敗したくないから」
「なるほどね」
セラが何枚かの木板を見比べる。
最初に固まらなかったもの。
少し柔らかかったもの。
形を変えたもの。
香りをつけ始めた頃のもの。
そして、パン屋から灰をもらうようになってからの記録。
「灰を変えたときも、いきなり全部使わなかったんだね」
「家のと違うかもしれなかったから」
「それは正解だ」
「お」
初めて。
ちゃんと褒められた。
「じゃあ俺、結構すごい?」
「調子に乗るのが早い」
「はい」
一瞬だった。
◇ ◇ ◇
「で」
セラが木板を置いた。
「どう?」
「どう、とは?」
「俺の作り方」
「素人だね」
「…………」
知ってた。
知ってたけど。
実際に言われると傷つく。
「素人なりに、頑張ったんです」
「それは分かるよ」
セラは笑いながら、出来上がっている石鹸の一つを手に取った。
「これだけ安定させたのは大したもんだ。記録も取ってるし、違う灰を試すときに慎重だったのもいい」
「じゃあ問題ない?」
「それとこれとは別だね」
ですよね。
「今のお前は、うまくいったやり方を繰り返してる。それ自体は悪くない。でも、材料が変わったときに何が変わるのか、お前自身がちゃんと分かってないだろ?」
「…………はい」
そこは認めるしかない。
油は油。
灰は灰。
俺の理解なんて、かなり雑だ。
「灰だって、燃やした物や状態で違う。油も同じだよ。今までうまくいったから、次も必ず同じになるとは限らない」
「やっぱり?」
「やっぱりって、気づいてたのかい」
「なんとなく」
だからパン屋の灰も試した。
ただ。
その理由をきちんと説明しろと言われたら無理だ。
セラは石鹸を戻す。
「十個、十五個くらいなら、お前が一つずつ様子を見ながら作ればいい。でも百個作るなら?」
「無理」
「千個なら?」
「絶対無理」
「だろうね」
俺の目標は、そこだ。
いや。
別に石鹸を千個作りたいわけじゃない。
でも商売を大きくするなら、いつか「俺が全部確認する」では回らなくなる。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、セラなら作れる?」
俺が聞くと、セラは少し考えた。
「同じ物を作れと言われれば、試すことはできる」
「おお」
「ただし、お前のやり方をそのまま真似する気はないよ」
「なんで?」
「もっと確かめたいことがあるからさ」
セラは灰と油を見る。
「私は薬を売ってる。肌につける物も扱う。自分で作った物を客に渡して、それで何かあれば信用を失う」
その言葉で、少し空気が変わった。
俺も石鹸を売っている。
今まで問題が起きなかったから、どこか安心していた。
でも。
金をもらって人に渡している以上、俺にも同じことが言える。
「売れればいいって話じゃないんだな」
「当たり前だ」
「はい」
これは覚えておこう。
売上より信用。
……いや。
できれば売上も欲しい。
両方ください。
◇ ◇ ◇
「それで」
俺は改めてセラを見る。
「作ってくれる?」
「まだ決めない」
「ええ……」
「まず私が少量で試す。それで納得できる物が作れたら、条件を話す」
「条件」
「材料を誰が用意するのか。私がどこまでやるのか。一個作るごとにいくら払うのか。それとも、まとめていくらにするのか」
「…………」
出てくる。
出てくる。
考えることが。
「人に任せるって、もっと簡単だと思ってた」
「だったら自分で作りな」
「それは嫌」
「即答かい」
「楽するために来たんで」
セラが笑った。
「変な子だね」
最近よく言われる。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
セラは試すために、少量の材料と俺の記録の一部を確認して帰っていった。
もちろん危ない扱いをする物もあるから、勝手に全部任せるわけではない。まずはセラ自身の知識と経験で確かめてもらう。
次に会うとき。
セラが作った石鹸を見せてもらうことになった。
もし。
俺が作った物と同じくらい使えて。
安全に安定して作れるなら。
いよいよ製造を任せられるかもしれない。
「…………」
俺は作業場に残った道具を見る。
少し寂しい。
いや。
まだ何も決まってないけど。
最初は、ここで一人で作っていた。
失敗して。
また作って。
初めて売れて。
少しずつ数が増えて。
気づけば、他人に作ってもらおうとしている。
「早かったな」
でも。
これでいい。
俺の目的は石鹸職人になることじゃない。
100万リル貯めることだ。
そのためには、俺一人でできることだけをやっていても仕方ない。
◇ ◇ ◇
夜。
革鞄の中を整理する。
セラに5リル払った。
これも出費だ。
でも今回は。
胸を張って言える。
「必要経費」
…………たぶん。
「いや、たぶん付けるのやめよう」
本当に必要経費だ。
人に任せられるようになれば、俺の時間が空く。
空いた時間で、新しい商品を考えられる。
新しい商品が売れれば、もっと稼げる。
そして、もっと貯金できる。
「完璧じゃん」
問題は。
まだ。
次に何を売るか、何も思いついていないことだった。
「…………」
まあ。
それは。
セラの結果を待ってる間に考えよう。
石鹸の次。
第二の商品。
「何がいいかな」
今度は。
できれば最初から。
俺があんまり作らなくていいやつがいい。




