作ってくれる人、いませんか?
石鹸をもっと売りたい。
でも、俺が全部作り続けるのは嫌だ。
我ながら、なかなか都合のいい話だと思う。
とはいえ、これは怠けたいだけではない。十五個を作って分かったけど、俺一人で作れる量には限界がある。これから別の商品まで始めるなら、なおさらだ。
「作ってくれる人、か……」
問題は誰に頼むかだった。
適当にその辺の人を捕まえて、「灰と油でこうしてください」と教えるわけにはいかない。扱い方を間違えれば危ないし、商品として売る以上、毎回出来が違うのも困る。
そこで思い出したのが、母さんが前に言っていた言葉だった。
『薬師なら、そういうことに詳しい人もいるんじゃない?』
「薬師……」
この世界の専門家。
俺には前世の知識がある。
でも、それは「こういう物があった」という知識が中心で、詳しい作り方まで全部覚えているわけじゃない。
だったら。
知らないことは、知っている人に聞けばいい。
ものすごく当たり前のことに、二度目の人生でようやく気づいた。
◇ ◇ ◇
「薬師に会いたい?」
朝食のとき、エレナに聞いてみた。
「うん。この前言ってたでしょ?」
「言ったけど……何を聞くの?」
「石鹸のこと。灰とか油とか、そういうのに詳しい人がいたら話してみたい」
エレナはパンをちぎる手を止めた。
「また何か始める気?」
「今回は逆」
「逆?」
「俺がやらないために行く」
「…………?」
説明が悪かった。
ガルドまで首を傾げている。
「石鹸を作ってくれる人を探したいんだ」
そう言うと、今度は二人とも黙った。
「レイン」
「なに?」
「お前、自分で作るのやめるのか?」
「全部はね」
俺は十五個の注文を作るのが思ったより大変だったことを話した。
石鹸は売れている。
ハンスもまた仕入れる可能性がある。
でも注文が三十個、五十個と増えたら、俺一人では作れない。
「だから、作れる人に頼んで、俺は売る方をやる」
ガルドが腕を組む。
「その人には何を払うんだ?」
「…………」
来た。
父さんの現実的な質問。
「お金?」
「そりゃそうだろ。仕事を頼むんだから」
「ですよね」
人に作ってもらう。
つまり。
人件費が発生する。
「…………利益減るじゃん」
「当たり前だ」
「世の中厳しいな」
「八歳が言うことじゃないぞ」
でも、ここでケチって全部自分で作っていたら、いつまで経っても次に進めない。
金を払って時間を買う。
そう考えればいい。
「とりあえず、話だけ聞きたい」
「なら一人で行くな」
ガルドが即答した。
「なんで?」
「なんでじゃない。仕事の話をするつもりなんだろ?」
「そうだけど」
「相手は大人だ。お前は八歳だ」
「…………」
忘れてた。
いや。
忘れてはいない。
たまに忘れるだけだ。
「俺も行く」
「仕事は?」
「今日は昼からだ」
「助かります」
「急に丁寧になるな」
◇ ◇ ◇
向かったのは、市場から少し離れた通りにある小さな店だった。
看板には、葉と小瓶を組み合わせたような絵が描かれている。
「ここ?」
「ああ。薬を買うなら大体ここだ」
扉を開けると、独特な匂いがした。
乾燥させた草。
油。
何かの木。
それから、少し苦いような匂い。
壁際には瓶や壺が並び、天井からは束ねた植物がいくつも吊るされている。
「おお……」
異世界の薬屋。
これはちょっとテンション上がる。
「いらっしゃい」
奥から出てきたのは、一人の女性だった。
年齢は三十代くらいだろうか。暗い茶色の髪を後ろでまとめ、袖を肘までまくっている。
「ガルドじゃないか。今日はどうした?」
「俺じゃない」
父さんが俺の肩に手を置いた。
「こいつが話があるらしい」
女性が俺を見る。
「レインが?」
「俺のこと知ってるんですか?」
「そりゃ知ってるよ。小さい町だからね」
そうだった。
俺が知らなくても、向こうが知っていることは普通にある。
「それで?」
「あの、石鹸って知ってます?」
「石鹸?」
反応を見る限り。
やっぱり一般的な物ではないらしい。
俺は革鞄から、持ってきた一個を取り出した。
「これです」
女性が受け取る。
匂いを確認し、指で表面を軽く触った。
「これを何に使う?」
「手とか、布とかを洗うのに」
「灰汁で洗うのとは違うのか?」
「使いやすくした感じ……かな」
自分で言っておいて、説明が雑だ。
でも女性は笑わなかった。
「作ったのは?」
「俺です」
「お前が?」
「はい」
女性が俺を見る。
石鹸を見る。
父さんを見る。
「本当に?」
「本当だ」
ガルドが答える。
「最初は台所で変な物を作ってた」
「父さん、その説明いる?」
「今は売れてるけどな」
それも言ってください。
◇ ◇ ◇
女性の名前は、セラといった。
薬草だけでなく、傷に使う軟膏や、肌に塗る油なども作っているらしい。
俺は石鹸を作り始めた経緯を、言える範囲で説明した。
もちろん。
前世の話はしない。
「どこで知った?」
そこを聞かれた。
「…………思いついた」
「灰と油を混ぜる物を?」
「いろいろ試してたら」
苦しい。
かなり苦しい。
セラはじっと俺を見る。
「まあ、いいか」
助かった。
大人が深追いしないタイプでよかった。
「それで、今日は作り方を教えに来たのか?」
「逆です」
「逆?」
「作ってほしい」
セラの眉が上がった。
◇ ◇ ◇
「俺が作って、店に売るところまではできたんです。でも、たくさん作るのが大変で」
「それを私に作れと?」
「できれば」
「いくらで?」
「…………」
また。
金。
当たり前だけど。
「まだ決めてないです」
「じゃあ話にならないね」
「ですよね」
早い。
商売の世界、八歳に厳しい。
するとガルドが口を挟んだ。
「まず、作れるかどうかを見てもらったらどうだ?」
「作れるか?」
「レインのやり方が、お前の仕事で扱えるものなのかってことだ」
セラが少し考える。
「それなら話は別だね」
俺を見る。
「一度、作っているところを見せてみな」
「いいんですか?」
「作れるかどうかも分からない物の値段を決めても仕方ないだろ」
確かに。
しかも、俺としてもありがたい。
俺の作り方が本当にまともなのか。
この世界で油や灰を扱っている人に見てもらえる。
「ただし」
セラが石鹸を俺へ返した。
「私はただで働かないよ」
「…………いくら?」
「まず見るだけなら5リル」
「5リル!?」
「嫌ならいい」
「ちょっと待って」
現在。
仕入れ用として残していた金。
貯金。
自由に使える金。
そしてハンスから受け取った50リル。
全部を合わせれば払える。
払えるけど。
「見るだけで5リル……」
「私の時間を使うんだからね」
「…………」
正論。
嫌い。
正論って、だいたい金がかかる。
◇ ◇ ◇
店を出たあと、俺は父さんと並んで歩いていた。
「どうする?」
「払う」
答えは決まっていた。
「即答だな」
「5リルで、俺が作らなくてよくなるかもしれないんでしょ?」
「まだそうなるとは決まってないぞ」
「分かってる」
それでも。
試す価値はある。
5リルを惜しんで、自分で何十個も何百個も作り続ける方が嫌だ。
前世の俺なら。
5リルあったら何が買えるかを考えただろう。
今は違う。
5リルを使ったら。
どれだけ楽になるかを考えている。
「…………」
これ。
成長なのか?
それとも。
楽するために金を使おうとしてるだけなのか?
微妙なところだ。
◇ ◇ ◇
家へ戻り、俺は革鞄を開いた。
ハンスから受け取った50リルは、まだ全部そのままにはしていない。
次の仕入れに必要な分。
貯金に回す分。
自由に使う分。
これから整理するつもりだった。
そこから5リル。
セラに払う。
もし話がうまく進めば、さらに製造を頼む金が必要になる。
当然。
石鹸一個あたりの俺の利益は減る。
「でも、その代わり俺の時間が増える」
その時間で。
別の商品を考える。
別の商売をする。
それが売れたら。
また誰かに任せる。
「…………」
なんか。
商売っぽくなってきた。
自分で全部やるんじゃない。
金を使って、人に頼む。
その分。
もっと大きくする。
「よし」
まずは5リル。
今度の出費は。
革鞄とは違う。
「これは本当に必要経費だ」
そう言った瞬間。
自分でちょっと不安になった。
「…………本当に、だよな?」




