もっと稼ぐ方法、ないかな
十五個で50リル。
ハンスから受けた、今までで一番大きな注文だ。
前回は十個で30リルだったから、売上だけ見ればかなり増える。しかも今回は少し値段も上げてもらえた。
「順調だな」
俺は家へ帰る途中、何度も頭の中で50リルという数字を転がしていた。
50リル。
革鞄と同じ値段。
「…………」
そう考えると急に少なく感じるからやめよう。
あれは事故だ。
いや、事故ではない。自分の意思で買った。
もっと悪い。
◇ ◇ ◇
家に戻ると、まず材料を確認した。
油はある。ただし、十五個全部を作るには足りない。
灰はミラの店から分けてもらえるようになったし、果実の皮も今まで通り取っておいてくれている。問題はやっぱり油だった。
革鞄を開く。
仕入れ用、11リル。
貯金、5リル。
自由に使える金、2リル。
「貯金には触らない」
これは絶対だ。
せっかく人生で初めてと言ってもいいくらい真面目に貯めた5リルを、数日で引き出したら意味がない。
まず11リルで油を仕入れる。
これで手持ちの油と合わせれば、十五個を作るだけの量は確保できそうだった。
問題は、そのあとだ。
「…………また仕入れ用の金がなくなるな」
いや、十五個を納品すれば50リルが入る。
そこから次の材料費を確保すればいい。
理屈としては回っている。
でも。
「ずっとこれやるの?」
油を買う。
灰を集める。
果実の皮をもらう。
作る。
待つ。
形を整える。
持っていく。
売る。
また材料を買う。
「…………」
商売って。
忙しいな。
◇ ◇ ◇
翌日から、十五個の石鹸作りを始めた。
数個なら慣れてきた。
でも十五個となると、話が少し変わる。
一度に全部を作れるわけではないし、材料の状態も確認しなければならない。大きさや香りも、ハンスとの約束通りなるべく揃える必要がある。
父さんに作ってもらった型と、切り分けるための目安があるだけでもかなり助かった。
「これなかったら無理だったな」
最初に作った石鹸を思い出す。
大きさはバラバラ。
形も微妙。
香りもない。
あれを十五個並べたら、たぶん商品というより石ころの展示会になる。
作業をしていると、仕事場から戻ってきたガルドがこちらを覗いた。
「増えたな」
「十五個注文入った」
「ほう」
「50リル」
「そりゃ大きいな」
父さんが素直に感心する。
ちょっと嬉しい。
「でも、大変そうだな」
「…………」
今。
俺もそれを考えていた。
◇ ◇ ◇
十五個を作る。
文字にすると、それだけだ。
でも実際には、材料を用意して、何回かに分けて作業して、状態を確認して、同じくらいの大きさに揃える。
失敗したら、その分だけ材料も時間も無駄になる。
しかも作ったら終わりではない。すぐ売れる物ではないから、仕上がるまで待つ必要もある。
「レイン」
「ん?」
「夕飯だぞ」
「もう?」
気づけば、思っていたより時間が経っていた。
作業を止めて食卓へ向かう。
そこで。
ふと思った。
今は石鹸だけだ。
だから、これでもいい。
でも。
もし別の商品を思いついたら?
石鹸を作りながら、新しい物を試して、それも売れるようになったらそっちも作る。
さらに別の商品を思いついたら?
「…………無理じゃね?」
「何が?」
エレナがスープを置きながら聞いてきた。
「なんでもない」
俺。
一人しかいないんだけど。
◇ ◇ ◇
夜。
俺は木板に数字を書いていた。
十五個で50リル。
材料にかかる金を引けば、当然50リル全部が残るわけじゃない。
それでも利益は出る。
悪くない。
むしろ八歳が始めた商売として考えれば、かなりうまくいっていると思う。
でも、目標は100万リルだ。
仮に一回の取引で20リル、30リルと増やせたとしても――。
「何回作ればいいんだよ」
計算する気が失せた。
少なくとも、俺が毎日石鹸をこね続けて届くような数字ではない。
いや。
いつかは届くかもしれない。
何十年後かに。
「老後資金を貯めるために、老後まで石鹸作ってたら意味ないだろ」
俺が欲しいのは金だけじゃない。
最終的には。
働かなくてもいい生活。
静かな場所に家を建てて。
朝は好きな時間に起きる。
昼から酒を飲む。
腹が減ったらうまいものを食う。
眠くなったら寝る。
「…………最高だな」
そのために。
八歳から働き続ける。
「…………」
何かがおかしい。
◇ ◇ ◇
数日かけて、十五個の石鹸が形になっていった。
並べてみると、それなりに壮観だ。
「店みたい」
エレナが言った。
「店の商品だからね」
「最初は台所で変なもの作ってるだけだったのに」
「言い方」
でも。
その通りだ。
最初は、売れるかどうかすら分からなかった。
それが今では、十五個まとめて欲しいと言われている。
嬉しい。
普通に嬉しい。
ただ。
並んだ石鹸を見ていると、別のことも考えてしまう。
「これ、三十個になったら?」
「え?」
「いや。十五個でも結構大変だったから」
「三十個なら、もっと大変でしょうね」
「じゃあ百個は?」
「レイン一人じゃ無理じゃない?」
ですよね。
母さん。
答え出ました。
◇ ◇ ◇
完成した十五個を革鞄とは別の箱に入れて、ハンスの店へ持っていく。
ハンスは一つずつ確認していった。
大きさ。
形。
香り。
以前と大きく違わないか。
十五個全部を確認し終えると、ハンスは頷いた。
「問題ない」
「よし」
約束通り。
50リルを受け取る。
もちろん、これを全部使えるわけではない。
次の材料費を残す。
貯金にも回す。
必要なら道具にも使う。
今の俺は、もう50リルをそのまま「50リル儲かった!」とは考えない。
成長した。
革鞄に50リル使った男とは思えない。
「次も売れたら、また頼む」
「何個?」
「まだ並べたばかりだ」
「ですよね」
さすがに気が早かった。
◇ ◇ ◇
帰り道。
俺は考えていた。
石鹸は売れる。
これはもう、たぶん間違いない。
だったら次に考えるべきなのは、どうやってもっと作るか。
いや。
それだけじゃない。
「もっと稼ぐ方法、ないかな」
石鹸を二倍作れば、たぶん売上も増える。
でも作業も二倍になる。
十倍作れば?
俺が死ぬ。
二度目の人生まで過労死は嫌だ。
だったら。
俺が全部作らなくてもいい方法。
あるいは、石鹸とは別に金を生む方法。
そのどちらかが必要になる。
「…………人に作ってもらう?」
口に出してみる。
悪くない。
でも、誰に?
作り方を教えて、その人が勝手に売り始めたら?
そもそも灰を使う作業を、知識のない相手に任せて大丈夫なのか?
考えることが一気に増えた。
「簡単じゃないな」
それでも。
方向は見えた気がする。
自分が二倍働くんじゃない。
自分が働かなくても、石鹸が作られる方法を考える。
前世の俺なら、そんなことを考えたこともなかった。
会社に行って。
給料をもらって。
そして使う。
基本、それだけだった。
でも今は違う。
商品がある。
買ってくれる人がいる。
売ってくれる店もある。
だったら次に必要なのは――。
「作ってくれる人、か」
俺は腰の革鞄を軽く叩いた。
目標は100万リル。
石鹸を一生作り続けるつもりはない。
もっと稼ぐ。
でも。
できれば。
もっと楽に。
「それが一番大事だな」
楽をするためなら。
俺は結構、頑張れる気がする。




