儲かってるのに、いくらある?
翌朝、俺とカイルはセルトの文具屋に来ていた。
昨日、部屋に散らばった紙を整理しようと決めたのはいいけど、そもそも何に書けばいいのか分からない。今までは必要なことをその辺の紙に書いて、あとから見返していた。見返せればまだいい方で、どこに置いたか分からなくなることもある。
「これでよくない?」
カイルが棚から一冊の帳面を取った。
「ちょっと薄くない?」
「何を書くつもりなの?」
「売上とか、経費とか、注文とか。あと新商品の案とか」
「それ全部一冊にするの?」
「……駄目?」
「昨日、分けて整理しようって話したよね」
そうだった。
一晩寝たら、早速まとめようとしていた。俺の頭の中では、どうやら『整理する』と『一か所に集める』が同じ意味になっているらしい。
「じゃあ、何冊いる?」
「まず仕事のお金を記録する帳面。それから注文や納品の記録。思いついたことを書くのは別でいいんじゃない?」
「三冊か」
「そうだね」
俺は棚を見る。
薄い帳面もあれば、厚い帳面もある。表紙が丈夫そうな物もあって、値段もそれぞれ違った。
「……こっち、よくない?」
「高いやつ?」
「まだ値段見てないだろ」
「レインが最初に手に取るの、大体そういうやつだから」
失礼な。
確認すると、確かにさっきの帳面より高かった。
「でも、長く使えるぞ?」
「今まで紙をなくしてた人が?」
「それは関係なくない?」
「まず普通の帳面をちゃんと使ってから考えようよ」
正論だった。
結局、必要な三冊を選んで店を出た。少しだけ立派な表紙に未練はあったけど、今日は帳面を買いに来たのであって、帳面を眺めて満足するために来たわけじゃない。
……たぶん。
◇ ◇ ◇
部屋へ戻ると、さっそく机の上に帳面を並べた。
一冊目はお金。
二冊目は注文と納品。
三冊目は、俺たちが思いついたことや、誰かと話して分かったことを書くためのものだ。
「まずはお金からだな」
「うん。今ある記録をまとめよう」
俺たちは今まで使っていた紙を集めた。
市場で売った石鹸の数。火付け道具の売上。材料を買ったときの金額。場所代。部屋の家賃。リーネから送ってもらった鞄の代金。
書いてあること自体は、そこまでおかしくない。
問題は、書き方が全部違うことだった。
「これ、何?」
カイルが一枚の紙を持ち上げる。
「火付け道具の売上じゃない?」
「それは分かるけど、この横の数字」
「……ああ、それは材料費」
「じゃあこっちは?」
「売れた数」
「その下は?」
「次に作る予定の数」
カイルが黙った。
「……何?」
「同じ紙に全部書いてあるんだね」
「便利だろ?」
「今、僕に全部説明したよね」
便利じゃなかったらしい。
「じゃあ、分けて書こう」
「最初からそうしようって言ってるよ」
俺たちは売上と支払いを、それぞれ順番に書き直していった。
いつ、何を、いくつ売ったのか。
いくら受け取って、何にいくら払ったのか。
同じことを繰り返すだけなのに、思ったより時間がかかる。途中で日付のない紙が出てきたり、同じ買い物を二回書いていないか確認したりして、何度も手が止まった。
「……これ、毎日やった方が楽じゃない?」
俺が言うと、カイルが顔を上げた。
「今気づいたの?」
「いや、前から思ってたよ」
「じゃあなんでやってなかったの?」
「忙しかったから」
「今日は?」
「……暇になったからやってる」
「じゃあ、暇になってよかったね」
なんか腹立つな。
◇ ◇ ◇
しばらくして、ようやく売上と支払いの記録が形になってきた。
俺は帳面を見ながら、満足げに頷く。
「よし。これでいくら儲かったか分かるな」
「まだ分からないよ」
「え?」
「売上から、払ったお金を引いただけでしょ」
「そうだけど」
「まだ売ってない石鹸もあるし、火付け道具の材料も残ってるよ」
「ああ……」
そうだった。
材料を買った時点でお金は減る。でも、その材料で作った商品が全部売れたわけじゃない。
逆に、商品が売れても、次の材料を買うお金まで全部使っていいわけじゃない。
「じゃあ、手元にある金を数えれば?」
「それも必要だけど、今持ってるお金が全部利益ってわけじゃないよね」
「……そうだな」
俺は帳面を見つめた。
売上はある。
支払いもある。
手元には、まだ売っていない商品と材料がある。
そして、これから払わなきゃいけないお金もある。
「なんか、思ったより難しくない?」
「レインが今まで全部まとめて考えてたからじゃない?」
「だって、金が増えてたら儲かってると思うじゃん」
「減ってたら?」
「……使いすぎ?」
「商売でも?」
「仕入れたのかもしれない」
「そういうこと」
なるほど。
金が増えたか減ったかだけじゃ、商売がうまくいっているかどうかは分からないらしい。
考えてみれば当たり前だけど、今まで俺は、売上が入るたびにちょっと嬉しくなっていた。もちろん必要な支払いはしていたし、使える金と使えない金も分けてきた。
でも、それと商売全体の儲けを把握することは、また別の話だった。
「じゃあ、今ある商品も数えよう」
「うん。注文の帳面にも書いておこう」
「あと、リーネから届く分も」
「それは届いてからの数と、注文した数を分けた方がいいね」
話しているうちに、書くことがどんどん増えていく。
三冊で足りるんだろうか。
……いや、足りなくなったら買えばいいか。
危うく、さっき見た高い帳面のことを思い出すところだった。
◇ ◇ ◇
夕方になるころには、机の上がずいぶん片づいていた。
もちろん、全部終わったわけじゃない。確認が必要な数字もあるし、古い紙の中には、何のために書いたのか思い出せないものも残っている。
それでも、昨日よりはずっとましだ。
「これからは毎日書こうな」
俺が言うと、カイルが頷いた。
「売った日と、払った日にね」
「注文が入ったときも」
「届いたときも」
「……結構あるな」
「溜めるよりは楽だと思うよ」
それは今日、嫌というほど分かった。
俺は三冊目の帳面を開いた。
こっちはまだ、ほとんど白紙だ。
「じゃあ、思いついたことも書いとくか」
「何かあるの?」
「昨日の鞄の話。横から物を取り出せたら便利じゃないかってやつ」
「ああ。ダリオに相談するんだったね」
「そうそう」
忘れないうちに書いておく。
『鞄。横から取り出せるようにする。ダリオに相談』
書き終えて、少し考えた。
「……これだけで分かるかな」
「今は分かるんじゃない?」
「半年後は?」
「怪しいね」
「だよな」
俺はその下に、セルトで鞄を使っている人から聞いた話を書き足した。
歩いているときに、よく使う物を取り出しにくいこと。雨の日の使い勝手にも気になる点があること。横に小さな入れ物を付ける案はあるけど、実際に作れるかどうかはまだ分からないこと。
そこまで書いて、ようやく安心した。
「これなら忘れないだろ」
「帳面をなくさなければね」
「なくさないって!」
俺は三冊を重ね、机の端へ置いた。
売上を記録する帳面。
注文を管理する帳面。
そして、次の商売につながるかもしれないことを書く帳面。
これで少しは、ちゃんとした商売人に近づいた気がする。
……まあ、今日一日かけて分かったのは、まだ自分たちがいくら儲けているのか、正確には答えられないってことなんだけど。
「なあ、カイル」
「何?」
「帳面買っただけで、ちょっと仕事できる気分にならない?」
「中身を書いたから意味があるんでしょ」
「そうなんだけどさ」
「明日も書いてね」
「……はい」
商売人への道は、思ったより地味らしい。




