書いてみたら、気になることが
帳面を買ってから、二日目。
俺はさっそく、昨日決めたことを実行していた。
売れた商品を書く。受け取った金を書く。使った金も忘れずに書く。たったそれだけなのに、今までよりずっと仕事をしている気がする。
「……いい感じじゃない?」
俺が帳面を眺めていると、向かいに座っていたカイルが顔を上げた。
「何が?」
「ちゃんと商売人っぽい」
「昨日も同じこと言ってたよ」
「昨日は帳面を買ったから。今日は使ってるから」
「じゃあ明日は?」
「三日続いた記念日」
「毎日記念日にするつもり?」
それも悪くない。
……いや、さすがに仕事が進まなくなるか。
カイルは呆れたように笑うと、注文の帳面を開いた。
「ねえ、レイン。ちょっと気になったんだけど」
「何?」
「売れた数は書いてあるけど、どうして売れたかは分からないよね」
「どうしてって……欲しかったからじゃない?」
「それはそうだけど」
カイルが帳面をこちらへ向ける。
石鹸。
鞄。
火付け道具。
それぞれ売れた数や注文した数は分かる。でも、どんな客が買ったのか、何を気に入ったのかまでは書いていない。
「火付け道具だって、旅人が便利だと思って買ったのか、店の人に勧められて買ったのかで違うでしょ」
「まあ、そうだな」
「鞄もそう。昨日、横に入れ物が欲しいって話があったじゃん」
「ああ」
「そういう話、ほかにもあるかもしれないよ」
確かに。
売れた数だけ見ていれば、売れているかどうかは分かる。でも、どうして売れたのかが分かれば、次に何をすればいいのかも見えてくるかもしれない。
「じゃあ聞きに行く?」
「どこへ?」
「売ってくれてる店とか、宿とか」
「今から?」
「忘れないうちに」
カイルは少し考えてから、帳面を閉じた。
「いいけど、今日は買い物しないからね」
「なんで先に言うんだよ」
「店に行くって言うから」
信用がない。
まあ、今までの俺を考えれば仕方ないんだけど。
◇ ◇ ◇
最初に向かったのは、火付け道具を扱ってくれている店だった。
店主に挨拶して、最近の売れ行きを聞いてみる。
「悪くないぞ。毎日飛ぶように売れるってほどじゃないが、旅に出る客が興味を持つことはあるな」
「どういう人が買います?」
「そうだな。荷物をなるべく減らしたい奴とか、火を起こす道具を持ち歩きたい奴だな」
なるほど。
持ち運べることを気に入っているらしい。
「店で見つけて買う人が多いですか?」
「いや、聞かれて出すこともあるぞ」
「聞かれて?」
「火を起こす道具はないかってな。そういう客に、これもあるぞって見せるんだ」
俺とカイルは顔を見合わせた。
「それ、帳面に書こう」
「うん」
俺は持ってきた紙に書き込む。
火付け道具。旅人。持ち運びやすさ。店主の紹介。
「ほかに何か言われました?」
「値段を気にする客はいるな」
「高いって?」
「安い物じゃないからな。便利そうだと思っても、今使ってる道具で困ってなければ買わんだろ」
それもそうか。
便利な物を作ったからといって、全員が買うわけじゃない。今持っている物で足りるなら、わざわざ金を出す理由はない。
「じゃあ、買う人は本当に必要な人なんですね」
「そういうことだろうな」
店主は棚に置かれた火付け道具を指した。
「ただ、どう使うのか聞かれることはあるぞ。見ただけじゃ分からん客もいるからな」
「ああ……」
確かに、俺たちは使い方を知っている。
でも、初めて見る人は知らない。
「説明するの、大変ですか?」
「そこまでじゃない。だが、見せた方が早いな」
俺はもう一つ書き足した。
使い方が分かると売りやすい。
……これ、結構大事な話じゃないか?
◇ ◇ ◇
次に向かったのは、石鹸を扱ってくれている宿だった。
宿の主人は俺たちを見ると、いつものように声をかけてくれた。
「おう、今日はどうした?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「石鹸か?」
「はい。どんな人が買っていくのかなって」
主人は少し考えた。
「やっぱり旅人だな。長く移動してきた客なんかは、体や服を洗う物を欲しがる」
「なるほど」
「前に買ったことがある客が、また欲しいって言うこともあるぞ」
「本当ですか?」
「ああ。ここで買ったのを覚えてたんだろうな」
それは嬉しい。
初めて買う客がいるだけでもありがたいのに、もう一度欲しいと思ってくれる人がいる。
「じゃあ、石鹸のことを知ってる人も増えてるんですかね」
「どうだろうな。少なくとも、使ったことがある客には説明が楽だ」
「最初に買う人は?」
「何に使うのか聞いてくる客もいる。あとは値段だな」
また値段か。
火付け道具でも同じ話が出た。
「やっぱり高いって言われます?」
「そういう客もいる。ただ、使ってみないと良さが分からん物だからな」
俺は紙に書き込む。
石鹸。旅人。洗うため。再購入あり。初めての客には説明が必要。
「そういえば、前に買った客から何か言われたことはあります?」
「使いやすかったとは聞いたな。あとは、もう少し小さい物があればって話もあったか」
「小さい物?」
「旅の途中で少しだけ使いたい客もいるからな」
なるほど。
今の大きさがちょうどいい人もいれば、もっと小さい方が便利な人もいる。
ただ、小さくしたからといって、同じように売れるとは限らない。
「それ、すぐ作るの?」
宿を出てから、カイルが聞いてきた。
「いや、まだ」
「珍しいね」
「俺だって考えるよ」
「昨日、帳面買ったから?」
「帳面の効果すごいな」
二人で笑った。
でも、実際に聞いてみないと分からないことは多い。
石鹸が売れていることは知っていた。
それでも、買う理由や使う場面までは、あまり考えていなかった気がする。
◇ ◇ ◇
部屋へ戻ると、俺たちは今日聞いた話を三冊目の帳面にまとめた。
火付け道具は、持ち運びやすさが評価されている。ただ、使い方が分からない客もいる。
石鹸は旅人の需要があり、繰り返し買ってくれる客もいる。小さい物を欲しがる人もいるらしい。
鞄については、昨日聞いた横の入れ物の話がある。
「……結構あるな」
俺が言うと、カイルが頷いた。
「売れた数だけじゃ分からなかったね」
「うん。でも、これ全部やるのは無理だな」
「全部やる必要ある?」
「ないと思う」
俺は帳面を見ながら考えた。
小さい石鹸を作る。
火付け道具の使い方を伝えやすくする。
鞄の横に入れ物を付ける。
どれも悪くなさそうだ。でも、思いついた順番に全部始めていたら、今までと同じことになる。
「まず、金をかけずにできることから試すか」
「例えば?」
「火付け道具の説明かな。店の人が見せやすいように、使い方を整理するとか」
「それならすぐできそう」
「石鹸の大きさは、作る方にも聞かないと駄目だし」
「鞄もダリオに相談するんだったね」
「そうそう」
俺はそれぞれの話の横に、次にすることを書き足した。
火付け道具は、説明の仕方を考える。
石鹸は、小さい物がどれくらい欲しいと言われているのか、もう少し聞く。
鞄は、ダリオに相談する。
「……よし」
「何が?」
「ちゃんと仕事の予定になった」
「今までは?」
「思いついたら、とりあえずやってた」
「知ってる」
即答だった。
「でもさ、こうやって書いておけば、忘れないし、何からやるかも決められるだろ?」
「うん。それはいいと思う」
珍しく素直に褒められた。
俺は少し得意になって、帳面を閉じる。
昨日は、いくら儲かっているのかを知るために帳面を使い始めた。
今日は、何が売れているのかだけじゃなく、どうして売れているのかも考えるようになった。
同じ商品を売っているだけなのに、見えるものが少しずつ増えている気がする。
「なあ、カイル」
「何?」
「これ、もっと早くやればよかったな」
「うん」
「そこは『今からでも遅くないよ』とか言ってくれない?」
「今からでも遅くないよ」
「言わされると嬉しくないな」
カイルが笑う。
俺もつられて笑った。
まあ、いいか。
少なくとも、明日何をするかは決まった。
まずは火付け道具の説明を、もう少し分かりやすくすること。
それから、今日聞いた話が本当に役に立つのか、少しずつ試してみよう。
……ただ、一つだけ気になる。
帳面を買ってから、仕事が増えている気がするんだけど。
これ、本当に便利になってるんだよな?




