俺たちがいなくても、回る?
セルトへ戻ってから、俺たちは再びいつもの生活を始めた。
市場へ出る日を決め、宿に置いてある石鹸の数を確認し、火付け道具を作ってもらっている職人にも顔を出す。リーネへ戻っていた間に大きな問題は起きておらず、少し安心した。
ただ、今回の帰省で一つ大きく変わったことがある。
リーネでは今、エマが俺たちのために石鹸を作っている。
「そろそろ行商人が来る頃だよな」
「予定通りならね」
カイルが荷物の記録を確認しながら答えた。
今回、リーネから送られてくる石鹸は、今までとは扱いが違う。
俺たちが仕入れて運んできた商品じゃない。
行商人がリーネで買い取り、自分の商品としてセルトへ運んでくる物だ。
その行商人が宿へ卸して、宿が客に売る。
俺たちはもう、売れた分の金を宿から受け取る必要もない。
「ちゃんと届くかな」
「行商人は何度もこの道を通ってる人でしょ」
「そうなんだけどさ」
運ぶこと自体は心配していない。
問題は、俺たちが間に入らなくても取引が成立するかどうかだ。
◇ ◇ ◇
数日後、例の行商人がセルトへ到着した。
俺たちは以前から取引の話をしていた宿へ向かう。
宿の主人はちょうど荷物を受け取ったところだった。
「おお、来たか」
「石鹸、届きました?」
「届いたよ。さっき商人さんが持ってきてくれた」
主人が棚の下から包みを取り出す。
中には見慣れた石鹸が並んでいた。
「おお……」
思わず声が出る。
「本当に来た」
「来るって話だったでしょ」
カイルに言われた。
そうなんだけど、実物を見るとやっぱり違う。
リーネで作った石鹸が、俺たちの手を通らずにセルトへ届いている。
「受け取りは問題なかったですか?」
カイルが主人に聞く。
「ああ。前に話した数だけ持ってきてくれたし、値段も聞いていた通りだったよ」
「よかった」
「ただ、次も同じように持ってきてくれるんだろう?」
「そのつもりです。売れ方を見ながら数は調整すると思いますけど」
主人は頷いた。
「それなら助かる。あんたたちが帰ったあとも、置いておけるからな」
そう。
そこが今回、一番確かめたかったことだ。
俺たちは半年経ったらセルトを離れる。
でも石鹸まで一緒に消える必要はない。
「ちなみに、もう売れました?」
「今届いたばかりだぞ」
「ですよね」
主人に笑われた。
さすがに気が早かった。
◇ ◇ ◇
宿を出たあと、俺たちは行商人にも話を聞きに行った。
今回の取引で、リーネからセルトへ石鹸を運ぶこと自体には問題がなかったらしい。
他の商品と一緒に積めるし、荷物としてもそれほど場所を取らない。
「毎回これくらいの数なら、運ぶのは難しくないな」
行商人はそう言った。
「ただ、買い取った以上は売れなきゃ困る。宿が次も欲しいと言うなら続けるが、増やすのは様子を見てからだ」
「そこは俺たちも同じ考えです」
俺が答える。
最初から大量に送って、売れ残ったら意味がない。
リーネで作れる数にも限りがある。
今は少しずつ増やしていく方がいい。
「ところで、リーネではちゃんと受け取れました?」
「ああ。ハンスの店で話を通してもらった。数も揃っていたし、問題なかったぞ」
「エマさんは?」
「若い女の人か? 荷物をまとめていたな。数を何度も確認してたぞ」
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
「エマさんらしいな」
「だね」
カイルも笑う。
まだ働き始めたばかりだけど、ちゃんと自分の仕事をしてくれている。
もちろん、最初の石鹸作りにはセラさんも関わっている。
それでも、俺たちがセルトに戻ったあと、リーネ側で必要な準備を進めてくれたのは大きい。
行商人には、次の仕入れも売れ方を確認してから決めてもらうことにした。
今すぐ増産を約束する必要はない。
まずは今回の分がどうなるかだ。
◇ ◇ ◇
部屋へ戻ってから、俺たちは今回の流れを紙に書き出した。
リーネで石鹸を作る。
行商人が買い取る。
セルトへ運ぶ。
宿が仕入れて、客に売る。
「……俺たち、何もしてなくない?」
「何もしてないわけじゃないでしょ」
「いや、今回の石鹸には触ってないぞ」
「最初に宿と話したのも、行商人を探したのも僕たちだよ」
「それはそうだけど」
それでも不思議だった。
以前は、俺が材料を買って、混ぜて、固めて、売るところまでやっていた。
そのうちセラさんに作ってもらうようになった。
ハンスさんの店に置いてもらい、俺がいなくても売れるようになった。
そして今度は、別の町にまで商品が届いた。
しかも俺たちが運ばなくてもいい。
「これ、他の町でもできるかな」
俺が言うと、カイルが顔を上げた。
「もう次?」
「いや、今すぐじゃないよ」
「本当に?」
「本当に」
少し疑われている。
でも、考えてしまうのは仕方ない。
リーネとセルトでできるなら、別の町でもできるかもしれない。
もちろん、売ってくれる店も、運んでくれる商人も必要だ。
石鹸を作る数だって、まだそんなに増やせない。
「まずはエマさんが一人で作れるようになってからだね」
カイルが言う。
「うん。それと、こっちでちゃんと売れるか」
今回届いたのは、まだ最初の一回だ。
荷物が届いたからといって、商売がずっと続くと決まったわけじゃない。
それでも、今までできなかったことが一つできるようになった。
俺たちがいなくても、商品が作られて、運ばれて、店に並ぶ。
あとは、それが売れて、次の注文に繋がるかどうか。
そこまで確認できたら、セルトで始めた商売も、ようやく一つの形になりそうだった。




