任せても、大丈夫そう?
エマに働いてもらうことが決まってから、俺たちはすぐにセルトへ戻る――というわけにはいかなかった。
雇いました。
じゃあ、あとはよろしく。
さすがにそれで帰ったら無責任すぎる。
エマにはもう何度かセラさんと一緒に石鹸を作ってもらい、その間に俺とカイルは必要な物を揃えることにした。
「まず、道具は今あるので足りるよな」
「今はね」
「材料は?」
「セラさんが使ってる分と混ざらないようにした方がいいと思う」
「ああ、それもそうか」
今まではセラさんに完成した石鹸を作ってもらっていた。
でもこれからは違う。
エマが作る分については、材料も道具も俺たちの商売として管理する。
必要な金は、当然二人の商売用の金から出す。
人を一人雇っただけなのに、決めることが一気に増えた気がする。
◇ ◇ ◇
数日後。
セラさんのところへ行くと、作業場の一角が少し変わっていた。
「……なんか綺麗になってない?」
「私が使う物をまとめただけです」
エマが答える。
材料を置く場所。
使う道具を置く場所。
完成した物を置く場所。
それぞれが分かれていた。
別に棚を新しく買ったわけでもない。
元からある場所を整理して、どこに何を置くか決めただけだ。
「こっちは?」
俺が端に置かれた板を指す。
そこには簡単な数字が書かれていた。
「作った数です」
「毎回書くの?」
「書かないんですか?」
逆に聞かれた。
「……頭で覚えてた」
「忘れたら?」
「数える」
「最初から書けばいいですよね?」
「はい」
最近、エマに言い返せないことが増えてきた。
隣でカイルが頷いている。
「いいと思う」
「お前は完全にそっち側だな」
「便利だからね」
作った日。
作った数。
どこへ回す予定なのか。
難しい帳簿でも何でもない。
ただ、それだけ分かるようにしておけば、俺たちがリーネにいなくても状況を確認できる。
「これなら、行商人に渡した数も分かるな」
俺が言うと、エマが頷いた。
「そのつもりです。リーネで売る分と、セルトへ送る分も分けておきます」
「いいじゃん」
俺が思っていた以上に、もう自分の仕事として考えてくれている。
石鹸作り自体は、まだセラさんに確認することも多い。
それでも最初の日より動きはずっと自然になっていた。
「どうです?」
俺はセラさんに小声で聞く。
「何が?」
「エマ」
「本人に聞けばいいだろ」
「作る方の話」
セラさんは作業しているエマを見る。
「まだ一人で全部任せるには早いね」
「やっぱり?」
「当たり前だろ。何日だと思ってるんだい」
ですよね。
「でも、覚えるのは早いよ。分からないことは聞くし、変に自分でやり方を変えたりもしない」
その言葉を聞いて、少し安心した。
俺だったら途中で変えそうだけど。
いや、だから俺じゃ駄目なのか。
◇ ◇ ◇
さらに数日。
俺たちは予定していた最初の分を作り終えた。
全部をエマ一人で作ったわけではない。
セラさんに教わりながら作った物もあるし、まだ確認してもらっている部分もある。
それでも、リーネで売る分とは別に、セルトへ回す石鹸を用意できた。
「これを行商人に渡せばいいんですよね?」
「うん。話はしてある」
俺たちがセルトへ戻ったあと、リーネへ来た行商人が受け取る。
その石鹸をセルトまで運び、向こうの宿へ卸す。
俺たちはセルトにいるから、ちゃんと届いたかも確認できる。
「何かあったらハンスさんに伝えて。急がないなら手紙でもいいから」
「分かりました」
「材料が足りなくなりそうだったら――」
「それも聞きました」
「作る数が――」
「それも」
「給料は――」
「レイン」
カイルに止められた。
「何?」
「昨日も同じ説明してたよ」
「念のためだよ」
「三回目ですよ」
エマにも言われた。
分かってる。
分かってるけど、俺たちはこれからまた二日かけてセルトへ戻る。
雇ったばかりの人を残して町を離れるんだから、ちょっとくらい心配してもいいだろ。
「大丈夫だよ」
セラさんが呆れたように言う。
「最初のうちは私も見てるから」
「お願いします」
「その代わり、いつまでも私に任せるんじゃないよ」
「それはもちろん」
セラさんには、エマへ作り方を教えてもらう分の金も払う。
ずっと頼り続けるつもりはない。
最終的には、エマが中心になって石鹸を作れるようにする。
そこまでいけば、俺たちがリーネにいなくても商品を作れる。
ようやく、そんな形が見えてきた。
◇ ◇ ◇
セルトへ戻る日の朝。
荷物を持って部屋から降りると、母さんが待っていた。
「せっかく帰ってきたと思ったら、もう行くのね」
「まだセルトの途中だから」
「分かってるけど」
今回は一時的に戻ってきただけだ。
最初から数日で帰るつもりだった。
それなのに、いざ出るとなると少し変な感じがする。
「半年経ったら戻ってくるよ」
「今度は一ヶ月で帰ってこないの?」
「用事ができたら分かんない」
「じゃあ半年って何なのよ」
確かに。
父さんも奥から出てきた。
「仕事は決まったのか?」
「うん。エマさんにお願いすることになった」
「そうか」
それだけ言って、父さんは俺の荷物を見る。
「自分たちで人を雇ったなら、ちゃんと最後まで面倒見ろよ」
「分かってる」
金を払えば終わりじゃない。
仕事を用意して、必要な物を揃えて、続けられるようにする。
それも俺たちの仕事になる。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。カイル君にもよろしくね」
家を出て、待ち合わせていたカイルと合流する。
また二日かけてセルトへ戻る。
一ヶ月前に出発した時とは、少しだけ違う。
あの時は、俺とカイルの二人だけだった。
今も旅をするのは二人だけど、リーネには俺たちの仕事をしてくれる人がいる。
「ちゃんと回るかな」
歩きながら言う。
「それを確かめるために戻るんでしょ」
「そうなんだけどさ」
俺たちがいなくても、エマが石鹸を作る。
行商人がそれを運ぶ。
セルトの宿が売る。
もし本当にそこまで繋がったら。
俺たちが自分で作って、自分で運んで、自分で売っていた頃とは、商売の形がまるで違う。
あとは、本当に回るかどうか。
それをセルトで確かめよう。




