条件を決めておこう
エマに石鹸作りを試してもらった翌日。
俺とカイルは、もう一度エマと会うことになった。
今度は石鹸を作るためじゃない。
本当に働いてもらうなら、先に決めておかなければいけないことを話すためだ。
「昨日やってみて、気持ちは変わりませんでした?」
俺が聞くと、エマは少し考えてから答えた。
「働いてみたいと思ってます」
「お」
「ただ、聞いておきたいことはあります」
「ですよね」
むしろ、その方が安心する。
何も聞かずに「働きます」と言われた方が怖い。
俺たちだって初めて人を雇うんだから、分からないところは最初に話しておきたい。
「じゃあ、一個ずつ決めよう」
カイルが言った。
俺も頷いて、机の上に紙を広げた。
◇ ◇ ◇
最初に決めるのは、働く日数だった。
今のところ、毎日石鹸を作るほどの量は必要ない。
リーネで売る分。
それから、行商人に渡してセルトへ運んでもらう分。
その数を見ながら、必要な日に来てもらうことになる。
「最初はセラさんと一緒に作ってもらうから、セラさんの都合にも合わせることになるかな」
「はい」
「慣れたら一人で作ってもらう日も増えると思います」
エマが頷く。
「仕事が増えたら、働く日も増えますか?」
「増やしたいです」
「減ることも?」
「あります」
そこは昨日も話した。
売れる数が減れば、作る数だって減る。
ただ、俺たちは石鹸だけを売り続けるつもりでもない。
「将来的には、石鹸以外の仕事もお願いするかもしれません」
俺が言う。
「例えば?」
「……まだ決まってないです」
「決まってないんですね」
「これから商品が増えるかもしれないし、材料の管理とか、行商人に渡す商品の準備とかもあると思う」
今すぐ任せたい仕事が山ほどあるわけじゃない。
でも商売が大きくなれば、石鹸以外にも人の手が必要になるはずだ。
「もちろん、急に全然違う仕事をやってくれって言うつもりはないです。その時は先に話します」
「分かりました」
エマはそこまで聞いて、納得したようだった。
◇ ◇ ◇
次は金の話だ。
ここはカイルと事前にかなり話した。
ハンスさんから聞いた、この町で働く人たちの相場。
最初に任せる仕事内容。
働いてもらう日数。
それを基準に、俺たちなりの条件を決めてある。
「最初は、働いてもらった日数に合わせて払おうと思ってます」
カイルが説明する。
「石鹸の量が増えて、働く日が安定してきたら、その時にまた決め直したいです」
「毎月決まった額ではないんですね」
「今はその方がいいと思ってます」
俺たちにも、毎月どれだけ仕事を用意できるか分からない。
エマだって、ほとんど仕事がない月に少ししか金がもらえないのでは困る。
だから最初からずっとこの形にするつもりはない。
まずは実際に働いてもらう。
仕事がどれだけあるのかを見る。
その上で、続けやすい形に変えていく。
具体的な金額も伝える。
エマは少し考えたあと、カイルを見る。
「これは普通くらいなんですか?」
「ハンスさんから聞いた金額を基準にしてます」
「そうなんですね」
俺じゃなくカイルに聞いた。
なんでだ。
「レイン」
「何?」
「今は関係ないこと考えないで」
「顔見ただけだろ」
エマが少し笑っている。
昨日よりは、話しやすくなった気がする。
◇ ◇ ◇
「あと、一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「私はセラさんのところで働くんですか?」
やっぱりそこは気になるらしい。
最初に石鹸作りを教えるのはセラさんだ。
作る場所もしばらくはセラさんのところを使わせてもらう。
それだけ見れば、誰に雇われているのか分かりづらい。
「雇うのは俺とカイルです」
俺ははっきり答えた。
「セラさんには作り方を教えてもらいます。でも、エマさんに作ってもらう石鹸は俺たちの商売で売る物です」
「じゃあ、給料を払うのも?」
「俺たち」
「仕事を頼むのも?」
「俺たちです」
カイルも頷いた。
混ぜる道具も、これから必要になる物も、俺たちの商売用の金から出す。
セラさんには教えてもらう分の金を別に払う。
いつまでもセラさんに任せるのではなく、最終的にはエマが自分で作れるようになるのが目標だ。
「分かりました」
エマが頷く。
「それなら大丈夫です」
「他に聞きたいことは?」
そう聞くと、エマは少し迷った。
「一つだけ」
「はい」
「お二人、またセルトへ戻るんですよね?」
「戻ります」
今回リーネへ来たのは一時的だ。
半年の滞在はまだ終わっていない。
「その間は、どうすればいいですか?」
これは俺たちも考えていた。
石鹸作りについて分からないことは、最初のうちはセラさんに聞く。
材料や金、それ以外の仕事については、ハンスさんにも連絡の仲介を頼んである。
何か大きなことを勝手に決めてもらうつもりはない。
急がない話なら、手紙を送ってもらえばいい。
「ちょっと面倒ですけど、しばらくはそれでお願いします」
「分かりました」
「半年が終わったら、一回ちゃんと戻ってくるから」
「一回?」
エマが聞き返す。
しまった。
「いや、また別の町に行くこともあるから」
「やっぱり、ずっとリーネにいるわけじゃないんですね」
「たぶん」
昨日も同じことを聞かれた。
俺たちは、これからも町の外へ行くと思う。
どこか別の町で長く暮らすことだってあるかもしれない。
まだ何も決まっていないけど、その可能性まで隠して雇うのは違う。
「もし将来、別の町で働いてほしくなったら、その時は相談します」
「前にも聞きました」
「大事だから二回言いました」
「勝手に決めないなら大丈夫です」
そこは譲らないらしい。
当然だけど。
◇ ◇ ◇
一通り話し終わった。
働く日。
給料。
仕事内容。
誰に雇われるのか。
俺たちが町を離れている間のこと。
まだこれから変わる部分はある。
でも、最初に決められることは決めた。
「俺たちは、エマさんにお願いしたいと思ってます」
俺が言う。
隣でカイルも頷いた。
「エマさんは?」
少しだけ間があった。
エマは俺とカイルを順番に見て、それから答えた。
「お願いします」
「じゃあ……決まり?」
「だね」
カイルが答える。
なんだろう。
決まった瞬間は、思っていたより普通だった。
もっとこう、何かあると思っていた。
でもエマは普通に座っているし、カイルもいつも通りだ。
「これで俺たち、人を雇ったんだよな」
「そうなるね」
「初めてだ」
「私も、この歳の人に雇われるのは初めてです」
エマが言う。
「そこは言わなくてよくない?」
「事実なので」
やっぱり俺より三つ年上だ。
昨日より遠慮がなくなってる気がする。
それでも、悪い感じはしなかった。
俺とカイルの二人で始めた商売に、初めて一人増えた。
まだ小さな仕事しか任せられない。
店もない。
工房だって、今はセラさんの場所を借りる。
それでも。
三人目が加わったことで、今までとは少し違うところまで来た気がした。




